ようこそ FISH FOOD TIMES へ
鮮魚コンサルタントが毎月更新する魚の知識と技術のホームページ
平成30年 3月号 171
ヒメシャコガイ姿造り刺身
3月は貝が美味しくなる季節
春は貝類が夏の産卵に向けて栄養を溜め込む時期であり、年間の中で貝類は一番美味しい季節となる。
なかでも3月3日のひな祭りは、ハマグリが年間で断トツ一番の売り上げを誇る日であり、アサリ貝も3月の声を聞くと殻の中で栄養を蓄え、丸々と重量を増やして美味しくなるので、これまた年間の中で最大の販売ピークを迎える。日本列島は南北に長いので貝類の旬は時期的に相当ズレがあるものの、基本的にほとんどの貝が春から夏にかけて美味しくなると考えて間違いないだろう。
そして巻頭画像の二枚貝綱マルスダレガイ目シャコガイ科に属する総称シャコガイも、6月から8月に産卵期を迎えるので、シャコガイが獲れる沖縄地方ではこの期間を禁漁期間として捕獲を禁止していることから分かるように、3月から5月までの時期が産卵のために栄養を溜め込んで美味しい季節となる。
シャコガイは昔から身が食用になるだけでなく、厚くて大きな貝殻は仏教において七宝の一つとしてサンゴと並ぶ貴重な宝とされ、さまざまな加工品に利用されてきた。このため各地で乱獲されてオオシャコガイ、ヒメシャコガイを含むシャコガイの仲間(シャコガイ亜科 Tridacnidae )は、現在11種の全てがワシントン条約附属書Uに掲載されて国際取引が規制されている。
例えばオオシャコガイは体長約2メートル、体重200kgにまで成長した記録もあるようで、地球上で最大の貝である。シャコガイは南太平洋やインド洋の暖かい水深の浅い海に生息し、生まれてからプランクトンの間は適切な棲み場所を探して泳ぐようになり、 1〜2週間ほどして稚貝になってサンゴ礁に定着したら、それから死ぬまでそこを一度も動くことはないのだ。
オオシャコガイは水管を使って吸い込んだ海水を濾過しプランクトンを食べるだけでなく、自分の組織内に付着し共生している何十億もの藻(褐虫藻)が作り出す糖分やタンパク質を消費して生きている。その代わりに昼間は、波状の溝の付いた殻を海面下で広げてさまざまな色の外套膜(がいとうまく)を露出して日光浴することで藻が光合成を行う機会を与えている。 このような藻との共生関係を自らの力で持っているので「自分の畑を持つ生物」と呼ばれている。
外套膜はいわば藻の栽培室になっていて水管の表面にたくさんの眼が有り、光量や光の波長を調節し藻に光を届ける役目をしている。この藻が作り出す栄養への依存度は半分程度であり、太陽光が豊富にあればプランクトン無しでも結構生きているので「光を食べる貝」とも言われている。
上の水中画像にあるように、シャコガイの外套膜の色にはかなりのバリエーションがあるのだが、その色と種の間には関係がないようである。この色はシャコガイ自身の体の色が光に反射しているのであり、さらには共生している渦鞭毛藻(うずべんもうそう)による色でもある。渦鞭毛藻は光合成色素としてクロロフィル、β-カロテン、キサントフィルなどを持ち、それらが混ざって黄褐色や茶褐色の色となるようだ。
そしてこれらの色の組み合わせだけではなく、構造色という色も影響している。 構造色とは光が特定の微細な構造によって干渉し、その光が眼に入ってくることで見える色のことで、角度によって色合いが変化することである。その身近な例としてはCDの記憶面の虹色があるし、生物の例ではタマムシのメタリックな色も構造色によって色付いている。
シャコガイの構造色は、外套膜に存在するタンパク質の微細構造によって形成され、このタンパク質自体にはあまり色は無いが可視光があたると鮮やかな色が見えるらしい。 このため、水中から水揚げされて陸上で見るシャコガイの外套膜は水中の鮮やかな色ではなく、筋肉の表面はアワビなどでお馴染みの黒っぽい色でしかない。
またシャコガイの外套膜は貝の種類によってその形や大きさなどが異なるが、共通する役割として挙げられるのは殻の形成である。外套膜の一番外側の部分には殻を作るための分泌組織があり、時間をかけて殻がどんどん大きくなり、2mもの巨大な殻を持つ貝に成長するというわけだ。
オオシャコガイは「人食い貝」なんて言われることもあるが、これまで説明してきた理由から2枚の殻を使って何か物を食べることはないのである。 さらに大型のシャコガイは2枚の殻の成長量に若干の差が生じて噛み合わせがぴったりではないこともあり、外套膜も巨大で肉厚なので殻を閉めようとしても自分の身が邪魔をして完全に閉じることはできないらしい。
下の絵はよく知られているボッティチェリ作の「ヴィーナスの誕生」は巨大な貝殻の上に立つヴィーナス像である。ボッティチェリが描いている貝はたぶん帆立貝のようなのだが、こんなに大きくなる帆立貝はないわけで、これをオオシャコガイだとすると「この大きさも有り得るだろう」と筆者は考えたくなる。
事実としての写真ではなく、イメージとして描いた絵なのだから、これをどんな風に解釈しようが人の勝手なので、筆者はこの絵の大きな貝殻を見るとオオシャコガイをイメージしてしまう。きっとボッティチェリもオオシャコガイをイメージしながら、帆立貝をモデルにして描いたのだと筆者は思いたい。
シャコガイの解体
さて、これまで筆者はそれほど多くシャコガイを扱ったことがあるわけでもないが、それでも幾度かの調理経験はあるし、ヒメシャコガイは何度も食べたこともあるので、その時の経験を踏まえて以下にシャコガイのことを具体的に記してみよう。
調理経験した一つが以下の画像である。
まな板の横幅が1,500_のはずだから、これらは何kgもある大きさであることが想像できるのではないかと思う。
外套膜が殻の内側に張り付いているのが確認できる。水中では殻の外に大きく飛び出しているようだが、丘の上にあがると外套膜を殻の中に引っ込めてしまう。
左は放射肋(ほうしゃろく)の様子であり、右の白い部位は殻をサンゴなどに定着させる足糸の束だ。
このシャコガイはどの種なのかを調べてみたところ、「シラナミガイ」または「ヒレジャコガイ」ではないかと推測したが、たぶんヒレの大きさと数からするとヒレジャコガイだろう。
下の画像は貝起こしの道具を使って取り出した大きな殻、貝柱(閉殻筋)、外套膜の部位。
これほど大きいと殻を使った貝の姿造り刺身をするには持て余すどころのことではないので、貝柱と外套膜だけで刺身にしたのだが、その大きさの割に出来上がりは貧弱なものでしかなかったので、画像を公開するのはやめておこう。
南西諸島及び沖縄の地域でシャコガイの殻は、主に土産物店などで上画像のように何千円から何万円という価格で販売されているが、1万円を超える大きいのは非常に重たいので運搬には苦労する。
シャコガイ姿造り刺身
シャコガイを刺身をするにはやはり殻を活用した姿造りが見栄え良いのだが、そのためには適度な大きさの殻が必要となる。姿造りとしては殻長が10pから20p以内の大きさにとどまるのが好ましく、その姿造りに適しているのは下の画像の比較的小さい品種のヒメシャコガイである。
以下の画像は沖縄のある居酒屋で出されたヒメシャコガイの殻を利用した姿造り刺身である。
10p以下のヒメシャコガイだったけれど、この大きさでも磯の風味がしっかり味わえた。
沖縄ではヒメシャコガイの養殖がおこなわれていて、10mmほどに育った種苗を3年から5年かけて8p以上の収穫サイズまで育てて出荷しているようだ。この居酒屋で出されたヒメシャコガイもたぶん養殖されたものに違いないと思われた。
居酒屋でヒメシャコガイを刺身で出すにはこのような皿盛りでも良いのだが、小売りでトレーにパックして売場に出すとなると、これとは違う一工夫をしなければならない。
2年前に筆者は15pほどのヒメシャコガイを調理する機会があったので、殻を利用して姿造りをすることにしたのだが、巻頭画像とは別に以下のような盛り方もしてみた。基本的には両方とも二枚貝の靭帯を切らずに広げ、殻の内側を見せて盛り台にする方法である。
食べる部位は主に貝柱と外套膜である。白い色の貝柱を黒い色の外套膜の内側に並べて貝柱が目立つようにした。レモンの上に乗っている刻んだ部位は刺身の大きさとして形にならない足の部分だ。
ところで、ついでに同じ沖縄や南西諸島のサンゴ礁に生息する巨大な貝のことも少し触れてみたい。
下の画像は重さが2kgにもなる夜光貝であり、筆者が2007年11月に作成した姿造り刺身である。
夜光貝はサザエと同じ巻貝の一種なので、食べる部分はサザエが大きくなっただけで、ほぼ似たようなものだと思えば間違いない。
夜光貝のことは、FISH FOOD TIIMES 平成23年3月号No.87 で取り上げているので、これも覗いてみてほしいのだが、夜光貝のことに触れることにしたのは、夜光貝はオスとメスがいるのでメスが緑色の卵子を放出すると他のオスは白い精子を放出して繁殖活動を行うが、実はシャコガイが「雌雄同体」であることを伝えたいからである。
面白いことにシャコガイは雌雄同体で、精子と卵子の両方を抱えていて、他のシャコガイと時期を同調する形で精子と卵子を同じ個体から放出するが、自分の精子と卵子が受精しないように、最初に放精してその後に放卵をするようにしているとのことだ。
活貝の復権
さて、シャコガイについてここまで記してきたが、シャコガイは非常にユニークで面白い生態を持つ貝であることを少しは理解してもらえたのではないかと思う。
シャコガイだけでなく、春になると貝類は全般的に美味しくなるので、この時期にこそ貝類をしっかり売り込んでほしいと思うのだが、刺身や鮨で食べる活貝となるとなかなかハードルが高くて、簡単に取り扱えるものではないのが普通である。
活貝類を鮨屋や和食店、居酒屋などでは扱えるとしても、スーパーの魚売場で常時品揃えして扱えるのは今時ほんのごく一部の高品質店などに限られてきており、活貝を品揃えできること自体がスーパーの魚売場のステータスにもつながるという時代である。
つまり今やアワビやサザエでさえも活貝で扱った経験がなく、刺身や鮨へ商品化する方法を知らない水産担当者もそれほど珍しくない時代であり、シャコガイや夜光貝などはまったく聞いたことも見たこともないと言われても不思議ではないのである。
そんな時代だからこそ、活貝の品揃えに積極的に取り組み、他社他店にはない差別化の武器にすることで集客につなげてほしいものである。
概して貝類は大きさに比較して可食部の中身が小さく、コストパフォーマンスに劣ると見られることが多いけれど、生きていることが前提となる活貝の刺身や鮨の存在感は他の魚類などにはない特別なものがある。
活貝が常時品揃えされている店というのは、それだけで「上質な店」であることの証左にもなるのである。是非あなたの店も「活貝がある店」を目指してほしいものである。
水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新してきたこのホームページへの
ご意見やご連絡は info@fish food times
更新日時 平成30年 3月 1日