ようこそ FISH FOOD TIMES へ
鮮魚コンサルタントが毎月更新する魚の知識と技術のホームページ
平成29年 5月号 161
イトヨリ昆布締め平造り
華やかな色合いの高級魚
上画像のスズキ系スズキ目スズキ亜目イトヨリダイ科イトヨリダイ属イトヨリダイは、赤色と黄色が縦にいくつも並列しており、赤い尾ビレの上端には黄色い糸状のものが細長く付いていて、この鮮やかで派手な金色の糸のような部位の特徴から「糸」の名前が冠せられて、イトヨリとなったもののようだ。
正式和名イトヨリダイ(以下、通称名のイトヨリで表記)は派手な見かけだけでなく、クセのない白身は料理用途が広く、ほぼ似たような用途として使われることの多いアマダイとともに、もっぱら料亭や高級和食店で重宝がられる高級魚となっている。
典型的な料理としては椀種が挙げられ、魚売場の店頭でお客様から調理を受ける時は「お吸物用」の要望が一番多いように感じられる。
イトヨリはこのように比較的椀種としてのニーズが高いというだけでなく、もちろん他の料理にも色々と応用が効くのだが、料理するにはその身質の特徴をよく踏まえておかなければならない。
それは「身が柔らかく比較的水分が多く含まれている」ということであリ、この特徴からイトヨリは基本的にそのまま皮を引いた状態で刺身や鮨にしないのが普通である。もし、そのまま何らかの手を加えないとすると、口に入れた時の食感がビチョビチョとして歯応えがないということになり、イトヨリを刺身や鮨にするときはそのようなことを避けるために一手間加えてやる必要が出てくるのだ。
その一手間の代表としては「昆布締め」という方法がある。簡単に昆布締めの工程を以下に紹介しよう。
イトヨリ昆布締めの方法 |
||
---|---|---|
1、ウロコを取り、内臓を除去した状態のイトヨリ。 | 2、頭をつけたまま、尻ビレの上から切り開き始める。 | 3、背ビレの際から背骨まで切り進む。 |
4、尾ビレの近くに包丁の切っ先で穴を開ける。 | 5、出刃包丁の刃先を頭部の方へ向けて切り進む。 | 6、包丁の刃先をそのまま頭部に切り込ませる。 |
7、頭部を二つに切り離す。 | 8、尾ビレの付け根を切り離す。 | 9、頭部を残したまま魚体全体を半割りにした状態。 |
10、上身の頭部を切り離す。 | 11、下身の頭部を切り離す。 | 12、頭部を分離した状態。 |
13、中骨に残っている上身を切り離す。 | 14、三枚おろしにした後の中骨。 | 15、下身の腹骨を切り離す。 |
16、上身の腹骨を切り離す。 | 17、骨抜き道具を使って、血合い骨を全て引き抜く。 | 18、網などの下に空間を作れるバットに並べ、軽く振り塩する。 |
19、キッチンペーパーで上下を挟み、身から出た水分を吸収させる。 | 20、塩を降って30分ほど後の、身からある程度水分を出した状態。 | 21、表面の塩分を瞬間的に手早く洗い流す。 |
22、水洗いした身をキッチンペーパーの上に置く。 | 23、表面にもキッチンペーパーを被せて水分を吸収させる。 | 24、身の上下を昆布で挟み、3時間から半日以上放置する。 |
イトヨリを昆布締めにすると、昆布に水分を吸われて身が締まり、さらに昆布のグルタミン酸の旨味が加わって一段と美味しくなる。
この方法は柔らかく水っぽい身質がイトヨリと似ているアマダイなどにも使われる方法であり、その他にも白身の魚であるタイやヒラメとも相性が良く、昆布が白身の魚の淡白さを補ってくれることでも知られている。
タイやヒラメなどの白身魚と昆布締めは相性が良いということだけではないある側面がある。それは、天然鯛や天然平目というのは時々1尾が5kg以上もの大きさになる特大サイズが水揚げされて手に入ることもあり、このような特大サイズはよほどの大店の料理屋でなければ簡単に1日で売り切ることが出来るものではなく、これらを消化してしまうのに何日も要する場合があり、何日もの間に渡り刺身や鮨の材料として使うには、この昆布締めという方法が有効なのだ。
昔冷凍という方法がなかった時代に、量が多すぎるからと言って新鮮な魚を塩漬けや干物にしてしまうと、刺身や鮨には使えなくなっていたが、この昆布締めという方法を使うと、振り塩と昆布によって水分が吸収されて身が締まり、酸化や腐敗を遅らせ、比較的長い間を生の状態のまま刺身や鮨に使うことが出来るようにした先人の知恵の結晶なのである。
次に、このように昆布の力で味わい深くなったイトヨリを、刺身と鮨に商品化していく工程を以下に紹介しよう。
イトヨリ昆布締め、刺身と鮨の工程 |
||
---|---|---|
1、イトヨリの上身の皮に飾り包丁を二筋入れる。 | 2、尾の方から平造り技法で切り始める。 | 3、平造りの長さを出来るだけ均等になるように最後まで切り進める。 |
イトヨリ昆布締め平造り |
||
1、下身の皮を下にして、左向きの姿勢で頭の方から切り始める。 | 2、鮨ネタにするために、皮目一枚で包丁を立て、切り角を立てる。 | 3、包丁を起こして切り角を立てたら、最後に引いて切り離す。 |
イトヨリ昆布締めにぎり鮨 |
今回の昆布締めは皮をそのまま残しているけれど、一般的に皮を残して刺身や鮨にする場合、湯霜や焼霜による皮の霜降り技法を使って皮を柔らかくするのだが、イトヨリは皮がとても柔らかいことから、今回は敢えて見た目重視のために霜降り処理を行わないことにした。
もし皮の食感を柔らかくしたいのであれば、三枚おろしにした後に霜降り処理をしてから昆布締めの工程に入ることになる。
しかし何と言っても生の魚の皮なのだから、それなりの硬さは覚悟するべきであり、その噛み応えとそこから滲み出てくる旨味とをしっかり味わって欲しいのだけれども、それでもやはり食べやすくするための一工夫は必要であり、例えば今回の平造り刺身には飾り包丁を二筋入れて、小さく噛み切れるようにしている。
このように飾り包丁というのは見た目の変化に有効である一方で、本来は魚の皮を湯霜や焼霜をして食べる際に、少しでも皮の硬さを和らげ食べやすくするのが目的の第一に挙げられるのだ。
イトヨリという魚は、そのまま何も手を加えないで他の魚のように刺身や鮨にしてしまうと、お客様から美味しくないという評価を受ける恐れがあり、扱いに一手間を加えることで良い方向に大きく味が変化する魚なのである。
刺身や鮨にできるような高い鮮度のイトヨリは、そもそも市場には安い価格で出回ることのない魚であり、扱い方には神経を使って美味しく提供していきたいものである。
水産コンサルタントの樋口知康が月に一度更新してきた
このホームページへのご意見やご連絡は info@fish food times
更新日時 平成29年 5月1日