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平成27年10月号 142
マイワシづくし(刺身&にぎり鮨)
10月4日はイワシの日である。
イワシの日は10月4日のイ(1)ワ(0)シ(4)の語呂合わせであり、昭和60年(1985年)に大阪府多獲性魚有効利用検討会が提唱したということだ。
日本でマイワシは昭和63年(1988年)には約450万トンを漁獲していたが、その後漁獲量は激減して平成24年(2012年)には13.6万トンとなってしまった。
マイワシは1965年に0.9万トンしか獲れなかった年があり、平成24年の漁獲量は史上最悪ということではなく、日本沿岸でのマイワシの資源量は海洋環境の変化などによって数十年単位で大きく変動しているという説がある
漁獲量の激減の事実から、一時期は「幻の魚」とも称されたマイワシが、近年は少しずつ資源回復が目立つようになってきている。
特に北海道の東岸ではマイワシ水揚げ増加が顕著となっており、例えば釧路での水揚げは2012年に3,162トンだったのが、2013年は9,483トンとなり、昨年2014年は20,523トンと急激に数量が伸びてきており、今年も5月から7月のかけて前年を上回る水揚げ量を記録し、9月になって以降も道東の沿岸寄りに暖水渦と親潮の境目が出来て、ここにマイワシの好漁場が形成されているようなのだ。
10月のこの時期は本来ならばサンマが水揚げのピークを迎えるはずなのだが、今年の場合は根室から600qも離れた場所がサンマの主漁場となっており、水温が低いためにまだ充分に成熟していない痩せたサンマの水揚げが主体となっていて、今のところは例年よりも痩せた小型のサンマが目立っている。
また今年の場合はロシアの国境警備局の審査が厳しくてチェックに時間がかかり、本来ならば日帰りできる漁場が日帰りできなくて、水揚げの漁港を道東ではなく東北の気仙沼港などに変更せざるを得ないという問題も起こっているとのことだ。
今年のサンマ水揚げは、昨年のように水揚げ時期が後半にずれて遅い時期まで漁獲があるということになるのかもしれないが、今のところ9月迄の段階では不漁の様相を呈しているのである。
その一方でマイワシは、上記したように道東での水揚げが順調であるだけでなく、千葉県銚子や鳥取県境港でも例年になく順調な水揚げとなっているようなのだ。
マイワシは春から夏にかけて北上し、秋から冬には南下という季節的な回遊を行い、別名ヒラゴとかナナツボシとも呼ばれていて、日本では昔から重要な水産資源として扱われてきた歴史があり、食用大衆魚の代名詞にもなっているけれど、実際は食用より飼料や肥料への利用が多いとのことだ。
そもそも昔の日本では沖合いでマイワシを漁獲し、これを茹でて油を絞って干した「干粕(ほしかす)」が綿花栽培、菜種栽培の肥料として使われ、これによって農業の生産効率を飛躍的に高めることに役立ったという歴史があり、この農業肥料への利用というのがきっかけとなって日本の漁業が大きく進展していったようなのである。
以前のようにマイワシが年間で450万トンも獲れていた頃であれば、飼料や肥料にふんだんに使っても余りあるものがあったと思われるが、今や年間10万トン強しか漁獲されないようになっている時代においては、食用の方に利用を多くして、高くなってしまったマイワシの価格が少しでも下がってほしいものだ。
しかし、現在マイワシの価格が以前の何倍もの価格になっているのは、端に水揚げ量が減ったことが原因だという単純な図式ではなく、最近は流通技術の進歩によってマイワシを鮮度の高いレベルで運搬できるようになったことで、マイワシを価値の低い塩干品などの水産加工品にするよりも、価値の高い刺身や鮨ネタの材料」として活用できる鮮魚として流通することが多くなったことによって価格が高騰したことも一つの要因として数え上げられるようなのだ。
例えば上の画像は、今年の9月末に北海道の道東沖で獲れた全長20pを超える「大羽イワシ」と呼ばれるサイズであり、このように脂肪タップリの丸々と太ったマイワシだったが、さらに鮮度についても立派なもので、まだ魚体が曲がったまま死後硬直が抜けていないものが半分ほどはあったのだ。
この鮮度抜群で脂肪タップリのマイワシを、刺身、鮨、ぬか炊き料理をつくることにして、まずは刺身と鮨のための準備として皮なしフィレを以下のような方法でつくった。
この解体方法は、腹部の内臓がまな板の上にほとんど出てくることがないので、まな板はあまり汚れず非常にスピーディな方法である。
刺身・鮨のための「まな板を汚さない」マイワシの皮なしフィレの作り方 | |
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1,頭に胸ビレをつけたまま落とす | 7,指で開いた身の片側の皮を外す。 |
2,上身側に浅く切り口を入れる | 8,片側の身を皮から丁寧に外す。 |
3,切り口から深く皮近くまで切り込む | 9,反対の身も脂肪を残すように丁寧に皮を外す。 |
4,下身側に切り込みを入れる。 | 10,身と皮と尾ビレに分割。 |
5,切り口から深く包丁を入れ、身と内臓部分を切り離す。 | 11,皮を外したマイワシ1尾分の皮なしフィレ。 |
6,開いた身から尾部を切り離す。 | 12,マイワシの刺身と鮨の準備OK |
この方法は少しだけ歩留まりが悪いという問題は抱えているけれど、マイワシ最大の欠点である「小さな腹骨が多くて食べにくい」ということに関しては、ほぼ完全に克服している「美味しさ優先」の方法である。
最初に皮なしフィレ3枚(1尾半分)を使って「マイワシ刺身鹿の子造り」をつくってみた。
これは皮なしフィレに鹿の子模様の飾り包丁を浅く入れ、横半分に切ってから軽く曲げて盛り付け、上から刻みネギをトッピングし、おろし生姜を添えている。
次に大根ケンを二山にして左に薄造り、右に糸造りを盛り付けたが、使った材料は皮なしフィレ2枚の1尾分だけなので、原価は上画像の鹿の子造りよりも低く抑えられている。
次はにぎり鮨である。
飾り包丁は鹿の子模様だけではなく、縦に3本の長い切り込みを入れたものもつくり、それぞれ横半分にして1カン分にし、交互に3カンずつ6カン並べ、鮨ネタの上にはおろし生姜と刻みネギをトッピングして、マイワシの生臭みを少しでも抑えるようにしている。
皮なしフィレは3枚使ったので、原材料の使用量は上画像の鹿の子造りと同じであるが、もし同じ売価であればお客様はそのボリューム感からするとたぶんこちらのにぎり鮨の方を選ぶ人が多いのではないかと思われる。
そして上記してきた刺身と鮨をひとつに盛り付けたのが巻頭画像にもある「マイワシづくし」である。
マイワシの刺身だけでもなく、にぎり鮨だけでもない、その両方が一つになった商品というのは店頭でもあまり見かけないのではないかと思う。
今回使用したマイワシは鮮度が良くて皮下脂肪タップリの優等生だったことから、これを試食した人達からの意見は非常に好評なものがあり、今の時期のサンマよりも身厚な食べ応え感触は、痩せたサンマよりも間違いなく上をいく味だと思われた。
さて次は、全国的にはあまり知られていないマイワシの美味しい料理方法を紹介しよう。
全国のマイワシの料理には、塩焼き、フライ、天ぷら、煮物、なめろう(みそたたき)、鍋もの、オイルサーディンなど色々なものがあるが、例えば千葉県外房の「イワシのなめろう」や「イワシのさんが焼き」、金沢周辺の郷土料理「イワシの塩いり」などの有名な料理の他に、福岡県北九州市周辺には「マイワシのぬかみそ炊き」というのがある。
一説によると、元和3年(1617年)に小笠原忠真は播磨国明石(現在の兵庫県明石市)10万石に転封となり、更に寛永9年(1632年)には豊前国小倉(現在の福岡県北九州市)15万石に転封となったが、その小笠原公に従ってきた家来の一人が北陸関西に端を発すると思われるこの料理を小倉藩に紹介したのが始まりとされている。
その説のいっぽうで、傷みやすい青魚の臭みを取り保存食としたのは、小倉城御殿女中のアイデア料理だという説もあり、この小倉伝承のマイワシぬかみそ炊きの別名は「じんだ(糂汰)煮」とも呼ばれており、糂汰(じんだ)とは糠(ぬか)のことである。
一昔前までほとんどの家にはぬか床があり、家ごとにオリジナルの味があって、中には100年以上続く先祖代々のぬか床を愛用している家庭もあったようだが、発酵菌が生きているために一日に一度は手で全体をかき混ぜ、空気にしっかり触れさせる必要があり、とても手間のかかるものなので最近はぬか床をつくる家庭も少なっているようだ。
そのような時代背景の中で、今も北九州市では小倉城から徒歩圏内にある旦過(たんが)市場などの中に数多くのぬか味噌専門店や鮮魚店があり、その一角では各店で独特の味付けをしたイワシぬか味噌炊きが売られている。
以下に紹介するのは、そんな商売になるような本格的なものではなく、糠味噌も市販のぬか床を使って作る簡易版のマイワシぬかみそ炊きである。
マイワシぬかみそ炊きの作り方(簡易版) | |
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1,胸ビレをつけたまま頭を落とす。 | 5,ひと煮立ちしたら、マイワシを並べて入れる。 |
2,腹は切り開かず筒抜きにして内臓を出す。 | 6,落としぶたをして弱火で10分程煮る。 |
3,水 1カップ/酒1カップ/醤油1/2カップ/ミリン大さじ2/砂糖大さじ6/糠味噌200g/生姜少々 (マイワシ7尾分の分量) |
7,マイワシが煮えたら、ぬかみそをのせる。 |
4,鍋に生姜の薄切りを入れ、ひと煮立ちさせる。 | 8,弱火で10分程、ぬかみそのとろみがでるまで煮込んだら出来上がり。 |
以上が家庭で作るイワシぬかみそ炊きの簡易版であるが、もっと本格的に時間をかけて美味しく作ろうとすれば、(1)煮てから沸騰したら火を止め、(2)8時間位そのまま保温しておき、(3)その後マイワシだけ耐熱容器に入れ、(4)残った煮汁を小鍋で三分の一になるまで煮詰め、(5)糠味噌を入れて適当な硬さにする。(6)この「煮汁」を耐熱容器の鰯の上に流し込み、(7)更に鍋で炊き込んで出来上がり。ということになる。
マイワシの美味しい料理は全国に色々な形で存在していて、マイワシのぬかみそ炊きはその中の一つに過ぎないが、この料理は必ずしも全国津々浦々まで良く知れ渡った料理とは言えないようなので、今回この場で紹介することになった。
ぬかみそ炊きというのは、本格的な方法で時間をかけてコトコトと煮込んだら、イワシの骨まで柔らかくなって食べることが出来るムダの少ない料理であり、1週間以上そのまま常温で保存できる保存料理でもあるし、しかもご存じの通りマイワシはDHAやEPAなどを豊富に含んでいて、栄養面でも素晴らしい優等生であることから、色んな面で素晴らしい料理なのである。
今月号は10月4日の「イワシの日」ということに乗じてマイワシを取り上げてみたが、改めて「脂が乗った大羽イワシの美味しさ」を再認識することになった。こんなに美味しい魚を肥料や飼料にしてしまうなんて本当にもったいない話である。
これから先マイワシの漁獲が増え続けるかどうか予断を許すところではないが、例えばサンマについてはこれまで何年間かの動静から見ると先行きには不安の方が大きいけれども、マイワシとサバについてはサンマとは逆にこの先の漁獲は少し明るい状況もほの見えているのではないかと感じるものもある。
東北大学名誉教授の川崎健氏が「レジーム・シフト(基本構造の転換)」という考え方を1985年に発表したが、これは「気候や海洋環境が数十年単位で変化する為、魚の数も周期的に変動する」という仮説だ。その後様々な研究によって、アリューシャン列島付近で冬に発生する低気圧の活動の弱まりというのが、イワシの増減の環境要因の正体である事が判ってきたのだが、それは低気圧の活動が弱まると海水の温度が上がり、餌のプランクトンが減少してイワシの稚魚の育成が悪くなり、温暖な海域に生息するカツオやマグロが北上し、稚魚が彼らの餌になってしまうからだということだ。
煽ることの好きなマスコミが、この地球上から消えてしまうのではないかとも表現した「幻の魚イワシ」は数十年単位どころではなくて約100年周期で大きな増減を繰り返すという説もあり、海の牧草とも呼ばれていた多獲性魚種マイワシが今後どうなっていくのか興味あるところである。
少なくとも現時点で言えることは「こんなに美味しいマイワシという魚を卑しい下級魚として蔑むべきではない」ということである。
今年のサンマの不漁というタイミングを捉えると、マイワシを見直すには良い機会かもしれない。
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更新日時 平成27年 10月1日