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平成25年 12月号 No.120


アルゼンチン赤エビの魅力


エビ類の価格高騰が著しい。

現状エビ類の中で、例えばブラックタイガー無頭エビ16/20サイズの相場は4,000円 (1.8kg)前後であり、1年前は同じものが2,000円程だったのだから、その上昇ぶりは驚きである。インド産、インドネシア産、タイ産など産地によって価格は多少違うものの大勢はほぼ一緒である。

エビの価格高騰要因の一つは昨年の秋頃から進行した「円安」であり、もう一つはこれも昨年から東南アジアのエビ養殖地で発生しているEMS(エビの消化器官を破壊する早期死亡症候群)と呼ばれる原因不明の病気の蔓延によってエビの生産量が激減し、需要と供給のバランスが崩れたことによるものだ。

EMSは人には感染せず、感染したエビを食べても人に害はないが、成長前のエビが感染するケースが多く、養殖場での稚エビの大量死が生産減につながっているとのことだ。特に病害が広まっているのはバナメイの主産地タイであり、タイの昨年度バナメイ生産量は55万トンあったのが、今年は30万トン割れまで落ち込みそうだということである。

EMSはタイだけではなく、中国やマレーシアなど他のアジア各国でも発生しており、この結果エビの供給不足による価格高騰を招いているのだが、更に今年の10月頃から社会を揺るがしている「食品偽装問題」で車エビや伊勢エビといった高級エビ類もその余波を受け、このところ急激に価格が高騰している。


エビの養殖という点ではバナメイエビよりも下画像のブラックタイガー(ウシエビ)の方が先輩であり、1980年代に台湾からタイに集約型養殖という方法で導入され、そこから東南アジア各国へと広まり成長していった。

しかし1990年代に入って、ブラックタイガーエビの養殖場でイエローヘッド病やホワイトスポット病などのウイルス性の病気が蔓延し大被害を被ったという過去がある。

エビの養殖方法には養殖密度の違いによって、@粗放型、A半集約型、B集約型 の3種類があり、もちろん集約型の方が高収量で効率が良いのだが、この集約型養殖の場合は、@人工飼料の大量投与による食べ残し、A池底に排泄物の堆積、B水質悪化、C過密養殖のストレスなど、様々な要因が重なって病気発生のリスクは高まるのである。

ブラックタイガーエビの養殖は野生のメス親エビを捕獲し、稚エビ孵化施設で人工的に産卵させるが、野生の親エビの大半は既に病気に感染していることが多く、集約型養殖池のような発病リスクの高いところに、病気に感染した親エビによって何らかの病原体がもたらされたら、それこそひとたまりもないのである。

ブラックタイガーエビ養殖における生存率は年々下がり続けており、最近は池に入れ込んだ養殖尾数が最終的にその50%を割る数しか残らないところまで悪化するようになっていて、以前は「エビ養殖は2年で初期投資を回収し、3年で一軒の家が建つ」とまで言われていたというのに、昨今は昔ほど儲からないようになってきていたのである。


こうしてブラックタイガーエビ養殖は、病気にかかりやすく、低成長で、低成果という生産状況へと追い込まれていったことから、アジアのエビ養殖地では養殖対象エビを変える必要性に迫られ、1990年代末頃から当時の北米・中南米で養殖されていたウエスタンホワイト種にバトンタッチするという選択をするようになっていった。

ウエスタンホワイト種とは、学名Litopenaeus vannamei、クルマエビ科の一種でブラックタイガーの親戚にあたり、中南米系ホワイトに分類され、下の画像が現在世の中を騒がしている張本人のバナメイエビだ。

バナメイエビの場合はハワイから特定病原体に感染していない親エビ(specific pathogen free:SPF)を購入できるので、ブラックタイガーエビのように親エビから病原体を持ち込まれる恐れはなくなったのである。

このバナメイエビというのは、ブラックタイガーエビと比べると「毎年繰り返し同じ池で養殖できるので生産性が高い」ということで、東南アジアでエビ養殖の主流であったブラックタイガーエビからバナメイエビへの転換が勢いよく進んでいたのだ。

しかし東南アジアのエビ養殖施設は北米のそれほどには生物安全対策が行き届いていないことから、過去にブラックタイガーエビの養殖で起こったことが、そのうちにバナメイエビにおいても早晩起こり得るだろうということは、その筋の専門家の目からするとある程度予見されていたことなのである。

そして既にその対策として、ウエスタンブルー(Litopenaeus stylirostris)種というのが試験的に導入済みとのことだけれども、やはり基本的な問題としてハイリスク・ハイリターンな「集約型養殖」という方法を今後も続けていく限り、このような病気によるリスクの問題はなくならないことが考えられる。

この集約型養殖というのは、1ヘクタール未満の池に10万から50万尾の稚エビを放ち、機械ポンプで池の中に酸素を補給をしながら、工場で製造した固形の飼料を与え、年間に5万から20万尾という高収量の生産を狙うやり方だ。

その一方で「粗放型養殖」という全く違った方法もあり、そこでは5〜20ヘクタールの池に0.5万から2万尾の稚エビを放ち、ポンプでの酸素補給をせず、天然の餌を与え、年間に0.3万から1万尾しか生産できないということである。集約型養殖とは基本的な考え方の違うやり方であり、低収量ながらもローリスク・ローリターンの安定的なエビの生産をおこなっている例である。

タイなどの東南アジアのエビ生産地において、バナメイエビ養殖事業に起こったEMSという病気をきっかけとして、今後生産方法がどのように変化していくのか予断は許さない。しかし養殖という事業において効率性だけを追いかけていくと、結果として手痛いしっぺ返しを受けることになるということを、ブラックタイガーエビに続いてバナメイエビでも改めて経験知として蓄積されたはずである。


価格が暴騰している輸入養殖エビにまつわる因果関係やその置かれている環境というのはここまで述べてきた通りなのだが、いっぽう「天然エビ」に関してはどうなっているのかと言えば、もちろん養殖エビが高騰しているというなかで天然エビだけが蚊帳の外でいられるはずはなく、同じように価格は上昇している。

しかしそのなかには、言ってみれば「エビ価格の優等生」とでも表現できるエビがいる。

それは下の画像の天然「アルゼンチン赤エビ」である。

1年前の12月頃、アルゼンチン赤エビの相場状況は、L1(10/20サイズ)が950/kg、L2(20/30)750円/kg、L3(30/40)650円/kgほどの価格だったけれども、約1年後の先月11月下旬の相場は、L1(10/20)1,300円/kg、L2(20/30)1,150円/kg、L3(30/40)1,000円/kg前後となっており、どのサイズも約40%ほど値上がりしてしまったけれど、1尾の大きさが70g前後もある特大のL1サイズは、1尾当たりの原価が87円にしかならないのだ。

ほぼ同じような大きさとなる有頭オーストタイガーの、U6サイズから6/8サイズの価格はと言えば、現在の相場でいくと1.5kgで5,000円強はしているので、この価格を前提とするとオーストタイガー有頭エビの1尾当たり価格は200円ほどにもなる。

このようにアルゼンチン赤エビの1尾当たり原価はオーストタイガーエビの半分もしないというのに、このエビは日本に搬入されているほとんどが、基本として「生食」が出来る「刺身用の鮮度」のものであるという優れた面もあるのだ。

日本では比較的歴史が浅く、最近まであまり一般的ではなかったアルゼンチン赤エビなのだが、やっと最近になってその存在感はジワジワと増してきている。

もともとこの海老は「オリンピック海老」とも呼ばれていて、 4年に一度くらいの間隔で猛烈な勢いで湧くように増えるけれども、その湧くように増えた翌年から暫くは一挙に漁獲が落ちるというパターンを繰り返していた。しかしエルニーニョが発生した年のあたりから毎年漁獲が安定するようになり、このところの数年は安定した漁獲が続いていることから日本のマーケットでも俄然脚光を浴びるようになってきたのである。

南米アルゼンチン南部のチュブ州にある、近郊に石油や天然ガスが産出することで繁栄している大都市コモドーロ・リバダビアの沖合いに広がる、Golfo de San Jorgeという東西200km、南北300kmもの大きな湾の中の一部の限られた地域で、アルゼンチン赤エビのほとんどが漁獲されるということだ。

アルゼンチン赤エビはクルマエビ類クダヒゲエビ科に属する海老で、大きな群になって高速で泳いているらしく、先に記したように爆発的に湧いた後にはすぐに取れなくなってしまうという少し変わった生態があったことで、その絶好のタイミングに当たれば網によってまさに「一網打尽」で捕獲できることから、作業コスト的に非常に安くすむこともあって、他のエビと比較するとその製品価格は随分低く抑えることが出来るらしい。

アルゼンチン政府はこのエビの税金を重量で算出するように定めていることから、赤エビを無頭のエビにした場合その分税収が減ってしまうため、そのほとんどが有頭の形態で輸出されている。そしてその多くはヨーロッパに向けて輸出されているようだが、日本向けについては刺身用を前提にして、船上においてIQFなどの急速凍結方法によって製造されているために非常に鮮度が良く、ヨーロッパ向けの製品とは明確に区別してつくられた高品質商品であるとのことだ。

その一生を1年だけで終えるアルゼンチン赤エビというのは非常に成長が速く、漁獲と搬入の時期によって刻々とその大きさが変わっていくこともあって、製品においてもサイズ的な大小のバラツキが多いのも特徴なのだ。


下の画像のバナメイエビは「パン冷規格」なので水とエビが一緒にブロックとして凍結されているが、アルゼンチン赤エビの商品規格形態は上の右画像を見て判るようにブラックタイガーエビやバナメイエビと大きく違っていて「パン冷」ではなく「IQF」になっているのだ。このため水でシャワー解凍してから小分けする必要がなく、凍結したまま小分けして商品にすることが可能であるため、小売の現場では冷蔵温度帯で少しずつ時間をかけて解凍しながら販売する方法が可能であり、生食用での鮮度レベルが長く保たれるという利点もあるのだ。

そして更に、上のアルゼンチン赤エビの画像は10/20(2kg)サイズなのだが、この表示にあるように2kgの中に「最少の数が20尾、最大で40尾ほどのエビが入っています」という非常に大雑把な規格であることも、この商品が持っているもう一つの大きな特徴である。

上画像のバナメイエビ13/15の規格の場合は、1.8kgの中に52尾から70尾入っていることから、1尾の大きさは25cから35cの大きさであることが分かるけれども、上の画像のアルゼンチン赤エビは割り算すると1尾当たりで50cから100cほどの大きさになり、随分大きさの違うバラバラ大小のエビが入っていることになる。しかし10/20という規格はそのように随分と差のある大きさに対して「色々と文句を言ってはダメですよ」と最初から釘を刺しているようなもので、とにかく元々が大雑把な規格なのだ。

この10/20の規格の場合、実際に数えてみると33尾前後がほとんどだから、1尾当たり70cだと計算しても大きな問題はないのだが、もし仮に25尾しか入っていなかったとすると1尾あたりの原価計算は大きく狂ってしまうことになる。


さて、今年もいよいよ水産部門にとっては年間で最大の売上を誇る年末商戦を迎える季節となったけれども、年末の主力商品であるエビ類をどうやって販売していくのか、今年の場合エビ全般がこういう価格状況にあるため、水産担当者は本当に頭が痛いものがあるはずである。

そのなかでもおせち料理の定番として年末商戦において年間の中で最大のニーズを迎える「有頭エビ」はまさに思案のしどころだと思われるが、やはり今年の場合は本誌今号で取り上げている「アルゼンチン赤エビ」にこそ大きな活躍の場があると考えられる。

現時点においてこのアルゼンチン赤エビはとても優れたコストパフォーマンスを発揮できるということを、具体的に見える形で示したのが巻頭の3枚の画像である。

ある百貨店の魚売場で売られていた売価780円のアルゼンチン赤エビを購入し、巻頭画像の三つの作品の材料とした。

その中身は16尾入っていたので、1尾当たり売価は約49円だった。

 

その重さの違いは、最小で27g、最大が37gであった。

長さは17aから19aほどなので、長さでの目立った違いは感じなかった。

この重さや長さでの大きさからすると、このアルゼンチン赤エビの規格はたぶんL3(30/40)ではないかということが推測できた。

L3の現状相場は1,000円/kgほどであるから、1尾当たり約30円という計算が出来るけれども、これはあくまで現状の相場であって、その手当が早めに出来ていれば 700円〜800円/kgで手に入れられたことも考えられるので、仮にこの企業が800円/kgで確保済みだとすると、1尾当たりは23円ほどという計算になる。

つまり巻頭画像の3品に使った16尾のエビ原価は、全て合わせても368円から480円ということになり、これらを商品として売価をつければ1,200円〜1,500円ほどにすることができるはずだから、少し荒っぽく消費税抜きで資材費も含まずに合計値入率を計算すると、60%〜75%ほど確保できることになる。


アルゼンチン赤エビを手当したのが早かったのか、それとも遅くなってしまったかという手当の時期次第という条件が前提になるけれども、売り手側にとっては16尾入りで780円という単に小分けしただけの簡単な商品でも充分な利益を計算できるだけでなく、巻頭画像のような形に商品化をすれば、上記計算のように更にグッと値入率を高めることが出来ることになるのである。

またお客様にとっても有頭エビが16尾で780円という価格は決して高くはない出費のはずで、お客様がその気になりさえすればこれだけのエビ料理が楽しめるのだから、エビ商品のほとんどが暴騰して簡単には購入し難くなっている昨今の状況からすると、このアルゼンチン赤エビによるコストパフォーマンスは非常に大きいと感じてもらえるに違いない。

今年のアルゼンチンでの赤エビの漁獲量はほぼ前年並みにあったとのことであり、日本への搬入量についても約1万3,000トンと、これも前年と同じくらいはあったようなのだが、何しろブラックタイガーエビやバナメイエビの相場がこんな状況になっているのだから、アルゼンチン赤エビの相場もそれに連れられるかのように、L3サイズを中心にどんどん値上がりしている事実もあり、これは今の流れとして止めようがないものがある。

既に小売の現場ではエビ商品を含めた年末商品の手当は終わり、どこも臨戦態勢に入りつつあると思われるが、エビ商品については前年までの考え方をそのまま踏襲していたら、非常に厳しい結果が待ち受けているかもしれないことを覚悟すべきであろう。

いかにして新しい商品や新たな考え方でお客様のニーズを掘り起こしていくか、それは日々の商売に限らず年末商戦においても同じである。

 今年の年末商戦は「アルゼンチン赤エビが面白い!」



更新日時 平成25年12月1日



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