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平成29年 2月号 158
マトウダイ薄造り刺身&にぎり鮨
名前の由来
この魚のことを福岡や長崎では「バトウ」と呼ぶ。正式名称のマトウダイというのであれば、魚体側面にある一つの大きな丸い「弓の的」のような印からマトダイであり、これが地域によってはマトウと訛って呼ばれているのではないかと容易に想像できるが、なぜバトウと呼ばれるのか筆者はこれまで長い間理解できないできた。
しかし、ある時バトウとは漢字で「馬頭」のことを指していることが理解できたのだ。
上の画像は水揚げされて間もない死後硬直前のマトウダイであり、魚体表面にまだ縦に波紋のような模様が付いていて、これから時間の経過とともに表面は下画像のように、薄い色から黒みを帯びた灰色になっていく。
下の画像はマトウダイの頭部を強調するために、頭部以外の部分はノイズを加えているが、その口を開いた頭部をよく観察して見てみると、確かにこれは「馬の頭」に似ている。
つまりマトウダイとは「馬頭鯛」のことで、これを福岡ではバトウ(馬頭)と呼んでいるのであり、別の地域で魚体表面の的(マト)に注目している「的鯛」ではない呼び方であることが理解できる。
馬のように目から鼻先までの間が長いのがマトウダイの頭部の特徴となっている。これは口を大きく開くために下顎が長くなっていることと関係していて、海底近くに生息する底生魚なので頭上に遊泳してきた獲物に向けて、口が斜め上に素早く大きく開く構造となっているのだ。
フランスの高級魚
マトウダイはヨーロッパや地中海などにも多く棲息しているようで、フランス語でSaint-Pierre、スペイン語で pez de San Pedro など、他の複数の言語ではキリスト教における十二使徒の一人である聖ペトロにちなんだ名前で呼ばれているとのことだ。聖ペトロはマトウダイの大きく開く口から、貢物のお金を取り出したとの伝承があり、魚体側面の黒色斑はこのときにつけられた聖ペトロの指紋に見立てられているとのことだ。
下の画像は2010年10月31日(日曜日)に、パリ近郊のベルサイユ近くにあるCHAVILLEという小さな街で、偶然に発見した市場で筆者が撮った写真であるが、その中にもSaint-Pierreが写っている。
マトウダイはフランスでは非常に馴染みの深い魚のようであり、画像のプライスカードに記されている価格は1kg18ユーロ(日本円に換算して2,200円/kg)となっていて、この売価なのだからフランスでは高級魚の一つだと推測できる。
Saint Pierre
サン・ピエールはフランス料理では主にムニエル料理にするらしく、フランスでは赤舌平目と並んでフランス料理の2大ムニエル材料の一つに挙げられている。
パリのレストラン L'Ambroisie
上の料理は、パリの高級レストラン L'Ambroisieのメニューの一つ「マトウダイのポワレ(フライパンに油脂をひき、具材の表面をカリッとした感触になるよう焼き上げた料理)」である。
このレストランメニューのなかで最も軽い魚料理ということであり、フライパンで軽く焼かれたフィレに、蒸した野菜やレモングラスが添えられている。
鍋でも美味しい
日本での産卵の時期は春から夏にかけて頃なので旬は冬から春ということになり、今の2月は年間で一番美味しい時期にあたる。
群れをつくらず単独で動き回るマトウダイはまとまって漁獲されることはなく、散発的に少しだけ水揚げされることが多いので、魚売場の商品として量販できる魚ではなく、たまに少しの数だけがプラスアルファの売り上げにしかならない魚だと捉えておくべきであろう。
2月の時期としては鍋物材料としても好適であり、以下のようにして鍋物商品にする。
マトウダイの鍋用切身の方法 |
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1、馬の首根部分に包丁の刃元で切り込みを入れる。 |
2、頭部を左手、胴体を右手で持ち、左右に広げると、内臓のほとんどが頭部側に残ったまま分離される。 |
3、マトウダイには背ビレと尻ビレの際に鋭くて固いトゲがあるので、このトゲをヒレとを一緒に、包丁の刃元で赤い線に沿って叩き切り離す。 |
4、頭部と胴体に残った内臓を包丁やブラシなどを使って全て除去する。 |
5、頭部が切り離され、硬くて鋭いトゲもヒレと一緒に除去された胴体部分。 |
6、二枚おろしをせずに、頭部も腹部もできるだけ均等な大きさに切り分ける。 |
マトウダイの鍋用切身 |
刺身と鮨は絶品
次は刺身と鮨の商品化の工程に移ろう。
マトウダイの刺身と鮨の準備工程 |
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1、刺身と鮨用に頭部を分離した状態。 |
2、三枚おろしにする。 |
3、皮を除去する。 |
4、マトウダイで特徴的なことは、比較的広めの上身が2分割されて、片身が3分割される。 |
5、片身が3分割され、1尾分で6分割された状態。 |
巻頭画像の商品が完成。 |
鮮度が良ければ味も良し
以下の画像のマトウダイは水揚げされてからの時間があまり経過していない鮮度抜群のものである。
これを三枚におろして、皮を除去すると6分割された形になるが、鮮度が良いと肌色に近い色が強い。
このマトウダイを刺身にすると、以下の画像のようになる。
このように、巻頭画像よりも肌色の色合いが増しているのが理解できると思う。つまり、マトウダイは時間の経過と同時に身の色が次第に白っぽくなっていくのだ。
この魚は基本的な味として淡白なのだが、旨味が瞬間的にではなく少しずつじっくりと出てくる美味しさを持っており、天然魚の本物の味が判る玄人好みの魚だと言えるだろう。
ムニエルなどの洋風料理として最適であることは世界が証明しているが、今の季節は鍋でも美味しく、鮮度の良い刺身に至っては、ヒラメにも決して劣らぬレベルの魚なのだ。
見た目はあまり格好良い魚とは言えないし、可食部分の割合も少なくてコストパフォーマンスが高いとは言えず、食べようと思ってもいつでも簡単に手に入る魚でもない。
この季節にもし鮮度の良いマトウダイがあったら、迷わず仕入れて商品化すべきであろう。そして必ずしも知名度が高いとは言えないこの魚の美味しさや料理の仕方を、しっかりお客様に伝え喜んでいただきたいものである。
<アップロード後に、急きょ追加した文章>
上記したマトウダイの波紋のような模様に関して、2月1日の11時過ぎにある読者の方から、マトウダイに関する面白い情報が記されたメールが入ったので、プライベート上の観点から個人が特定できない形に文章の一部を省略し、以下にその内容を紹介しよう。
<前略> 毎月楽しみに記事を拝見しております。 今月のマトウダイ、私も好きな魚です。 |
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このメールをいただいた方とは直接の面識はないのだが、一昨年11月に「水産入門書」購入の件でやりとりをして以来1年3ヶ月ぶりのメールである。その文面からは非常に紳士的な奥ゆかしい人柄を感じさせられ、筆者の無知を傷つけないよう非常に遠回しにご指摘をいただき、本当にありがたく感謝を申し上げたい。
つまり上の指摘内容から判断すると、この鮮度抜群のマトウダイは魚体に何らかが接触していたということであり、接触していた部分が白く変色したということなのだ。
ヒラメがカメレオンのように魚体表面を周囲に同化させることは知っていたけれども、ヒラメと同じ底生魚であるマトウダイが同じように魚体の模様を変えることが出来るというのは、なるほど考えてみれば同じ方法が餌の捕獲には有効なはずだ。
筆者自身魚のことに関してまだまだ知らないことが山ほどあり、今回のこのような指摘は実にありがたいものである。
他の読者の皆さんも、ご意見があれば以下の連絡先までメールをいただければと思う。
水産コンサルタントが月に一度更新してきたこのホームページへの
ご意見やご連絡は info@fish food times
更新日時 平成29年 2月1日