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平成27年12月号 144
ソロバン玉の串焼き
毀誉褒貶がとても激しい魚を今回は取り上げてみたい。それも魚卵とそれ以外の部分の評価が天と地ほどの違いをもって取り扱われる魚である。
その魚はボラ。ブリのように大きくなるにしたがって名前が、オボコ、スバシリ、イナ、ボラ、トド、というように変化していく「出世魚」である。これ以上大きくならない大きさがトドと呼ばれ、これが一般的によく使われる「トドのつまり」の語源である。また、まだ小さな幼魚の段階のオボコは幼い様子を表現する「おぼこい」の語源とも言われている。
北海道以南の日本各地の沿岸で昔から漁獲され、淡水域の川に遡上したり都市部の港湾にも入り込むことから、釣り人ではない普通の人が橋の上からでもよく見かける機会の多い魚であり、昔から白身の魚の一つとして馴染みの深い魚である。昨年1月末にはボラの生態の一部を知ることの出来る次のような動画がYoutubeにアップされた。 船溜りにボラの大群 https://www.youtube.com/watch?v=n7derdCkiQA
ボラはボラ亜系ボラ目ボラ科ボラ属に属し、旬は冬の12月から1月頃であるが、このボラと簡単には見分けがつかないほど非常によく似た下画像のような魚がいることを知っている人は少ないようである。
この魚はボラ亜系ボラ目ボラ科メナダ属のメナダであり、魚名は地方によってヤスミ、シュクチ(朱口)、アカメ(赤目)、ヒクチ(緋口)などとも呼ばれており、その名の通り「赤い口」をしていて全体的に赤っぽい姿が特徴である。旬は春から夏にかけての頃であり、ボラより脂肪分が控えめで生臭さもなく、上品な味の白身はボラとは比べものにならない高級な魚として取引される。
メナダはボラを漁獲する時、その中に100尾中の1尾くらいの割合で混じっているという希少性が高値で取引される理由にもなっているようだが、その反対にボラはメナダそっくりの姿をしていて同じような白身なのに全国何処でも例外なく評価が低く、仮にそれが死後硬直前の活の状態であっても、とんでもない捨値と言えるような安い価格で取引されるのが珍しくないのである。
白身のボラがこのように青魚大衆魚以下の下衆の魚に貶められてしまった要因は、一つにはその生命力の強さから来ていると考えられる。
ボラは酷く汚れた河川や濁った海水の港湾でも適応力が強くて生息していけるので、そのような劣悪な環境で育ったボラを釣って食べると泥臭さが強く、こういう経験をした人たちが声高にボラのことを貶したことから、それが通説となってしまったようなのである。
戦後日本の高度成長期にまだ下水汚泥浄化設備のインフラが整わない時代、見た目で明らかに汚く汚染された河川や港湾海域で、白い腹を見せて飛び跳ねるボラを橋の上や岸壁から現認したりしたら、それだけでもボラのイメージは低下したはずであり、否応なく「こんな汚い水の中に棲む魚なんか食えたもんじゃない・・・」と思った人は多いだろうと考えられる。
確かにそういう過去の一時期は、生臭みの強いボラに当たる確率は非常に高かったかもしれないが、以前は湾岸に京浜・京葉工業地帯を抱えていて海の汚染が酷いことで悪名高かった東京湾やそこへ流れ込む黒く汚れていた河川も、現在はその多くのほとんどで下水汚泥の浄化環境が整ったことから、今や東京湾は沿岸魚の宝庫とまで呼ばれる優良な漁場となっている。
これは東京湾だけのことではなく、全国の河川や湾岸が昔とは比べものにならないくらい浄化されて綺麗な川や海となったことで、ボラの泥臭いものに当たる可能性というのは以前と比べると格段に低くなっているのである。
しかしボラはその当時に植え付けられた「泥臭い魚」というイメージを簡単には払拭することが出来ず、今でもボラは下の画像のように「首折れ」という出荷形態が当たり前の事実となっている。
一般的に近海で獲れた釣りサバなどを首折れにするのは、首を折って赤い色のエラを見せることで鮮度の良さをアピールすることが一番の目的なのだが、ボラの場合はもう一つ非常に重要な目的がある。
それは「首折れの部分から血抜きをすることで生臭みや泥臭さを緩和する」ということなのである。こうやって血抜きすれば多少環境の悪いところで釣れたボラでもその泥臭さが随分緩和されることから、昔ボラを出荷するときはこのようにすることが当たり前の事実となり、その方法が今でも続いているのである。
ボラは首折れという元の姿ではないのが常識だということの他に、特に晩秋から冬にかけての時期は「腹が割られて出荷」されることが多い。この理由は明白で、雌のボラの魚卵だけを腹から事前に抜いて出荷するためであり、腹が割られていないのは雄だけなのだ。魚卵の入った雌のボラを手に入れるためには、魚市場の責任ある立場の人などを頼って漁師さんに特別にお願いするような手が必要となるのである。
以下の腹が割られていないボラの画像は、筆者指導先の水産責任者にお願いして、筆者のために特別に魚市場で仕入れてくれた「雄雌各2尾入り1ケース」のボラである。
これは雄と雌を1尾ずつ組み合わせた画像だが、読者の皆さんはどれが雄と雌のどちらなのかお判りだろうか。
魚で雄と雌の違いがとても判りやすい例としては第一に「シイラ」が挙げられる。これは随分昔になるけれども平成18年6月号の FISH FOOD TIMES 30シイラのチーズ挟み切身 の中の画像で説明している。またよく知られている「サケ」の雄の鼻曲り形状なども雄雌の違いを判断しやすい。
しかしボラの場合は上の画像を見て判断できるかと問われれたら、筆者はとても判断できないとしか答えられない。Yahoo知恵袋の回答によれば「雄は雌より胸ビレが細長く先端がとがっており、背鰭基部左右に1対の隆起線があるので、雄雌の区別は容易である」となっているので、筆者もその知識を基に確認してみたのだが残念ながら筆者の眼力では判断できなかった。
また別の方法では「お腹を押すと白い液体が出るのはオスで、メスは黄色い液体が出る」というのもあるらしいが、これはやらなかった。
実は仕入れた店の段階で、肛門に包丁の切り口を少しだけ入れる方法によって雄雌が確認されていたので、既に雄雌の違いは分かっていたのだが、その違いを包丁の切り口を入れずに外見からだけで見分ける方法が知りたかったのである。
何とかして「漁師さんが瞬時にどうやって見分けているのか」を知りたいものだとの疑問を引きずったままで、結局は腹に大きく包丁を入れて真子と白子を取り出すことになった。
まだ10月の下旬という季節でこのように立派な真子と白子が入っていた。
白子は塩焼きで美味しいということなのだが、筆者は白子に特別な食欲をそそられないので内臓と一緒に廃棄することにしたのだが、その内臓の中でも以下の画像のこれだけは捨てないで大事に扱うことにした。
読者の皆さんはこれが何かお分かりだろうか。これは「ボラのソロバン玉」とか「ボラのへそ」などと呼ばれる厚い筋肉が発達した幽門と呼ばれる臓器である。ニワトリの砂嚢(スナズリ)のようなもので、ボラが餌を砂泥ごと食べる食性に適応して、砂泥まじりの餌をうまく消化するための臓器なのである。
ボラは水底に積もったデトリタス(生物遺体や生物由来の物質の破片や微生物の死骸、あるいはそれらの排泄物を起源とする微細な有機物粒子のこと)や付着藻類を主な餌としている。餌を食べる際は細かい歯の生えた上顎を箒、平らな下顎を塵取りのように使って、餌を砂泥ごと口の中にかき集めたり、石や岩の表面の藻類などを削り取ったりするので、この幽門というソロバン玉風の臓器が消化を助けるために必要となるのだ。
このソロバン玉はボラ1尾につき1ヶしかない小さな臓器であり、この希少性に注目し食用として付加価値商品として売り出すような才覚のある魚屋さんは今時あまり見かけないようである。少なくとも大手スーパーの魚売場でこれを売っていることを期待するのはほぼ100%無理だと断言出来るような代物である。
読者の中には「ボラのソロバン玉」のことを知らなかったという人もいるのではないかと思うので、以下に商品化のための工程を紹介しよう。
ボラのソロバン玉(串焼き用)の作り方工程 | |
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1、胃袋の先にあるソロバン玉 | 7、半割りにすると未消化残滓が見える |
2、胃袋と一緒に内臓ごと取り出す | 8、内部には様々な残滓物が残存 |
3、胃袋と切り離す | 9、水道の流水をかけながら異物を除去 |
4、どれもまさにソロバン玉の形状 | 10、洗浄の後に塩を降って揉み洗い |
5、形を整えるため筋を切り落とす | 11、塩揉みの後は水洗いをする |
6、包丁で縦に半割りをする | 12、半割りを横に伸ばし横から串刺し |
ボラのソロバン玉串刺し |
こういう簡単な方法で、魚屋さんの店頭を覗いてもほぼ100%の確率で見出すことの出来ない珍味「ボラのソロバン玉(串焼き用)」の商品は、本来ならば捨てられたかもしれない内臓から出来上がるのだ。
ソロバン玉の商品を紹介することが出来たので、今回はせっかくだから串焼きの料理段階まで紹介することにしよう。
ボラのソロバン玉串焼きの料理工程 |
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1、長ネギと交互に串刺しにしたソロバン玉に胡椒塩をする |
2、竹串には焦げ防止のためにアルミホイルを被せる |
3、ガスグリルの弱レベルの火力で5分ほど焼いたら出来上がり |
ボラのソロバン玉串焼き |
魚の職人さんはソロバン玉の存在を知ってはいても、お客様がその価値を認めてくれないので売り物にならず、その大半はほとんど捨てることになっているようなのだが、職人さんの中にはこれを捨てずに持ち帰って、こんな風にして酒の肴にしている人もいるのである。
ボラは世の中の評価として蔑まれることが多く、言わば「下衆の魚」に入れられているようなのだが、この魚は知れば知るほど興味の尽きない面白い魚であることが分かってくる。ボラについて記したいことは上記の他に「洗い」や「カラスミ」など、まだまだ多くのことがあるので先月に引き続き今月号も2ページを要することになった。
次ページへと続く
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更新日時 平成27年 12月1日