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平成28年 1月号 145
ナマズ刺身薄造り
12月にナマズという魚を初めて自分で調理して食べた。筆者はこれまで数々の様々な種類の魚を調理してきたけれども、活きたナマズを調理したのは初めての経験だった。
ナマズは美味しいのかどうか一度食べてみよう、そして自分の舌で確認するだけでなく、調理をすることで魚体の特徴を自分の手で触って感じてみたいと思った。そのきっかけは昨年マスコミを騒がせた「近大ナマズ」の情報が気になっていたからである。
昨年11月のみなと新聞には以下の記事が載っていた。
記事のポイントは近畿大学と牧原養鰻、そして鹿児島銀行が組んで、ウナギ蒲焼のような「ナマズの蒲焼」という料理に適するように養殖したナマズをフランチャイズ方式で産業化していこうという試みである。
近大の有路准教授がナマズに着目したきっかけは、知り合いのウナギ養殖業者やウナギ料理専門店から寄せられた「ウナギの代わりになる魚種はありませんか。私たちは明日の飯のタネにも困っています」と、こんな悩みの相談を受けたことから2009年にこの構想がスタートしたということだ。
またこの記事には記されていないが、このアイデアの中心となって動いている近大の有路准教授は「ウナギ味のナマズ」が普及した場合のメリットとして、(1)ウナギでは実用化していない卵から成魚という完全養殖に成功済み(2)養鰻業者の設備がそのまま使える。(3)ナマズは成長が早く、種苗単価が安いので養殖コストはウナギに比べ3分の1であり、市場価格は半額以下。(4)養殖ナマズの食べ方は、刺身、湯引き、天ぷらなど多彩に調理出来るので、ウナギには真似できない内容のコース料理も可能、という趣旨のことを別のところで発言されている。
つまり、日本では食用として一般化していないナマズを「蒲焼」という料理を突破口として裾野を広げ、将来的には日本における大きな魚資源として育成していこうとの思惑があるようである。
そもそも日本でのナマズは縄文時代の頃から食べられていたことが滋賀県大津市の粟津貝塚湖底遺跡からナマズの歯骨片が出土したことで推測されており、一番古い記述としては平安時代の今昔物語にナマズが煮て食べられていたことが記されている。
また北海道と沖縄を除く日本全国にはナマズを使った様々な郷土料理が知られており、中でも味噌汁仕立ての「ナマズ汁」は母乳の出が良くなると言い伝えられ、全国各地で産後の肥立ち料理として食されてきたとのことである。この他に、煮付け、照焼き、てんぷら、刺身、など色々な料理に使われてきたのだが、その中には蒲焼も入っているのだ。
ナマズ料理に関しては1850年頃作成された歌川広重の浮世絵「東海道交圓會」には、吉原宿名産「不二沼 鯰」というのがあり、不二沼のナマズ料理が名物として描かれている。
つまりナマズ蒲焼などは昔からナマズ料理の中の一つとして昔から普通に食べられてきたのであり、近大ナマズの発表というのはナマズの全く新たな料理方法として最近になって提案されているものでもなんでもないのだ。
例えば下の画像のように川魚料理店ではナマズ料理の一つとして蒲焼が昔から提供されているのである。
このナマズ蒲焼は福岡県大川市の筑後川沿いにある明治9年創業で140年の歴史を誇る料亭三川屋で出されているものだ。
三川屋では筑後川名物のエツ料理や天然ウナギ料理、そして川アンコウ(ナマズ)料理を三大看板としており、筆者は川アンコウ会席を今回の1月号の勉強のために食してきたので、以下に三川屋の川アンコウ料理を紹介しよう。
食後の感想は「素晴らしい上品な味、これぞ和食・・・。これがナマズの味なのか・・・」という感動ものの味だったのだ。
このコース会席の中にはソテーが入っていたから正確には完全な和食とは言えないけれど、そのソテーだと説明された料理に関しても、それは一度漬け置きした工程を経ているようであり、筆者にはこれもまるで和食の竜田揚げに似た料理の一種のように思えたのだった。
全ての料理が上品な味に仕上げられていて料理人の腕の良さが想像出来ただけでなく「ナマズという魚の持つ素材としての能力の高さ」を感じることになった。これらの上品な薄味の料理の中で醤油の味が一番ハッキリとしていて濃い目の味付けだったのがナマズ蒲焼であり、その身質はウナギほど柔らかくなく脂肪分も多くはなかったので、今時の養殖ウナギで作られた「蒸し」を経た柔らかく脂肪タップリの蒲焼とは明らかに違うものであった。
このようにしてプロの味つけの本格的なナマズ料理を味わうと、近大が「ウナギ味のナマズ蒲焼」というテーマで資源枯渇状況に追い込まれているウナギの代替品として、卵からの完全養殖技術が確立して生産効率の高いナマズを蒲焼で売り出そうとしていることに対して、筆者は必ずしもナマズの消費拡大を蒲焼という料理でのメリットを強調する必要はないのではないかと思うことになった。
しかし長く魚を小売する業界と関わってきた筆者ではあるが、このナマズという魚を雑誌の中の写真や漫画の一コマでデフォルメされたイラストを見たことはあっても、生まれてこの方自分の手で一度も扱ったことはなく、いったいどうすればナマズを手に入れることが出来て、どんな風に調理すれば良いのかまったくわからなかったのである。
そこで少し風変わりな魚を仕入れる時にはこのところいつも特別にお願いしている筆者の仕事関係者に注文を入れてみると、運良く仕入れを依頼した翌日には500グラムほどの大きさの生きたナマズが入荷したとの連絡を受けた。仕事の都合上で水槽に3日間活かしてもらった後の4日目に生きたままのナマズを購入したのだが、入荷して4日目のナマズはまだ元気そのもので、水槽から移し換える時に水中から飛び出して跳ね回り、粘膜質の魚体表面はヌルヌルしているので、ナマズは元気に飛び跳ねる分ウナギよりも扱うのが大変だと感じた。
ナマズを運搬に使った穴無しスチロール箱からまな板に移す時は、活き鯉を扱う時のように箱をまな板の横に静かに置き、ナマズをそっと優しく抱えながらまな板に置き、間髪をおかずに出刃包丁の峰で頭部を強く叩いたところ、ほんの一発で直ぐに大人しくなった。
活き鯉の場合は同じように包丁の峰で叩いても一発で大人しくなることは少なく、叩かれて驚いて跳ね回ることになった鯉を捕まえて更に何度も叩くことになることが多いのだが、ナマズの場合は一発で済んだことに意外な感じがして拍子抜けの感があった。どうして一発で済んだのかを考えてみると、これは鯉とは違ってナマズの頭部は下の画像のように平たい形なので包丁のショックが中まで届きやすかったのではないかと判断した。
上画像の購入したナマズは、漫画でもお馴染みの感覚器としての長い口ヒゲが最初から左に1本しかなく、ナマズの容姿としては少し歪であった。
以下の画像はナマズの全体画像である。
上から見た画像
下から見た画像
さて、これから脳天気絶をさせたナマズを調理していかなければならないのだが、何しろ筆者はナマズを生まれて初めて扱うということもあって、まだピクピクしているナマズを目の前にして、手で触ってみたり裏返してみたりして形を確認し、暫くはどうしたら良いものか色々と考えることになったのだった。
ナマズの形状は頭が押し潰したように平たく、胴体は縦型に狭いので安定感がない。しかも魚体表面に鱗はなくてヌルヌルと掴みにくい。その形を見ただけで簡単に解体ができるような代物ではないと思うことになった。
こういう安定感の悪い魚は下手をすると包丁を滑らせて怪我をする可能性があることを、筆者は20年ほど前に活きウナギを開いている時に左手中指の先を切ってしまった記憶があるので、このナマズについても同じようにヌルヌルしたウナギを開くときに使う「目打ち」を使うのが最適だと判断したのだった。
筆者がこれまで FISH FOOD TIMES の中で使用してきた画像は、基本的にほぼ90%以上が筆者自身で包丁の手を止めながら撮影してきたものである。しかし今回は初めて扱うナマズということで自分自身に気持ちの余裕もない事から、包丁作業に集中する目的でまな板の横に三脚を置いてデジカメを据え、動画で筆者の手元を撮影することにしたのだ。
その編集を終えたFull HD 1.9GBもの大きな容量の動画は、これをそのままホームページに挿入するのは作業が面倒なことになるので、この動画を youtube で公開し、動画に興味ある読者の方々はそこにアクセスしてもらうことにした。
その動画がこれである。
「なまず(川あんこう)の解体」<なまずの刺身とにぎり鮨> https://youtu.be/3Z5xB3vodSM
動画の感想はどうだろうか。何しろ初めて扱うナマズを試行錯誤しながら解体していったので、筆者の動きが何かとぎこちないのは勘弁していただきたい。
そして最終的に作品として出来上がったのが、このページと次ページの巻頭画像である。
もちろんこの作品はこの後で筆者の口に入ったのだが、ナマズという魚を火を通さず生のままで味わった感想というのは、改めて「美味い!」の一言だったのである。
上記したように、明治9年創業で140年の歴史を誇る料亭三川屋でプロの料理人の手で作られたナマズ料理を既に味わってその美味しさに感動していたのだが、これは料理人が技術を駆使し気持ちを込めて作るからこうなるのだという思いが強かった。しかし今回筆者が作った刺身と鮨は何と言ってもナマズの扱いでは初めて尽くしであり、しかもそれは生のままで調味料などは一切加えていないのだから、素材の味がそのまま伝わってくると考えてよいのである。
今回のナマズの解体で少しだけ気にしたのは、マグロでは分かれ身に相当する部分だと思われる「ヒレ下の黄色い筋肉」の部位の黄色がどぎつく気持ち悪かったので、これを神経質に除去したことが一つであり、二つ目は事前の情報としてナマズは泥臭いということが耳に入っていたので、刺身にする前の上身を湯洗いにしたことである。
その二つのことがどのように味に良い影響を及ぼしたのか不明であるが、ナマズは白身であるのに淡白な味の薄い白身というより、それよりもう少し上の味わいのある白身と言った方が適切だと思ったのだった。
また薄造りする際に血合い骨の存在も包丁の刃先にほとんど感じることもなかったので、上身に山高骨が削れて残る小さな骨を除去するだけで、背身と腹身を分けず半身のまま刺身と鮨に使うことが出来たのだ。
このように筆者の事前の予想を覆す美味しさを持つナマズという魚が、現在の日本では食用魚として全く存在感がなくなってしまっているというのは何かおかしな現象ではないかと思うことになった。
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更新日時 平成28年 1月1日