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平成27年11月号 143
海を隔てた魚食の違い
10月に2日間の日程で韓国釜山へ行く機会に恵まれた。韓国第二の大都市であり、しかも海に面した漁港でもある釜山で筆者が体験した魚事情の一面を、韓国の食文化のほんの一端でしかないと思われるけれど、 FISH FOOD TIMESの読者の皆さんに「釜山の魚に関する情報」をお伝えしようと思う。
午前11時15分に福岡空港を飛び立った大韓航空機はほんの35分後の11時50分には釜山空港に着陸してしまい、まさに「あっという間」に外国についてしまったのである。この時間は福岡空港から鹿児島空港への所要時間とほぼ一緒であり、はるばる遠い異国の地にやってきたという感慨などとは程遠く、国内のちょっと遠い所に出かけてきたという感覚に等しかった。
釜山空港での入国手続きも至極簡単に終わり、12時15分にリムジンバスに乗り込んでちょうど1時間後の13時15分にはホテルのチェックインを終えることができたのだから、もうこれはとても遠い外国にきているいう感じではない素晴らしいスピード感覚で釜山旅行はスタートしたのである。
ホテルの選択は「釜山のお魚事情見て歩き」がテーマとして明確であることから、釜山の魚市場として有名な「チャガルチ魚市場」に隣接した HOTEL HOAH にした。50室しかないこのホテルはこじんまりとした建物なのだが、最上階9階の部屋は広々として明るく清潔であり、フロントでは日本語も普通に通じるので快適であった。
釜山市内の主要な場所ではほとんど日本語表記がされており、地下鉄の主要駅でも日本語アナウンスが放送され、主だった場所では日本語だけでもあまり困ることはないのだが、少し奥まったところに行くと日本語も英語もどちらも通用しなくなるという開きがあった。
韓国での看板その他の表示物はほぼ90%がハングル文字で漢字や英字での表示は少なく、ハングル文字の意味が解せないために戸惑いを覚えたが、韓国語・日本語会話手帳を片手に先ずは最大の目的地であるチャガルチ魚市場へと歩いて行った。
最初に目に付いたのがホテルフロント横のガラス越しに見えた下の画像であり、何かよく判らないので近くまで行って確認することにした。
するとこれはエイを姿のまま干した干物だった。内臓だけをくり抜いた形で小型のエイがそのまま洗濯干し器具のようなものにフックで引っ掛けられて天日干しをされていたのだ。筆者は初めて見たエイの干物からいきなり異国情緒を味わうことになったのである。
しかし考えてみれば日本においてもエイヒレの干物は全国で売られており、エイ切身の煮付けも北九州地方などでは珍しいものではないのだが、この画像のように小型のエイが姿のまま吊るされているのを見て少し驚いただけなのだった。
チャガルチ魚市場へと歩を進めていくと、歩道上には以下の画像のような露店があちこち無数に陣取って店を構えている風景を見ることになった。
この風景はベトナムのホーチミンで見たものとほぼ同じものであり、魚の扱い方は韓国もベトナムも同じようなものなのだと感じることになった。
露店の多くは魚の販売だけでなく、その場で食べさせる飲食店形式の店も多いようで、そのほとんどがアジメと呼ばれるおばさんたちであり、朝鮮戦争の頃釜山に集まった避難民や戦争未亡人、在外韓国人たちが、南浦洞の露店で海産物の取引や加工を行ったことからスタートしたということだ。
露店の存在は一時期問題になったようだが、1969年に露店主たちによって社団法人釜山魚貝類処理組合が結成され、海岸部の埋め立て地に1970年に3階建てのビルが建設され、露店群が市場としても整備されるようになったとのことだ。
そして2006年には新たに旧棟よりも海側に下画像のような新チャガルチ市場棟がオープンした。
この中の1階には通路が縦長に3列あって、その両側にたくさんの魚屋さんが入っており、朝早いうちは業務筋相手、そしてその後は一般客を対象に終日商売をしているとのことである。
その中の魚売場はほとんどが活魚水槽であり、ほぼ9割は活魚活貝だけで魚の販売を組み立てているようだったが、中にはほんの一部だけでしかないが氷を敷き詰めた上に鮮魚を並べた「日本式の対面売場」のような以下の画像のような魚売場も数軒見出すことができた。
露店でも魚市場の中でも、どこでも共通していたのは「正札」が全くないことであり、魚の価格はすべて相対で価格が告げられるので「人を見て価格をつける商売の組み立て」が基本のようである。
魚市場の2階には1階の魚屋で買った魚を持ち込んで食べさせる食堂があって、昼間からそこは大賑わいなのだが、この市場を訪問する日本人観光客は韓国相場でその魚の価格が高いのか安いのか検討がつかずカモにされている可能性があり、もしかすると筆者もその一人だったのかもしれない。
筆者の場合は食堂の店主と交渉をして「色々な魚を少しずつ食べてみたい」という要求が通ったので、仮に高かったとしても不満は残らなかったのだが、チャガルチ魚市場などで魚料理を食べるのは漬物などを含めたセット料金方式なので、それほど安くあげることは出来ないと覚悟しておいたほうが良い。
筆者は昼食時に釜山に着いていたので昼食を食べ損なったままチャガルチ市場を見物していたことから、結局夕方に近い時間に昼食と夕食を兼ねた食事をとることになったのだが、とにかく日本では決して食べることのできないと思われる魚を選んで食べることに決めていた。
まずはこれ。韓国語で「ケーブル」という名で、日本語名「ユムシ」である。ユムシ動物門ユムシ綱ユムシ目ユムシ科の海産無脊椎動物である。別名コウジ、北海道でルッツ、和歌山でイイ、九州ではイイマラとも呼ばれている。北海道の一部などでは刺身、酢味噌和え、煮物、干物などの食用にされるらしく、釣り人はクロダイ釣りの釣り餌としても使うことから釣り人の間ではよく知られている存在らしいけれども、釣りをしない筆者は不勉強にもこれを知らないで生きてきた。
筆者が頼んだ左上画像のケーブル2匹は右のような料理になって出てきた。2つか3つの縦切りにして内臓を出し、これをごま油でオニオンスライスと一緒に軽く炒めただけの料理のようで、コリコリとした歯ごたえとほんのりとした旨味を感じることができた。
次は以下の画像の韓国名コムジャンオ。日本名はヌタウナギと呼ばれている無脊椎動物として最も原始的な一群である。厳密な意味では魚類ではなく便宜上魚類として扱われている。皮膚からたくさんの粘液が出て体がヌルヌルすることに由来する名称で、日本ではもともとメクラウナギ目メクラウナギ科に分類されていたが、視覚障害者への差別的用語を含むとして、2007年1月に日本魚類学会により名称がヌタウナギとなり、種としてのメクラウナギはホソヌタウナギという現在の標準和名へ変更されたという歴史がある。
これもユムシと同じで、このように水槽の中で活かされながら売られている。
そしてこれが料理として出てくると右上の画像のようになったが、その前の下処理の段階は左上のようになっていて、チョット見はまるで大きなミミズのように見えたのだった。
調理する方法は頭の一部に皮を少し残して包丁を入れ、尾に向けて一気に皮を引っ張り剥がし、内臓を除去するだけのようである。
鉄板の上でしばらく火を通しながら野菜などと混ぜていると、最初のミミズのような赤い色も飛んでやっと食欲の湧く色となっていった。コムジャンオは日本ウナギのように柔らかくもなく脂もさほど乗っていなくて、弾力のある歯応えがあったのだが、残念ながら食味としては唐辛子の辛さがあまりに強くて、味そのものはよく分からないままに終わってしまったのだった。
コムジャンオは韓国では古くから庶民の滋養食として用いられてきた高級食材であり、丸焼きにしたり網焼きにしたり、上の画像のようにブツ切りにしてタマネギやコチュジャンで炒めて焼肉風にして食べるのが普通のようで、韓国にはヌタウナギ専門の料理店も存在するとのことだ。
日本では長崎県や新潟県など一部地域で塩焼きや干物などの食用にされるが全国的にはほぼ食用として流通していない。秋田県や新潟県では「浜焼き穴子」という名前でヌタウナギ食用加工品が作られ、燻製や干物も生産されている。
韓国周辺の水域ではコムジャンオの漁獲量が減少していて、石川県や島根県などの日本各地や、コムジャンオの食習慣がないアメリカメイン州などからも韓国への輸出が盛んに行われているようだ。ヌタウナギの革はイールスキン(eel skin)と呼ばれ、独特の模様を持ち牛革より強度が有りしなやかであることから、韓国やアメリカではイールスキンで作った財布などが高級な革製品として流通しているらしい。
次は手長ダコとホヤとベラである。
これらは「サシミ」という食べ方だと表現されたが、韓国では正式には刺身をフェと発音する言葉があるらしい。刺身で出すということは「生」で出すということなので、調理の様子を見せてもらった。
まず手長ダコは、指で内臓を取ったら全体を水洗いする、次にまな板の上でドンドンドンとこれを叩き切るだけ、そしてこれを皿の上に乗せてごま油を適当に振りかけるだけなので、ものの数十秒の早業で完成である。
次はホヤ。根っこの方を包丁で切り外し外側の皮を剥き、次に観音開きにしたホヤの内臓を包丁で削るようにして掃除したら、これをそのまま皿に載せて終わり。これまた数十秒の世界。
最後にベラである。
これは筆者も勉強になった今回の韓国旅行の収穫の一つであった。
ベラは4尾だったのでさすがに数十秒というわけにはいかなかったが、それでも1分から2分以内だったことは間違いない。
その方法はどうするかと言うと、@ベラをまな板にのせ、腹を手前、頭を右側にして、目打ちする。Aベラのエラ蓋の横に切り込みを入れ、そのまま包丁を尾ビレに向かって大名おろしで滑らせていく(小アジの要領だと考えると理解しやすいだろう)B三枚おろしを完成させず、尾ビレの一歩手前で包丁を止め、皮の付いた身を尾ビレの左側にひっくり返す。C右の方に元の胴体、左の方に皮がつながったままの身を置いて、そのまま包丁を内引きの要領で左へと動かし皮と身を分離する。D今度は上身側の調理をするために、腹を向うむき、頭は右向きのままで先ほどと同じことを繰り返すと、三枚おろしと皮すきが完了。E最後に腹骨を包丁で掬い取って終了である。
これを4尾分繰り返すのに2分はかからなかったのだから驚いてしまった。
そして出されてきた刺身は上の画像であり、注文した料理の中では一番日本の刺身風だった。ボリュームをつける目的で「海藻ビードロ」という人工の大根ケン風の刺身ツマを山盛りして、その上に半身のベラがそのまま4尾分盛りつけられていた。
筆者が注文したこれらの料理にはこの他にヒラメのにぎり鮨2カン、ボイル海老2尾、ボイルダコ2切れ、白菜キムチの小皿がセットで付いてきて、最後に仕上げの魚アラ入りスープが出てきた。
魚スープは一口飲んだだけで、ほとんど手付かずだったが、アルコール度数16.5%の焼酎は飲みやすく500mlを飲み干してしまった。
焼酎まで含めると合計43,000W(ウォン)だったから、為替レートを直近で日本円に計算すると金額は4,562円となるが、一人分の食事代としてこれを高いと思うか安いと思うか人それぞれだと思うけれども、セットの中身としてヒラメのにぎり鮨2カン、ボイル海老2尾、ボイルダコ2切れ、などがあるのは自分としては不必要だと思った。しかしこれが「韓国流」食事のようだから、郷に入れば郷に従えに習って満足感を表すことにした。
食事を終えた後は日が暮れたチャガルチ市場付近をほろ酔い気分で散策をしたのだが、日は落ちても露店や屋台はまだまだ活況を呈しており、日本の魚市場付近が朝の賑わいと夕方のうら寂しさが好対照をなしているのに比べて、チャガルチ市場は朝から晩まで賑わいは変わらないようだった。
次ページ、2日目へと続く、
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更新日時 平成27年 11月1日