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平成30年 4月号 172
クロダイ料理
クロダイの旬は夏、それとも?
クロダイには右上の画像でも判断できるように、背ビレに尖った棘が何本もあり、黒鯛の学名となっている「Acanthopagrus」は「棘のある鯛」という意味で、この強力な棘を立てる事で敵を威嚇したりする機能を持っているようである。
左上画像の赤いマダイは冬から春にかけての比較的寒い頃が旬とされ、クロダイは夏が旬と言われる事が多いのだが、これは本当の事なのか。この二つの魚種はそっくりの姿形をしているけれど、マダイは明るく派手な赤い色をしていて、クロダイは渋い黒色の全く逆の色合いであり、旬も冬と夏という逆の関係で比較されるというのが面白い。
梅雨が明けて初夏から夏本番になり海水温が上昇すると、クロダイは活性度が上がり、活発に様々な餌を捕るようになって、クロダイ釣りのハイシーズンともなる。南北に長い日本の地域性も大きく関係するので時期は様々なのだが、マダイよりも少し早めの春に産卵を終えたクロダイは、冬場に備えて夏の時期に動物性の餌を捕食することで体力を回復する時期となる。この動物性の餌を活発に捕食している時期の魚というのは味が良いと言われており、逆に秋になってクロダイが海の深場へと移動し始めるために釣りの成果も夏ほどではなくなった時期のクロダイは、確かに脂は乗り始めるけれども植物性の餌を捕食する時期となるために味の方は多少磯臭くなるとも言われている。
和食の世界ではクロダイの扱い方についてあまり語られることはないようなのだが、これは築地など東日本の魚市場でクロダイは下級魚として扱われ、あまり良い値が付かないためにほとんど流通もしていないという現実があり、これは東京を中心とした東日本の和食の世界においてクロダイは、生息している環境などの理由から下級の魚として見下す見方が定着しているからであろう。
その見下される原因となるクロダイの生息環境というのは、マダイの成魚が200m前後の水深の海底に生息していて比較的深場の海を好む魚であるいっぽう、クロダイはまったく逆に水深50m以下の沿岸域に生息し、水の濁りが激しい汽水域にも入り込むだけでなく、河川の淡水域にまで入り込む事があるので、別名で「川鯛(カワダイ)」と呼んでいる地域もあるのだ。
このように近場の沿岸域に生息する魚なので、釣り人に好まれる魚でもあり、磯、堤防、河口などでの釣り対象魚としてトップランクの人気があるのだが、クロダイは繊細で非常に用心深く、神経質な臆病者で眼も良く、アタリがあっても一気に飲み込んだりせず、用心しながら腹の中に入れるという点でも釣り人を魅了しているようだ。
しかしそういう用心深さはあっても、エビ、カニ、貝だけでなく、海藻、そしてスイカ、大根、カボチャまで何でも食べる雑食性の貪欲さもあり、塩分濃度や水温の変化、海の濁りなどの環境の変化にも強く、どこでも生きていける環境適応能力の高さがクロダイの特徴である。
この環境適応能力が高いことを利用してクロダイの養殖も瀬戸内海の広島県などでは盛んにおこなわれており、その結果市場での取引価格は比較的安定した安価な相場が形成されている。
現在クロダイは日本全体の約60%が瀬戸内海で捕れているが、昔ある時期にクロダイが捕れなくなったために1983年頃から瀬戸内海で稚魚の放流が行われるようになり、今は逆にその数が増えすぎてしまって安値となっている側面もあるようだ。その昔、冷蔵技術がない時代にクロダイは淡水でも暫く生かしておける便利さから西日本では高級魚として扱われていた時期もあったのだが、今や養殖魚や放流魚が増えすぎて値段が下がってしまい、漁師さんが好んで天然のクロダイを漁獲しようとすることはなくなっている。
さらにクロダイの環境に適応して子孫を繁栄させる能力として挙げられる事の一つは、仔魚から成長する段階において性転換するという特異な特徴があり、生後2年までは全てオス、それからメスの機能を持つ両性となり、4年経過するとオスとメスに分化し、その後は圧倒的にメスが多くなることで種の保存を有利にして、クロダイの一族は海の中で繁栄しているようなのである。
クロダイ商品化
さて、こういう環境適応力を持つ生態のクロダイは雑食性ゆえに泥臭かったりするから価格が安いという意見もあるようだが、これは同じくクロダイと呼ばれる事が多いメジナが夏場は磯臭いと敬遠されるのは、腹を開けた時に雑食性のエサの関係で内臓が臭うこともあるようで、その身そのものが臭うのではないことも考えられる。
また同じように汽水域に生息する事が多いボラも泥臭いという理由で下級魚として扱われ、市場でのボラの価格は大きな卵巣を抱えている時期のもの以外はまさに二束三文で取引されているけれども、クロダイも似たような不当な扱いを受けていると感じるものがある。
しかしクロダイはマダイと同じタイ科(ヘダイ亜科クロダイ属)であることから分かるように白身の美味しい魚であり、マダイと同じような料理のバリエーションが展開できるのである。
以下にクロダイ1尾だけを使って、煮付け、刺身、にぎり鮨にする商品化工程を画像でまとめてみよう。
1,クロダイ二枚おろし
クロダイ二枚おろし工程 | |
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1,エラ膜を切り、カマのつけ根を切り離す | 6,背骨の血合い膜を切り開き、血合いを洗い流す。 |
2,カマのつけ根に刃先を押し込み切り込む | 7,水気を拭き取って、下身側の尻ビレの上から刃先を入れ山高骨まで切り進む。 |
3,腹部を尻ビレの上まで切り開く | 8,下身側の背ビレ付近から山高骨に向けて切り進む。 |
4,腹部を左手で開き、エラのつけ根一ヶ所を切り離す。 | 9,中骨の上を頭部に向けて切り進み、そのまま刃元で頭部を半割りにする。 |
5,エラつけ根の二ヶ所目を切り離す。 | 10,頭部を半割りにしたら、そのままアゴの部分も切り離し、二つに分割する。 |
頭部をつけたまま二枚おろしにしたクロダイ。 |
2,クロダイにぎり鮨
クロダイにぎり鮨工程 | |
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1,中骨がない半身の方の頭部に胸ビレと腹ビレを残し、頭部をタスキ掛けにして切り離す。 | 6、左手で皮を強く引っ張り、柳刃包丁を前後に動かしながら、皮を残して右へ切り進める。 |
2,頭部を切り離した中骨無しの下身側半身。 | 7、下身の皮を除去した状態。 |
3,出刃包丁を前後に動かしながら、刃先を腹骨の下に入れて、腹骨下を左へ切り進む。 | 8,腹身に血合い骨を残して、背身が極力平行な冊になるような形に切り離す。 |
4,形を整えながら腹骨を切り離す。 | 9,腹身の血合い骨を切り離す。 |
5,尾部の端に皮一枚を残して、柳刃包丁の刃先で少し切り込みを入れる。 | 10,左の姿勢のそぎ造りの方法で柳刃包丁を動かし、鮨ネタをつくる。 |
クロダイ下身側の腹身部分だけでつくったにぎり鮨5カン |
3,クロダイ薄造り刺身
クロダイ薄造り刺身工程 | |
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1,薄造り刺身には下身の背身を準備する。 | 10,柳刃の切っ先から反りにかけての薄い部位でキュウリを薄くスライスする。 |
2,皮目から切りつけた薄造りを、向こう盛り大根けんの上に、右上から盛り付ける。 | 11,出来るだけ薄く等間隔に、そして突端に鋭く角度をつけながら切り進める。 |
3、左手の親指と人差し指で,薄造りの頭を折り曲げて盛りつける。 | 12,必要な枚数を切ったら、半円形に広げ、扇型の等間隔にする。 |
4,大根けんの向こう盛りに、薄造りを半円形を意識しながら盛り付ける。 | 13,前盛りの大根けんにキュウリを並べ置いて、残りの魚の部位を薄造りで切り進める。 |
5,キュウリを1本準備し両端をカットする。 | 14,残りの部位を薄造りして、頭を折り曲げながら半円形に並べ終える。 |
6,キュウリを柳刃で縦に半割りする。 | 15,レモンを縦に半割りにする。 |
7,キュウリの半割り状態。 | 16,半割りにしたレモンを横に薄くスライスする。 |
8,半割りにしたキュウリの丸い面の上部を柳刃で薄く切り取る。 | 17,スライスしたレモンを向こう盛りの前にキュウリと連続するように置く。 |
9,種が見えない程度にキュウリの上部を削り取った状態。 | 18,最後に海藻をあしらいとして添える。 |
クロダイの薄造り刺身 |
4,クロダイ煮魚
クロダイ煮魚工程 | |
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1,中骨付き上身側の魚体の背ビレを包丁の刃元で切落とす。 | 7,切身の長さと大きさが均等になるよう切り揃える。 |
2,胸ビレを包丁の刃元で切落とす。 | 8,尾部の切身が形良くなるよう、斜めに切り揃える。 |
3,腹ビレを包丁の刃元で切落とす。 | 9,頭部も価値のないアラにならないよう、一つの切身として切り揃えた状態。 |
4,尻ビレを包丁の刃元で切落とす。 | 10、だし汁1.5カップ、砂糖大さじ5、醤油大さじ4,ミリン大さじ3に煮汁に生姜を入れて、一煮立ちさせる。 |
5,背骨と腹骨の血合いを刃元の角で除去。 | 11,一煮立ちさせ、切身を入れ、落とし蓋をして、約10分間煮付ける。 |
6,頭部に少し肉を残して、頭部を大きめに切り離す。 | 12,煮詰めた後、何度か煮汁を掛け回して出来上がり。 |
クロダイ煮魚 |
偏見の曇った目を磨いてみよう
さて、今回はクロダイの刺身、鮨、切身、の調理工程をしっかりと画像で紹介したので、もうこれ以上画像での説明は必要ないのではないかと思う。
クロダイはどちらかと言えば不当に蔑んで扱われている可哀相な魚の一つではないかと思われ、その要因は上に記してきた主に生息環境からくることが大きいようなのだが、もう一つ忘れてならないのはクロダイは「足が早い「鮮度落ちが早い)」ので、魚を取り扱う関係者達が嫌がっている面もあるようだ。
クロダイを仕入れる時は外見で分からなかったのに、魚をおろしてみると身は真っ白になっていて、とても刺身は使えないどころか、切身で売るのも気が引けるような玉に当たった経験があると、どうしても仕入れが慎重になったり、これを敬遠しがちになったりといった行動に出るのも分からないではない。
つまりクロダイは何と言っても鮮度最優先ということになるのだが、マダイの場合「腐っても鯛」という言葉があるように、活きではなく締まりでもそれなりに使える事が多く、まったく外れというのがあまりないのに、クロダイは見た目の判断を超えて当たり外れがあるので、その点で難しさを抱えていると言える。
しかしクロダイは市場相場からするとマダイよりも格段に安く手に入れる事が出来るので、マダイと同じように料理展開できるクロダイのメリットは捨てがたい魅力を持っていると言えるのだ。
このところ養殖マダイは高値安定で推移しており、この先そう簡単に相場が崩れるとは思えないとすれば、クロダイをその代替として活かすことも考えてみるべきではないだろうか。
これまでクロダイを偏見の目で見ていたとすれば、その曇った目を磨いてみてはどうだろう。マダイの旬を終えた初夏から夏場にかけて、クロダイを旬として売り込むのも一つの手ではないかと思われる。
水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新してきたこのホームページへの
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更新日時 平成30年 4月 1日