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平成30年 2月号 170
ヌマガレイ刺身&にぎり鮨
注目されない未利用魚
筆者は昨年5月と11月に北海道を訪ねる機会があった。もちろん単なる観光ではなく、魚に関連した行動の一つであった。 そしてある漁港で魚を販売する人たちから全く注目されずに可哀想な扱いを受けている魚に出会った。
上の左画像は魚函が山のように積まれ、その中にはそれなりに高い価格で取引されることが多いクロガレイが入っている。その右の画像は同じようにヒレが黒白の斑らになってなっていて、見た目はクロガレイに似ているけれども取引価格は二束三文の扱いを受けているヌマガレイである。
以下はヌマガレイの拡大画像。
この画像を見て、カレイにしては少し変ではないかと思われる方もおられると思う。ヌマガレイはカレイなのにヒラメと同じように左向きになった時に両眼が上に来て腹部が下にあるからである。しかしヌマガレイは間違いなくカレイ目カレイ科ヌマガレイ属に分類されているカレイの一種である。
カレイ科の魚類は基本として両眼を右側に持っているのだが、日本産ヌマガレイのほとんどは左側に眼を持っている。ヌマガレイの分布は広く広大で、北太平洋の西側から東側に行くに従って右側に眼を持つ個体が増え、アラスカ付近では約3割が右側、シアトル市が位置しているワシントン州付近では約5割が右側に眼を持っているということだ。
ヌマガレイは沿岸や内湾の汽水域に棲息することを好み、川を遡って淡水域に入ることもあるので、このことからヌマ(沼)カレイと名付けられたようであり、秋田地方ではカタ(潟)カレイとも呼ばれている。
いっぽう、ヌマガレイとヒレの柄が黒白斑ら模様という点でよく似たクロガレイも、比較のために画像で以下に紹介しよう。
クロガレイはカレイ目カレイ科マガレイ属であり、更にこれまたよく似たものにクロガシラカレイというのがあるようだが、あまりにも似ているので魚市場では明確に区別しないことが多いとのことだ。
捨てるの?
さて、今月号で扱う対象魚はクロガレイではなくヌマガレイである。北海道の道東地方ではイシガレイとも呼ばれており、筆者を案内していただいた方にはヌマガレイではなくイシガレイの名で紹介されたのだが、同じヌマガレイ属のイシガレイという魚は魚体表面にまさに石のような突起を持っていることで知られていることから、この紙面ではイシガレイではなく標準和名のヌマガレイで通すことにした。
ヌマガレイはクロガレイに比べると、全体は菱形に近い形状が目立ち、下画像の丸で囲んで目立たせている部分に、鱗が変化したイボのような突起が魚体表面に数多く存在している。
魚市場でのヌマガレイはクロガレイのような大きいサイズはあまり見当たらず、小さいサイズばかりが目立っていた。大きくなるヌマガレイもあるようなのだが、ほとんど小さいものばかりであり、しかも脂肪が少なく旨味に欠けるということで一般的にはあまり評価されていないようなのである。
しかし「これはないだろう・・・」と思ったのが、以下の画像である。
これは魚が漁船から水揚げされても競り場に上場されることなく、巨大な金属コンテナの中に様々な魚が一緒くたに数多く捨てられている様子であるが、養殖魚の餌などに回す目的で捨てられている、これらの魚の中に小さなヌマガレイが大量に投げ入れられていたのである。
この様子を見て筆者が驚いていると、魚市場を案内していただいた方が「確かにイシガレイは脂肪が少なくて煮たり焼いたりの料理ではもう一つだけど、刺身にすれば美味しいんです。でも誰も好んでこの魚を扱おうとしないので、お金にならず困りものですよ・・・」と溜め息混じりに嘆かれたのだった。その理由はなぜかを尋ねると、たぶん小さい魚で調理が面倒くさいからではないかという返答だった。
こういう類の話は日本各地の漁港に色々あって話題に事欠かず、筆者は定置網の船の上に乗せてもらった時に、水揚げされる魚の一部がお金にならないという理由で次々と船外の海へ捨てられている場面に遭遇したことがあるけれど、ここ北海道でも同じように需要と供給のミスマッチが生じていたのである。
その結果、競りにかけられるまともな大きさのヌマガレイでも驚くような安値で取引されており、もしこれらを上手に商品化することができれば、大きな利益を生み出せる可能性があることが分かったのだった。
要するにそのポイントは、魚を小売する側がヌマガレイの調理を面倒臭いと思わせない方法を開発すれば良いのであり、それが可能かどうかがヌマガレイを活かせるか活かせないかの分かれ目だと考えた。
スピーディ調理作業
そこで、筆者の指導関係先のあるところにヌマガレイを1ケース仕入れてもらい、バイヤーに筆者の包丁作業の手元を写真撮影してもらう形で、ヌマガレイのスピーディ調理作業実験を実施することにした。ヌマガレイの価格は配送料を含めても1尾100円にもならなかったので、実質的には魚の価格より配送運賃の方が高かったはずである。
その後以下の工程画像は実際にマニュアル化して店舗での実施を提案したのだが、それが店舗で定着しているかと言えば残念ながら全くそういう事実はなく、そのことに筆者は悔しい思いを抱いていた経緯があり、今回こうやって改めてヌマガレイを扱うメリットを知らしめることで、もう一度ヌマガレイに注目してほしいと思っている。
とにかく店舗ではヌマガレイの調理作業をたぶん間違いなく面倒くさいと思っているはずであり、そのように思わせないために「簡単で、楽に、スピード優先」を実現するためにはどうすれば良いかを考えて実施したのが以下の工程である。
ただし読者の皆さんが違和感を覚える内容があるかもしれない。それは小さな魚を手早く調理するためにすべての工程で「柳刃包丁」を使用していて、解体作業と皮引きまでは敢えて水をまな板にかけ流しにして、魚体を水で洗いながら作業をした。もちろん刺身と鮨ネタのカットは水気を拭きとったまな板で作業を進めたけれども、その前の水の掛け流し調理作業手法については賛否両論の意見があることは承知の上で作業を進めている。
ヌマガレイのスピーディ調理作業 | |
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1、魚体を水洗いして、ウロコは取らず、頭部を除去する。 | 9、尾部の先端に柳刃包丁で切り込みを入れ、頭部の方へと刃先を動かし、左手で皮の尾部を押さえながら、皮と身を分離する。 |
2、腹部の内臓を指で掻き出して、もう一度腹腔内部を水洗いして、有眼側のヒレ際に柳刃包丁を切り口を入れる。 | 10、乾いたタオルの上に、皮を除去したヌマガレイの身を置く。 |
3、そのまま片面おろしの要領で、腹身側まで切り進み、そのまま半身を切り離す。 | 11、乾いたタオルを両端から被せ、ヌマガレイの表面の水気を吸い取る。 |
4、無眼側の腹部ヒレ際に柳刃包丁を切り込ませ、背身の方に切り進む。 |
12、背身と腹身の間に柳刃包丁の刃先を切り入れ、血合い骨を除去する。 |
5、そのまま背身の方まで切り進み、無眼側の半身を切り離す。 | 13、血合い骨を除去して、背身と腹身に分離した状態。 |
6、無眼側の腹骨の下から、柳刃包丁を掬うように前後に動かして腹骨を切り離す。 | 14、有眼側の背身は右の姿勢でそぎ造りして鮨ネタをつくる。 |
7、尾部の先端に柳刃包丁で切り込みを入れ、頭部の方へと刃先を動かし進め、左手で皮の尾部を押さえながら皮と身を分離する。 | 15、無眼側の腹身は左の姿勢でそぎ造りして鮨ネタを作る。 |
8、有眼側の腹骨の下から、柳刃包丁を掬うように前後に動かして腹骨を切り離す。 | 16、半身分で鮨ネタが背身側6切れ、腹身側4切れずつ出来上がった状態。 |
ヌマガレイの半身でにぎり鮨5カン盛りが2パック完成。 |
ヌマガレイの仕入原価が仮に1尾100円だとすると半身は50円だから、この5カン盛りにぎり鮨の魚だけの正味原価は25円、1カンあたりは5円という計算になる。シャリとガリと容器の原価を合わせて75円だとすれば合計100円となる。
まるで見た目はヒラメのような新鮮なヌマガレイのにぎり鮨はいくらの売価だったら売れるであろうか。この画像のような少ないカン数の単品商品はどうしても資材比率が高くなってしまうので値入れ率的には不利になるけれど、盛り合わせのカン数が10カン以上に大きくなれば、ヌマガレイのような安い原価のネタがあることによって、商品はどんどん値入れ率を高められることになるのである。
変身
いっぽう刺身は豪快に平造りでつくってみた。常識的にヒラメやカレイの刺身というのは薄造りが基本となっているはずだが、それを敢えて薄造りよりもスピード感のある平造りにしたのは、やっぱり仕入原価が極端に安いというメリットを活かすためである。
上画像の刺身商品はヌマガレイを2尾分丸々使っているが、それでも魚の正味原価はせいぜい200円くらいのものだから、このボリュームからすると相当高い値入れ率の売価を設定できるのではないかと思われる。
ヌマガレイはこうして鮨や刺身にすれば、見た目は立派な商品にすることができるのである。もちろん見た目だけではなく、商品化した鮨や刺身を試食したところ、養殖魚のような脂たっぷりの美味しさはないけれど、そのサッパリした食味や弾力のある食感は天然魚そのものの味であり、筆者の舌には脂も程よくとても美味しいと感じた。
脂肪が少なくてあまりお勧めではないと言われていた煮付けや塩焼きの試食は行わなかったが、やはりヌマガレイ表面のイボのような突起をそのまま残して切身にして、これを煮付けや塩焼きの料理にしても、見た目からあまり食欲は湧かないのではないかと思われた。
つまり魚体表面の見た目の悪さが損をしているので、皮さえ除去すればまともな感じになると思うが、皮を除去する作業までしたのであれば、上に紹介してきた鮨や刺身まで付加価値をあげた方が良いのではないかと思われるし、更に煮付けや塩焼き用となれば味が勝る他の種類のカレイがいくらでもゴロゴロと存在しているので、ヌマガレイにはほとんど勝ち目はないと見るべきなのだ。
だとすれば、今月号で紹介してきた「スピーディ調理作業」を活用して元の見た目の悪さを除去してしまって、盛り付け方法やあしらい、さらには盛り付け容器などを工夫して、いかにも美味しそうな鮨や刺身にするのが、ヌマガレイにとって一番の形ではないかと思われる。
例えば、昔は幼少の頃に汚い服装で手足も顔も真っ黒に汚れ、鼻タレのオテンバ娘だった女の子のが、年頃になって見違えるほどの美人になるといった例は人間社会でも見かけることもあったが、今月号で上に紹介してきたヌマガレイの鮨や刺身も、まるでそんな感じではないだろうか。
ヌマガレイは魚市場の魚函の中で「捨てないで!こんなに美しくなれるのに・・・」と、まるで今月号の巻頭画像を指差して叫んでいるようではないか。
先導役たれ
ヌマガレイのような注目されていないマイナーな魚につい目がいってしまうのは筆者の性のようなもので、そもそも FISH FOOD TIIMES のWeb版を15年前にスタートした時のきっかけが、マイナーな魚の組み合わせの妙を実現する「旬鮮刺身盛合わせ」という考え方をこの業界に広めるためだった。
その後折に触れてFISH FOOD TIIMESではマイナーな魚を幾つも紹介してきたが、このところのスーパーの魚売場の流れというのはこういう魚を商売で活かそうとするよりも、逆に「省力化・合理化・効率化」というお題目を唱えて、これを無視するかのごとき方向性が強まっていることに筆者は悲しい思いをすることが多々ある。
近年は居酒屋業界の全国あちこちにおいて、筆者が15年間FISH FOOD TIIMES のなかで言い続けてきた未利用魚の活用を実現する動きが強まってきており、そのこと自体は決して悪いことではなく歓迎すべきことではあるけれども、やはりスーパーの魚売場が居酒屋業界に負けず劣らずの動きをしてほしいものだと筆者は願っている。
スーパーの魚売場の担当者が、いわゆるメジャーな魚しか知らないし、他の魚はほとんど扱ったこともないということでは魚売場の未来はない。「そんな安物の小魚を扱うなんて、面倒臭くてやってられない」という一言が、どれだけ「お客様の魚を食する機会」を奪ってきたか考えてみてほしい。
思うに、魚の世界は人間がどんなに頑張っても決してその全てを知ることができない非常に奥深い世界である。筆者は職業柄「これまで様々な魚に接し調理し食してきた」けれども、それでも魚の世界のほんの一端を知ることができたに過ぎない。
魚業界で働く皆さんは「魚を食する幸せをお客様に案内する先導役」なのである。自らが先頭に立って様々な種類の魚のことを知り、調理し、食し、そしてお客様に提供するための術を身につけなければならないのだ。そのためには好都合なことに、お金をかけずに勉強できる FISH FOOD TIIMES があるではないか。これを少しでも参考にして実際に同じようなことをやってみてほしい。自らやってみれば、そこから新たな課題が浮き上がってくるはずであり、次の課題を見つけることができれば、それが自分自身だけでなく水産小売業界を含めた成長の一歩となり得るはずである。
水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新してきたこのホームページへの
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更新日時 平成30年 2月 1日