ようこそ FISH FOOD TIMES


平成26年11月号 No.131


ロブスター刺身姿造り


今月はロブスターを取り上げてみよう。

なぜロブスターかと言えば、先月ロブスターの漁獲と料理で有名なアメリカボストンに行く機会があったからである。

ボストンではもちろんロブスターの料理を食べたのだが、もっぱらボイルしたものばかりであり、巻頭画像のような刺身の姿造りなんてものはなく、この画像は先月ボストンで撮ったものではなくて以前筆者が日本で作成した作品である。

昨年日本では、著名なホテル内のレストランなどで提供される料理に、高額な伊勢エビの代替品として少しばかり安価に手に入るロブスターが使われていた、という商品偽装事件が起きたことはまだ読者の記憶に新しいのではないかと思う。

伊勢エビとロブスターはよく似ているようで、その姿は明確な違いがあり普通の知識があれば間違うことはないのだが、その主な可食部である胴体の身の部分だけを料理の中に入れてしまうと、もうわからなくなってしまう。

しかし伊勢エビと姿形が似ていると言えば確かに似ているので、まずはロブスターの知識を整理することから始めよう。


ロブスターとは、ザリガニ亜目アカザエビ科ホマルス属に属していて、日本ではオマールとも呼ばれ、日本の淡水にいるアメリカザリガニ科アジアザリガニ属ニホンザリガニと似ているけれど、ロブスターの方がずっと大きくなって20〜50cmほどに成長し、中には信じられないことだが1メートル以上になるものもいるということだ。

オマールとの呼び名は、フランス語でロブスターのことをHomardと表現するからで、英語で表現するかフランス語かの違いだけである。

下の図は「静岡県談話室 ロブスター事情 -世界の生産量と日本の輸入量- 」のホームページから参照させていただいたものである。

明快な形の絵によって、その違いが良く理解出来ると思う。

ロブスターは米大陸東海岸のカナダ領ニューファンドランド地域から米国ノースカロライナ州付近まで多くが分布し、米国は今回筆者の訪問先の一つでもあるメイン州がその主産地であり、年間に6万トンほどが漁獲されているということである。

また更に正確に言えば、カナダからカリブ海までの大西洋に棲息しているアメリカンロブスターと、大西洋のノルウェーから地中海近辺に分布しているヨーロピアンロブスターの種類がいて、またこれとは別にアフリカ南岸には類似種のケープロブスターというのもいるということだ。

ロブスターは浅い海の岩の陰に潜んで単独での生活をし、 世界で一番大きくなるエビと言われ、食べ頃のサイズは500cから1sまでとされる中、その重量が20kgを超えたのも獲れたという記録もある。

大きな特徴となっている巨大なハサミ脚は外敵を威嚇したり、岩陰に作った巣穴の入り口をブロックするために使われたりするが、左右のハサミ脚の使い道は異なっていて、片方のハサミは物を砕く目的に使うので「クラッシャー」と呼ばれ、もう片方のハサミは「ピンサー」と呼ばれ、物を挟む役目のために使う。

ハサミが第一脚にあるのがロブスターの属するザリガニ亜目類であり、イセエビは第一脚にハサミを持たないのでイセエビ亜目類だと区別することが出来る。

エビ目の種類は無限とも言える程たくさんあることから、その中からイセエビ亜目とザリガニ亜目だけを分かりやすくすると以下のような表になる。

ちなみに、上の表にあるセミエビ科のセミエビなどは、非常に珍しい貴重種なので読者の皆さんはなかなか目にすることがないと思う。

FISH FOOD TIMESでは、過去の既刊号の一つ 41セミ海老の姿造り(平成19年5月号)の中において紹介していた画像を、今回改めてその姿の画像だけをここに掲載しよう。

  

上の二つの画像の内の、左画像は横から見たもので、右のは上から見たものである。

そして次には、更にこれも珍しい「ゴシキエビ」も、今回ついでに紹介しておこう。

このゴシキエビについては、45伊勢海老姿造り鉢盛り(平成19年9月)で紹介しているのだが、その時タイトル魚としては扱っていないので、この号を読んでいない人はこういうエビを過去に扱っていたことも知らないはずである。

この画像がゴシキエビだということはこれで理解してもらえたと思うが、ここではこれ以上の説明は控えておこう。詳しいことを知りたいのであれば、それを紹介している号を開いていただければ良いからである。ただし、英語版はない。

基本的にこのような珍しいエビは南西諸島及び沖縄近海付近で漁獲されるエビであり、沖縄県那覇市の牧志市場に行けばこれらのエビにお目にかかることが出来る。

しかしこれを購入しようと考えたら、たぶんイセエビ以上の目の玉が飛び出るような価格を平気で告げられるので、懐に余裕がない人はやめておいた方が良いだろう。


さて、比較のためにロブスター以外のエビについても色々言及してきたが、これ以上のことは次の機会に任せることにして、これから先は出来るだけロブスターのことについて話を進めていこう。

以下の画像は米国時間10月28日朝、ボストン市内のあるスーパーの活魚水槽の様子だ。

その水槽では比較的小さなサイズのロブスターが1尾9.99jで売られていた。

このスーパーはボストンに本社があり、ボストンを中心としたニューイングランド地方に約400店舗を展開するリージョナルチェーンであり、今年創立100年を迎えた歴史のあるスーパーである。

今回筆者はこの企業の幾つかの店舗を訪問したが、比較的新しい大型の店舗にはこのような活魚水槽が備えられているようで、このロブスター専用水槽があることを店の魚売場の看板にしているようであった。

どんなお客さんがこの水槽の中からロブスターを購入していくのかは想像出来ないけれども、レストランでロブスターの姿ものを注文すると、比較的小さいサイズをオーダーしても大体30jほどは覚悟しなければならないので、ここで購入して料理することになれば随分安い出費で済むことになる。

上の画像はその店で購入したものではなく、既に日本で撮影していたロブスターなのであるが、この店で販売されているロブスターとこの画像にはある同じ処置が施されている。

それはそのハサミを緑色の丈夫なゴムバンドでしっかり固定し、ハサミが動かせないようにしていることだ。

フランス語名オマール (Homard)、そしてドイツ語名フンメル (Hummer)という名称 は、どれも「ハンマー」という意味で、ハサミ脚がまるでハンマーのように見えることに由来している。

ロブスターは危険が迫ると、このハンマーで見境なく挟んだりするので、漁獲された時にロブスター同志がお互いのハンマーで傷つけ合ってしまう恐れがあり、ロブスターが獲れたら直ぐにゴムバンドでこれを動かないように固定し、ハサミ脚が武器として役立たないようにするのである。


今回筆者は、ボストンで一番有名な Legal Sea Foods というシーフードレストランに入り、下画像の1.25£〜1.5£サイズのロブスターを注文したのだが、これはサイドディッシュを含んで31.95$の価格だった。

ロブスターの一大特徴となっているこのハサミ脚は、下の画像のように取り皿に一杯となる大きさだった。

左下画像のようなエビやカニの殻割り専用の道具を使って、ハサミ脚の部分に力を入れると殻が簡単に割れ、ハサミ脚の中身がスッポリと丸ごと取れるようになるので意外に食べやすい。

 

ロブスターの場合は、タラバガニの爪などと違って、ハサミの殻を割る時もタラバガニのようにトゲがゴツゴツしていないので持ちやすく手に優しい感じだ。

その肉はイセエビよりも弾力があって、どちらかと言えばタラバガニに近い食感である。

上の画像ではロブスターがまるで「溶かしバター」を抱えるような形となっているが、洋風の料理では茹でるか蒸すかして「溶かしバター」をつけて食べることが多く、レストランではこれが味付けの基本となって必ず添えられてくる。

また卵の入った卵巣は珊瑚色をしているのでコーラル (Coral) と呼ばれ、この部分は良い味が出ることで知られ、産卵前の雌は特に美味しいと言われている。

残念ながら筆者はこの卵巣を食べることは出来なかったけれど、カニの「味噌」にあたる中腸腺も美味しいということだったので、頭部の裏側に当たる部分も同時にオーダーしたクラムチャウダー用のスプーンを使って、上画像のように細い足先以外は擦り取るようにして全てを食べ尽くしたのだった。

しかしアメリカ人は私のような食べ方をする人は少数派のようで、もっぱら以下の画像のようなボイルしたロブスターの身だけを取り出してパンに挟んだ「Lobster rolls」という料理を好むようである。

Lobster rolls

このようにロブスターはアメリカマサセーチュッツ州のボストン市を代表する看板の魚であるし、メイン州やニューハンプシャー州の海岸の都市でもロブスターは名物料理となっている。


では日本でロブスターはどうかと言えば、農林水産省の漁獲統計によると、ロブスターを含むザリガニ亜目は漁獲量が少なくて統計資料に掲載されていないような状況で、イセエビ類の漁獲と比べるとだいぶ少ないのが現実のようである。

FAOの統計資料によると、世界の漁獲量は1950年から2011年までの平均漁獲量は、イセエビ科が68,949トン、そしてアカザエビ科は101,697トンであり、アカザエビ科の漁獲の方が多いという数値結果となっている。

また年別での世界の漁獲量変動を見てみると、イセエビ科はずっと安定した状態が続いていて、ここ25年あまりほとんど変動はないが、アカザエビ科の方は年々増加傾向が続いており、ここ10年ほどはアカザエビ科がイセエビ科の約2倍の漁獲となっている。

日本では1988年から2012年におけるイセエビの平均漁獲量は国内全体で1,223トンで、過去25年間の漁獲量の上位県は千葉県、三重県、和歌山県、静岡県及び鹿児島県であり、上位5県の平均漁獲量は770トンあり、統計上はこの5県だけで日本の漁獲量の約63%を占めているようだ。

つまり日本においてはイセエビ科の漁獲は安定しているけれども需要にも大きな変動は見られず、ロブスターなどのアカザエビ科へのニーズの高まりもないようなのだ。

しかし世界の傾向というのはそうではなく、ロブスターなどのアカザエビ科のニーズが高まる共に漁獲もそれにつれて増えているようで、世界的に見るとイセエビよりもロブスター人気がどんどん高まってきているのだ。


いっぽう日本におけるイセエビは、太くて長い触角を振り立てる様子や、姿形が鎧をまとう勇猛果敢な武士を連想させることで「威勢がいい」を意味する縁起物として、その語呂合わせから定着していったとも考えられ、古来「武勇と長寿のシンボル」として祝宴祝儀用に珍重されてきた縁起の良い象徴的存在である。

ところがロブスターの仲間であるザリガニは、日本の河川、湖沼、ため池、用水路など、水の流れのゆるい淡水域なら、都市部なども含めてほとんどのところで見つけることが出来ることから、それは珍しくもなく貴重でもなく縁起の良いものでもない。

子供の頃に簡単な道具を使ってこういう場所で「ザリガニ釣り」をやった記憶のある人も多いのではないかと思うが、今や養殖ウシガエルの餌用としてアメリカから移入されたアメリカザリガニが、その養殖池から逃げ出して全国に分布域を広げている。

このアメリカザリガニは、水草を切断したり、水生昆虫を捕食するなど陸水生態系に影響を与え、ザリガニカビ病を媒介して在来種のニホンザリガニを脅かす恐れも指摘され、こうした悪影響から日本生態学会によって日本の侵略的外来種ワースト100に選定されているし、特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律によって要注意外来生物にも指定されている。

こうして全国何処の淡水域にでも棲息するようになったアメリカザリガニは、子供の「ザリガニ釣り」遊びの対象であったり、子供用飼育ペットとしては見られてきたものの、日本においてはザリガニを食用とする感覚はほぼ皆無である。

これはアメリカザリガニの習性が動物の死骸など何でも食べる雑食性であることや、ドブ川のような見た目の非常に汚い環境でも棲息していることなどから、その貪欲な食性や清潔ではない環境でも生きている動物に日本人は食欲を感じないのかもしれない。

つまり日本人にとって「ザリガニは子供の遊び相手であっても食べる対象ではない」のである。

しかしロブスターが美味しいのだから、その仲間のザリガニも美味しいのは間違いないはず・・・、なのだが実は筆者自身もザリガニは食べたことがない。

ザリガニの日本でのイメージはこんな感じなのだから、ロブスターが日本においてどんなに食用のイメージを高めようとしても、日本では「あっ、あのザリガニの仲間ね・・・」で終わってしまう可能性もある。


しかしロブスターをザリガニと一緒のレベルのそんな軽い扱いで終わらせてしまうのは、あまりにもったいない話ではないだろうか。

イセエビを生の刺身で食べることが出来るように、ロブスターも生で食べることが出来るのだが、あまりそういう話は聞かないし、実際にロブスターの刺身を看板にしているところは目にしないようである。

現在日本においてロブスターが刺身でどんどん提供されているという事実はないようなので、巻頭画像にあるロブスターの刺身姿造り作業工程を以下に紹介して今月号は終わりにしよう。

ロブスターの解体工程
1.活きたロブスターは元気に動き回る。 4.尾部を頭部から抜き、可食部を外す。
2.ひっくり返して腹の方を見せる。 5.頭部、尾部、可食部に分離。
3.頭部の裏側に包丁切っ先を入れて締める。 6.尾部の蛇腹部分と可食部に分離。
7.頭部とハサミ脚を飾り、蛇腹部を台にして可食部を刻んでその上に盛り付ける。

 




更新日時 平成26年11月 1日


食品商業寄稿文

食品商業寄稿文(既刊号)

食品商業2013年7月号

食品商業2013年6月号

食品商業2013年5月号

食品商業2013年4月号

食品商業2013年2月号

食品商業2012年10月号

食品商業2012年9月号


ご意見やご連絡はこちらまで info@fish food times

FISH FOOD TIMES 既刊号


(有)全日本調理指導研究所