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平成28年 8月号 152
コシナガマグロ平造り刺身
コシナガマグロという魚をご存知だろうか。
一般的にあまり知られていない、というよりも魚を販売している水産業界関係者でさえも、下の画像のこの魚をよく知っているという人は稀ではないかと思われる。
読者の中には「こんなのよく知っている、ヨコワ(メジ)だよっ!」と言ってしまった人、それでは下の画像を見て欲しい。
この中には2種類のマグロが並んでいるが、どれが何なのか区別できるだろうか。どれがどの魚種かを明確に説明できる人は「さすが、プロ!」と褒めてあげたい。
よくわからない人は、以下の画像になるとその違いは区別できるのではないだろうか。
回りくどい、焦らせた言い方で申し訳ない。上画像の短い方の魚がヨコワ(メジ)で、少し細長く見えるのが「コシナガマグロ」だ。
コシナガマグロは胸ビレがヨコワよりも比較的長めであり、尻ビレから尾ビレの方への形態がほっそりしてやや長くなっているのが形態的特徴である。
コシナガマグロは、スズキ目、サバ亜目、サバ科、サバ亜科、マグロ族、マグロ属、キハダ亜属、コシナガマグロ、学名 Thunnus(Neothunnus)tonggolに分類され、似たような姿のクロマグロはマグロ属の中のクロマグロ亜属に分類される。
コシナガマグロは年間を通して水揚げがほとんどなく、魚市場ではバケと呼ばれるほど入荷量が少なくほとんど見ることのないマグロなので、市場関係者でさえコシナガのことを明確に理解している人は少ないと思われ、市場での取引価格も非常に安いのが実態である。
たぶん未熟なバイヤーがいるスーパーでは、市場関係者から「安いお買い得のメジ(マグロの若魚)があるよ・・・」と売り込まれ、店の魚売場ではヨコワかメジの名称で売られている可能性もある。
大きさは1メートルくらいまでにしかならないコシナガマグロの名称は、尻ビレから尾ビレの方への形態がほっそりしてやや長くなっているためだと考えられ、昔から九州ではトンガリとも呼ばれており、学名の Thunnus (Neothunnus) tonggol は、このトンガリから引用されているものと思われる。
コシナガマグロの旬は、ある資料によると秋から冬とされているようだが、今回筆者が解体してみたところ産卵を間近に控えた大きな卵が腹の中に入っていたので、産卵は春よりも遅い時期の夏頃ではないかと考えられ、旬はその資料とは全く逆で春から夏の時期なのではないかと筆者は勝手に推測している。
コシナガマグロの棲息域は、富山県から九州西岸にかけての日本海、そして日本の中部以南の太平洋沿岸からインド洋にかけてであり、やや暖かい海に棲んでいるようである。
本来は水揚げが少ないはずのコシナガマグロが、今年の6月から7月にかけて長崎で異例の好漁となっていて、下の記事は6月に長崎でコシナガマグロが多く水揚げされたことが記されており、7月も引き続き同じような傾向だったようである。
実際に筆者が画像のコシナガマグロを手に入れたのが6月中旬であり、約2kg強の大きさのものが1尾680円で売られていた。上画像で比較しているヨコワは同じような大きさでも1尾1,980円だったので、コシナガマグロは約三分の一の価格だったのだ。
購入したコシナガマグロを解体し、以下のように商品化を試みた。
コシナガマグロの解体と商品化 | |
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1、腹を開けると大きな卵が出てきて、もうすぐ産卵を迎える時期であることを示していた。 | 9、中骨を上にして、包丁を尻ビレ側の骨の下に入れて切り開く。 |
2、タスキがけに包丁を入れ、胴体部分を少しでも多く残すようにする。 | 10、中骨を上にしたまま、背ビレを外した骨の際から包丁をいれて切り開く。 |
3、タスキがけで頭を落とすと、胴体の切り口先端が突き出すような状態になる。 | 11、三枚におろし腹骨を除去した状態。 |
4、背ビレの下の両側に、逆手包丁で浅く切り込みを入れる。 | 12、下身の血合い骨の左横に柳刃を入れ、皮の際まで切り進む。 |
5、背ビレ全体を押し切りの要領で外す。 | 13、柳刃をL字型に角度をつけて左へ進み、皮の上を滑らせるように皮を外す。 |
6、胴体から背ビレを外した状態。 | 14、下身の腹身の皮を除去した状態。 |
7、外した背ビレの際を目処にして、中骨の上に包丁をいれ、二枚におろしにする。 | 15、腹身と同じ要領で背身も外す。 |
8、二枚おろしにして下身を外した状態。 | 16、下身の背身と腹身の皮と血合い部分を除去した状態。 |
背身を1本分使った平造り刺身 | |
腹身1本分を使ったにぎり鮨 |
2kgほどのコシナガマグロを1尾仕入れたら、上画像のように刺身や鮨を含めた色んな商品が可能であり、売価で最低2,000円分以上は軽く商品化できる。
今年の6月から7月にかけては1尾2kgが500円以下の安いコシナガマグロをたくさん仕入れ、それを売って良い思いをした店は少なからずあるはずであり、今時こんなにコストパフォーマンスの優れた商品はあまりないのではないかと思われる。
しかしコシナガマグロをヨコワ(メジ)ではないと知りながら、もしこういう名称で販売して不当な利益をあげている店があるとすれば、これは詐欺的行為であり非難されなければならないことになる。
幣紙は 58 イソマグロ平造り(平成20年10月号)で、イソマグロ(サバ科 、サバ亜科、ハガツオ族 、イソマグロ属) のことに触れ、以下のように記していた。
イソマグロをマグロだからといって「近海生マグロ」などと、紛らわしい表現で売るようなことはしてはならない。 日本のある地域ではハガツオ(筋カツオ)のタタキを、平気でカツオタタキと表現し、いかにも本ガツオのタタキのような扱いで、商品化をしている店があることを知っているが、これもハガツオ属というカツオ属とは別種の魚であり、やってはいけないことなのだ。 イソマグロを売る時はその名前を明確に表示し、仕入価格に連動した、それなりに割安感のある売価で提供すべきだ。 「生マグロがどうしてこんなに安いの?」とお客様から尋ねられた時、イソマグロとはどんな魚なのかをきっちりと説明し、その違いを納得して購入してもらいたいものである。 売上げや利益がどんなに苦しくても、全うな姿勢を貫いていくところこそが、最後の最後には生き残るのだ。 |
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この内容はコシナガマグロにもそのまま当てはまる。水産関係者がイソマグロをクロマグロと間違うことはまずないと思うけれども、コシナガマグロの場合は「バケ」と呼ばれるほどクロマグロの幼魚であるヨコワと見た目があまりにそっくりなので、無知な人を騙すのはそれほど難しいことではない。
ちなみに、クロマグロは科学的に言えば1種類ではなく「太平洋クロマグロと大西洋クロマグロの2種類」に分かれているのだが、エラ蓋の下にある外見では見ることのできない「弓なりになったエラの内側に突起している鰓耙(サイハ)と呼ばれる部位の数が違っている」ことからこれらは区別されている。
しかしこれは外見上での区別ではプロでもほぼ不可能であり、同じクロマグロとして扱っても問題はないというのが業界常識である。
「マグロの中のマグロ」と言われるクロマグロは、高い価格で取引されるゆえに世界中でホンマグロ資源に関わる話題は尽きず、例えば下右の新聞記事にはアメリカの民間助成財団ピュー・チャリタブル・トラストが「太平洋クロマグロの商業漁業を2年間停止すべき」だと呼びかけ、現状のままではクロマグロの絶滅が不可避であると警鐘を鳴らしたと記されている。
同財団は声明で、北太平洋マグロ類国際科学委員会が今年の資源評価でクロマグロの親魚資源量が初期資源量の2.6%に減少し、今後20年で資源回復を果たせる可能性は1%以下にとどまり、もし2018年までに2年間のクロマグロ商業漁獲禁止がされない場合、CITES(絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)が唯一の選択肢になると警告している。
ところで少し話はそれて、クロマグロではなくクジラのことになるのだが、1982年にIWC(国際捕鯨委員会)は商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)を決議し、1990年までに資源量への影響の包括的評価を行って、新たな捕獲枠設定を検討すると規定されたが、IWCは90年以降毎年検討を行っているものの未だに商業捕鯨再開について合意を得ることができていない事実がある。
幣紙では、No.148 ミンククジラの畝須スライス(平成28年 4月号)、及び No.148-2 ミンククジラ赤身の刺身&にぎり鮨(平成28年 4月号)の中でも記しているように、商業捕鯨の一時停止(実態として一時停止とは言えない)が30年以上も続いた結果、クジラ類はどの種もその後どんどん増加している事実があるにもかかわらず、もし「太平洋クロマグロの商業漁業を2年間停止」の提案が本当に実施されるようなことになれば、クロマグロも同じように2年間どころではなく、クジラのようになし崩し的に停止措置がそのまま継続されてしまう恐れがある。
その一方、今年の日本ではクロマグロ養殖用の天然種苗となるヨコワの活け込みが、業界関係者が「今年は天然種苗の当たり年」と言うほど順調で、今年度は2011年実績の53万9,000尾(農林水産大臣指示による漁獲上限)に迫る勢いであり、日本近海においてクロマグロ資源の枯渇という深刻な状況は見られていないのだ。
この二つの記事には、日本とアメリカでまったく反対の事象や意見が表現されているけれども、この太平洋を跨いだクロマグロに関しては、元をただすと同じものを対象にしていると考えられ、下の図は「マグロと資源の生物学」(水産総合研究センター編著)の中に記されているものなのだが、1995年から海洋水産研究所が約50pのゼロ歳魚のクロマグロの腹腔内にポップアップアーカイバルタグをつけ、約13,000尾を長崎県の対馬近海から放流して実験したところ、中には1年半ほどかけて北米西海岸に回遊した個体があり、その体長は88pに成長しており、移動距離はなんと7,600kmにも達したとのことだ。
北米近海の沖で捕獲されない幸運の個体は再び対馬沖に戻り、そこでも無事に生き延びることが出来れば、さらに再び回遊に出る個体もあるようで、広大な太平洋を挟んで日本と北米が8,000qほど離れていても、太平洋クロマグロにとっては言わば同じ池に棲む鯉のような感覚だと見るべきなのであろう。
これほどの大回遊をするクロマグロもいれば、中には北太平洋の中ほどで留まるものもいるし、あまり遠くまで行かず下図のように日本近海を大きく回遊するものもいてその実態は様々であり、クロマグロの生態というのをアメリカの民間助成財団ピュー・チャリタブル・トラストのように、あまりにも単純に独断的な数値で決めつけてしまうのは少し危険な推論ではないかと思われる。
現時点でクロマグロを取り巻く環境は側面として以上のようなこともあるのだが、いっぽうでは卵からの完全養殖による人工種苗クロマグロの活け込みは昨年度54万8,000尾に増えており、これは2014年のほぼ2倍近くに増えている計算であり、今年はさらに人工種苗の増産はまだ続いていく見通しなのである。
こうしてクロマグロのように高価な魚は世界中で種の存続の努力や人工種苗による増産などがおこなわれているけれども、例えば今回テーマとして取り上げたコシナガマグロのような「超マイナーなマグロ」は世間にほとんど知られていないし、水産業界関係者の中にも不勉強な人はその存在を知らないこともあるのだ。
つまりコシナガマグロはあまり知られていないマイナーな存在であるだけに価格は飛びっきり安いことが普通であり、鮮度さえ良ければ刺身や鮨に使うことで多大な利益に貢献することができる魚なのである。
コシナガマグロの味の方はと言えば、もちろんクロマグロのような脂の乗りは期待する方が無理と言うものであり、赤い色が弱く、身質はコシがなく柔らかいので、ビンナガマグロに似ているとも言える。
お客様はコシナガマグロという商品名では簡単に手を出してくれないかもしれないので、刺身や鮨の盛合せ材料として使用すれば、商品原価を大きく引き下げることができるはずであり、お客様はその味に決して不満を感じることはないだろうと思われる。
原価が安くなる分を売価の引き下げに活用したら、きっとお客様も喜んでくれるはずであり、売り手側は値入れ率も高まることになるので一挙両得である。
海の中というのは、地上の人間が簡単に窺い知ることのできない未知の世界であり、環境変化による魚種の盛衰がいつの間にか生じていることもあるようである。
魚の商売で大事なことは、クロマグロがこの先獲れなくなるといったアメリカの民間助成財団ピュー・チャリタブル・トラストによる誇張された海の環境悲観論などに振り回されず、世界の海で起こっている魚種盛衰の現実を冷静に把握し、その時点で必要な対処方法をしっかり考えることが大事なのだ。
歴史の中でここ何年かのようにサンマが獲れない年があれば、昨年から今年にかけてのようにイワシが大漁になる年もある。その期間が何十年と長いのがレジームシフトであり、海の環境変化の先読みは当てにならないことが多く、魚を販売する者は過去の数値データや史実、そして精度の高い現実の数字を数多く収集し、そこから魚の商売に役立つ情報を的確に掴むことこそが重要なのである。
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更新日時 平成28年 8月1日