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令和 2年 3月号 195
ブリ商品
養殖ブリの安値が続いている
養殖カンパチの市場価格が高原相場で推移している一方で、養殖ブリの価格は2月現在においてほぼ半値と言える状況にあるのが下のグラフで理解できる。
下のグラフにあるように、昨年から全国的に天然ブリの豊富な水揚げが続いていることが相場を押し下げる一つの要因となっているようである。
それだけではなく、養殖ブリは海外への輸出を見込んで在池量を豊富にする計画を実施していたようだが、米中経済摩擦の影響による中国経済の不振や輸出価格の高騰などもあって、当初の見込みよりも輸出が低調で国内在庫がだぶつくことになり、国内の相場が低迷することになってしまったようである。
ブリの養殖業者は、当てにしていた輸出の計算が外れてだぶついているブリの在池量を少しでも消化するために、日本から一番近い外国である韓国へ、マダイの活魚運搬船に活魚のブリを混載して輸出する方法に力を入れた結果、ここ最近は下のグラフにあるように前年と比較すると2倍に近い飛躍的な売上げの伸びを示すようになってきていた。
しかしこの勢いもどこまで続くのか、2月以降は新型コロナウイルスの影響による世界の経済活動停滞によって、今後の雲行きは非常に怪しくなってきていると見るべきであろう。つまり豊富な国内在池量を抱えている養殖ブリは、現時点でこれを消化する頼みの綱である韓国への輸出が勢いをなくすとなると、養殖ブリの相場回復は一段と遠のくことになるかもしれないのである。
ブリの取り扱い環境
養殖ブリの相場に大きく影響する天然ブリの動向としては、一般的にそろそろ漁獲のピークを過ぎて産卵の季節を迎えることになる。産卵の時期は地域によって違いがあり、例えば九州南方の薩南地域では3月前後であり、四国と九州沖合海域は4月前後、能登半島などの日本海の海域では6月前後となっていて、その目安は海水温が19℃に達する時期とのことである。
各地域で漁獲される天然ブリは産卵時期を超えると、産卵で魚体の栄養分を取られるために脂肪が抜けて痩せることから、この時期には美味しくなくなってしまう。ところが養殖ブリの場合、従来は天然ブリが産卵した天然モジャコを採取して3年ほどかけて出荷サイズまで育てる方法だったのだが、最近の養殖技術の進歩によって、完全養殖による人工種苗から育てた仔魚を、人工的に水温や光の制御をする方法で育て、通常の時期よりも4ヶ月とか半年前に産卵させることが出来るようになり、天然ブリとはちょうど逆の春から夏の頃に旬を迎える養殖ブリというのが出現しているのである。
春から夏の産卵時期を過ぎた天然ブリは切身や刺身にすると非常に変色が早く、色持ちが悪いために値下げも多発するという問題があるのだが、人工的な産卵制御をおこなった養殖ブリは、春から夏の時期でも脂肪が抜けずに魚体が充実していて変色しにくいという特徴を備えていることから、店の現場では値下げが発生しにくいメリットを享受できることになる。
このように特別に人工的な産卵制御をおこなった養殖ブリはブランド化されて販売されていて、そのブランド価値を保つために下手な安売りはしないので、現状の全国的な低迷相場と同レベルの価格でこれらを仕入れることは出来ない。しかし、やはり現時点で世間に流通している一般的な相場を全く無視して商売をすることは難しいと思われ、今の養殖ブリの相場状況はこのような差別化戦略を執っている養殖ブリ業者もなかなか難しい立場に追い込まれていると思われる。
なぜブリは安いのに売れずカンパチは高くても売れるのかを考えてみると、やはり最大の要因はその身質の色変わりの早さが大きく影響していると思われる。現場の水産担当者は、商品を作ってから時間が経過し、変色して価値が下がり値下げをしなければならないことを非常に嫌うので、ブリよりも変色するのが遅い特徴を持っているカンパチの方を価格が多少高くても使いたがるのである。
しかし現状のカンパチ相場はブリよりも多少高いどころではなく2倍もの価格差がでているのであるが、それでもカンパチの方にメリットを感じるのであろうか。筆者も魚を扱う商売に関わる一人として、このことについて少し考えてみると、これはやはり看過できないおかしな状況だと言わざるを得ないのだ。
リスクの少ない安全牌を選ぶだけの商売をしていたら売上げが伸びるはずはないのである。変色というリスクは覚悟の上でそれを上回る魅力を打ち出した商品を作り出して、スピード感を持って商品回転を高める商売を組み立てることが出来るならば、売上げだけでなく利益も同時に伸ばすことが可能となるはずである。
そのためにはどうすれば良いか、以下にブリを商品として見直すためのヒントを幾つか記してみたい。
ブリ御三家
昨今はブリもカンパチも小売りの現場では真空袋に入れられた半身を扱うことが大半となっているので、ブリとカンパチ、更にはヒラマサを加えた「ブリ御三家」の違いが、丸魚を見て明確に分からない水産担当者もいるのではないかと思われ、その違いにも少しだけ触れてみよう。
FISH FOOD TIMES では過去に 59フクラギ姿造り(平成20年11月)でブリ御三家の違いを記したので、これも参照してほしいが、その時の記事で使ったのが以下の画像である。
その時は質問形式でページを変えて遊んでいたが、今回は遊ばずストレートに説明したい。
上の画像のように、ブリ、カンパチ、ヒラマサ、3種の良く似た魚はどれもスズキ目アジ科ブリ属に括られる兄弟のようなものなので、日頃これら3魚種を丸魚の状態で見慣れていない人はその違いを区別することは簡単ではないと思われる。
このように外観は良く似ているけれども食感は少しずつ違っていて、ブリは脂がとても強くて身質は柔らかく、ヒラマサは透き通った身が堅くサッパリした旨みがあり、カンパチはちょうどその中間の身質でヒラマサほど堅すぎず、ブリほど柔らかすぎず、脂はブリほど多くなくヒラマサほどサッパリしていない旨みを持っている、と表現しておこう。
下画像にあるように、天然ブリは荒海を泳ぐ能力を高めるために魚体はスマートで、尾ビレは大きく発達しているが、養殖ブリは生け簀の中に囲われていて高い遊泳能力が必要とされないので、尾ビレは退化して小さくなり、胴体は丸々と太っていてスマートな魚体とはとても言えない。(ヒラマサのことについては、 FISH FOOD TIMES No.141ヒラマサ切身姿売り(平成27年9月号)で、この天然ブリの画像も使用した記事にしているので参考にしてほしい)
水産部門で作業の合理化が重要視されている会社においては、通常真空袋入りの養殖ブリを半身から調理作業することが多いはずで、このような丸もののブリを扱うことは冬場に天然ブリが入荷した時くらいのものだと思われ、丸魚のブリにはあまり縁がないと思われれるので、丸魚のブリのことにも少し触れてみたい。
もったいない
その一つは丸ものを調理したら必ずでてくる内臓を商品として活用する方法である。魚の内臓を捨てるのは当たり前と思っている人が多いかもしれないが、実はイカ塩辛だけでなく、アユやカツオの塩辛というのは魚の内臓を発酵させた食品であり、昔から魚の内臓は簡単に捨てるのは「もったいない」として活用されてきた歴史があるのだ。
最近は、SDGs「Sustainable Development Goals」(持続可能な開発目標) という言葉が注目されていて、そのなかで「食品ロス」についても話題になることが多くなっている。このSDGsの動きというのは、日本の「もったいない」の精神がお手本になっているらしく、例えば魚の内臓を活かした塩辛という発酵食品もそのお手本になるのではないかと思われる。
そこで、塩辛のことに触れるのは別の機会に譲るとして、ブリの内臓を活かした商品を紹介しよう。それはブリの胃袋を使った酢の物である。その材料として養殖ブリを使えば、衛生面で優れた環境と厳選された餌によって育てられ、鮮度も最高の状態で管理されているはずだから、その内臓も素晴らしい鮮度のものが多いはずで、その胃袋だけを使う商品である。
胃袋を解体し処理する工程の画像は見た目がとても良いとは言えず、どちらかと言えば気持ち悪いと思われる可能性があるので(1)胃袋を包丁で開いて、(2)胃袋の内側と外側の粘膜や汚れを包丁でこそぎ落とし、(3)塩揉みし、(4)水洗いし、(5)沸騰したお湯でボイルし、(6)2〜3pの幅に細長く縦切りし、(7)縦切りされた細長い形を横にして細切りにする、という段階までは割愛し、その後から仕上げまでの工程を以下に画像で説明したい。
ブリモツ酢の物の作り方 |
1,細切りにしたブリの胃袋(3尾分) |
2,スライサーで薄く切ったキュウリを塩揉みし、15分ほどしたら、手もみで水気を軽く絞りだす。 |
3,塩揉みしたキュウリのスライスにブリの胃袋の細切りを加えて、甘酢で和える。 |
ブリモツ酢の物商品の完成 |
博多には「牛もつ鍋」という牛の内臓を使った美味しい名物料理がある。このブリモツ酢の物も内臓特有の歯応えのある食感があり、博多の牛もつ鍋が好きな人はこの料理もきっと気に入ってくれるはずである。
さらに、これは「もったいない」ではなく元々人気商品ではあるけれども、違った観点から商品化をするとこういう風にも出来るという一つの例である。それはブリカマを塩焼きだけでなく鍋用切身としても活用しようという発想だ。
ブリカマの切身 |
1,ブリカマはサイズが大きければ可食部分も大きいので価値があるが、小さいものは価値が低く売価も安くしなければ売りにくい傾向がある。 |
2,そこで小さいサイズのものは更に小さくカットして食べやすい切身にする。堅い骨を切ることになるので、よく切れる包丁が必要になる。 |
3,一口から二口サイズにカットして、身がタップリあることを見せた盛り付けにして商品化する。 |
4,更に応用として、小さくカットしたブリカマの切身を大根と一緒に盛りつけて「ブリ大根」に商品化。 |
養殖ブリの付加価値商品化
ブリの切身や短冊については、あまりにも一般的なので敢えてここでは触れないことにしよう。それよりも刺身や鮨はこうすれば利益が出やすいとか、売上げを作りやすいというヒントになる商品を以下に紹介してみたいと思う。
ブリの背身はどちらかと言えば切身に活用することが多いと思われ、背身を刺身にする場合も薄造り商品には向かず、もっぱら平造りがほとんどではないかと考えられる。その一方で腹身の場合は、平造りはもちろん出来るのだが、薄造りやそぎ造りにすることで商品化の多様性が生み出せるので、腹身を使った商品化を以下に記してみよう。
腹身を使った付加価値商品化 | |
1,ブリ腹身を縦割りで切り離す。 | |
2,上が上身、下が下身のブリトロ部位 | |
3,上身の薄造りは皮目を上にして切る。 | 3,下身のそぎ造りは皮目を下にして切る。 |
4-1, ブリ腹身をたっぷり7切れ使い、生マグロ、マダイ、生サーモンを3切れずつ盛り付けた「ブリたっぷり刺身盛り合わせ」 |
4-2, ブリトロの部位をそぎ造りで7切れ盛り付けているが、重量は40gほどに収まるので原価は驚くほど安い「ブリトロそぎ造り」 |
4-3, ブリ腹身を薄造りではなく、切角が立って見栄えが良くなるよう、そぎ造りにして作った「ブリトロしゃぶしゃぶ」 |
4-4, 鮨ダネは小刃を立てて切り、中巻きは中途半端な形の部位、軍艦は切り出しを使う。「ブリ鮨盛り合わせ」 |
食文化としてブリ消費の重要性
ブリという魚は「東のサケ、西のブリ」と呼ばれるほど日本を代表する魚であり、サケの新巻鮭と同じように、ブリは「塩ブリ」という名で、西日本では目出度い魚の代表として扱われてきた歴史がある。
筆者が居住する福岡では、正月の雑煮はブリであり、息子が結婚した家庭では年末になると大きな天然ブリを1尾抱えて嫁の里を訪問し、ご両親に「よか嫁ブリ」を渡す風習もある。
昔から日本の魚料理の代表的な素材の一つとして扱われてきたブリは、もちろん基本的な味が一級だからこその地位を保ってきたのである。その味は疑う余地もない魚なのだから、もしこれをぞんざいに扱うことがあれば、日本の食文化のベースとなる魚の一つを軽視することにもなるのである。
今時の若い人達の間では東の雄である生サーモンを使った鮨などの人気が高く、西の雄のブリを鮨で食べることにはそれほど関心を示してもらえないようだと感じているのは筆者だけであろうか。ブリトロのにぎり鮨などは生サーモンに決して劣らない味だと思うのだが、ブリトロのにぎり鮨がどれだけ商品として販売されているのかは、現実的な問題として心許ないものがあるのも事実である。
養殖ブリの相場がカンパチのほぼ半値で推移しているのは、需要に対して生産量が過大で供給が多すぎるからだという指摘もあるが、下のグラフにあるようにノルウェーサーモンと生産量を比較すると桁違いの少なさなのである。
そして国内でのブリ類の養殖生産量の内訳はこうなっている。
ノルウェーサーモンと比較すると桁違いに少ない生産量にも拘わらず、国内養殖生産地の池には養殖ブリが満杯なのだ。そして、このままでは養殖業者の経営そのものが成り立たなくなり、事業存続が危うくなることになりかねない事実が以下のグラフに示されている。
筆者はブリの価格が高ければ良いなんてことを言っているわけではない。こんなに安い価格で推移している養殖ブリを商品素材として活用しない小売り現場の姿勢を問題視しているのである。水産担当者が色変わりが遅くてリスクの少ないカンパチだけを重宝し、安くて美味しいブリには見向きもしないという商売の姿勢はおかしいのではないかと言いたいのである。
ブリは日本の固有種と言える位置づけにあり、魚を基本とする日本の食文化を代表する魚の一つである。ブリの養殖業者が輸出に頼るしか生きていく術がないと言わざるを得ないことにならないよう、魚を小売りする人達はFISH FOOD TIMESの今月号を少し参考にして、養殖ブリの拡販に努力してほしいものである。
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水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新している
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更新日時 令和 2年 3月 1日