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平成30年 10月号 178
ヒラスズキ鮨&切身
スズキではなくヒラスズキ
FISH FOOD TIMISの既刊号で、これまで筆者はスズキを取り上げなければならないと思いながら、ズルズルとテーマとして扱う機会を逃してきた経緯がある。
その要因はスズキを刺身や鮨の材料とすることに少し躊躇するものを感じてきたからである。その理由の一つとして、皮を引いた後に残る皮下の紋様の色が赤くなくて茶色に近く、その色があまり良くないことから紋様を見せる生食の商品化をしても見栄えがしないことが挙げられる。二つ目に、養殖ものではなく天然のものに関しては泥臭い身に当たってしまうこともあり、三つ目は解体すると身割れして形が崩れやすいといった、魚屋の商品としては幾つかの扱いづらい側面がある。スズキの良く知られた技法である「洗い」などの他に、どのような観点から扱ったら良いのかのアイデアが浮かばず、ここまで手をこまねいてきた事情があるのだ。
ところがヒラスズキとなると話は別で、名前と姿は似ているけれども特に扱いにくい魚ではないのである。
以下の画像がヒラスズキ。
和名ヒラスズキは、福岡県ではヤヒロ、高知県ではオキスズキと呼ばれ、スズキ系スズキ目スズキ亜目スズキ科スズキ属に属し、旬は秋から冬の頃でスズキとは真逆の寒い時期である。身色もスズキとは違って血合いが鮮やかで赤く透明感のある白身なので、スズキよりも商品化した時に見栄えがすることから、一般的にスズキよりも相当高い価格で取引されている高級魚である。
下の画像のスズキと比較すると、体高が高くて体型が平たく、尾ビレのつけ根が太くて尾ビレの切れ込み浅く、目がスズキより一回り大きい特徴があり、よく似ているけれど違うのが理解できると思う。
ヒラスズキは房総半島から屋久島までの太平洋側、及び能登半島から日本海側の沿岸、朝鮮半島南岸などに分布しており、成魚は外洋に面した岩礁域に主に生息していて、大きな内湾にはあまり侵入しないが,稚魚や若魚に関しては例えば太平洋に面した土佐湾などの河口域にも冬頃になると現れるようだ。
ヒラスズキは謎の多い魚と言われ、その産卵生態もまだ確認されていないだけでなく、季節によって釣れる海域が変わるなど、その生態はあまり解明されていないが、釣り人には非常に人気の高い魚のようで、ヒラスズキ釣りの大会が開催されたりしているとのことだ。
その魅力の一つはヒラスズキの主な生息域が秋から春までは外海に面した荒磯となり、しかも穏やかな凪の日は釣れずに荒れた天気になると釣れるという変わった傾向があるため、釣りの難易度がアップすることにもあるらしい。何しろヒラスズキは「荒磯の王者」とか「サラシの化身」などの別名で呼ばれ、冬の季節風によって波頭が砕け散り、海面に「サラシ」と呼ばれる白泡が広がる磯の釣り場に、アングラーがその出会いを求めてやってくる憧れの魚だということである。
ヒラスズキの商品化
このような特徴のヒラスズキを以下のように切身とにぎり鮨に商品化してみた。
ヒラスズキの解体と切身商品化工程 | ||
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1,エラ膜を切り、カマの突端を切り離す。 | 6,血合いを除去する道具を使って血合いをかき出す。 | 11,尾ビレ近くの切り込みから刃先を頭部に向けて切り進む。 |
2,腹部を二つ割りにする。 | 7,魚体全体を水洗いし、水気を拭き上げてから、下身の尻ビレの上から切り進む。 | 12,刃先をそのまま頭部へと切り進み、頭部を半割にする。 |
3,エラのつけ根の端を1ヶ所切り離す。 | 8,下身の背側に包丁の刃先で切り込みを入れる。 | 13,半割の頭部と中骨が付いた半身の背ビレを切り離す。 |
4,エラのつけ根の2ヶ所目を切り離し、そのまま内臓ごと分離する。 | 9,尾ビレ側から頭部に向けて、中骨の上を切り進む。 | 14,中骨を上にひっくり返し、尻ビレ、腹ビレ、胸ビレを包丁の刃元を使って切り離す。 |
5,包丁の切っ先で背骨に沿った血合いに切り込みを入れる。 | 10,刃先を尾ビレに向けて少しだけ切り進む。 | 15,頭部を単なるアラにしないように大きめに切り、残りは出来るだけ等分になるよう切り離す。 |
ヒラスズキの切身 |
この切身を煮付けにしてみた。
ヒラスズキの煮付け工程 |
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1,ひと煮立ちした煮汁に切身を入れる。 |
2,アルミホイルの落とし蓋をする。 |
3,何度かお玉で煮汁をかけて仕上げる。 |
ヒラスズキ煮付け |
次は中骨がない半身の方をにぎり鮨の鮨ダネにする。
ヒラスズキのにぎり鮨商品化工程 | |
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1,下身の頭部をタスキ落としの角度で切り離す。 | 5,皮を引いた半身の小骨を骨抜きで引き抜き、皮側を下にして置く。 |
2,腹骨の下に刃先を切り込ませる。 | 6,下身の腹側の切り口の角度に沿って柳刃を引き入れる。 |
3,出刃包丁を引いて薄く切り進み、腹骨を切り離す。 | 7,皮目一枚残して柳刃包丁の刃先を立て、切角を立てて切り離す。 |
4,左手で皮を強く引き、柳刃を身と皮の間に入れ、頭部側へ切り進む。 | 8,長さは約指の幅5本分、広さは指2本分を目安にして、同じ長さに切り揃える。 |
ヒラスズキにぎり鮨 |
ヒラスズキの神経抜きと血抜きの動画
ところで「津本式究極の血抜き」という「魚の神経抜きと血抜き」の方法がyoutube動画で話題になっている。
たまたまその動画は、今月号の主役であるヒラスズキを使って「津本式究極の血抜き」の方法を紹介しているのがあり、今回はヒラスズキのついでにリンクさせてもらうことにした。 この動画はヒラスズキそのものとは関係なく、血抜きのモデルとして使った魚が偶然ヒラスズキだったのを見つけただけのことで、実はヒラメなど他の魚を使った動画も色々ある。
とにかくこの動画は興味深く面白い内容なので、とりあえず読者の皆さんは以下のヒラスズキ編をご覧いただきたい。
宮崎県にある(有)長谷川水産の営業部長である津本 光弘(つもと みつてる)さん が考案したもので、血抜きを既存の市販道具を使った方法からスタートし、今は血抜き専用の道具を独自に考案して販売もされているようである。
しかしたぶん昨今の魚屋の作業場で、動画のような神経抜きや血抜きの作業をやっているところは数多くないと思われる。なぜなら魚屋の場合は活魚の活き締め作業は、既に店舗に魚が運搬されてくる前の卸業者の段階で終わっているはずだからである。
昔を振り返ってみると、20年以上前のスーパーの魚売場では活魚水槽を備えることがブームになったこともあり、水槽を設置するだけで何百万もの費用がかかり、その後の維持管理面での経費も大変なアクリル水槽の生け簀が魚売場にあることが、まるで鮮度の良い魚を品揃えしている証のような光景が全国各地の店にあったものである。
そして筆者は約30年前に鮮魚コンサルタントになり、最初の頃に手をつけたのがスーパーの魚売場にある「活魚水槽の撤去」というものだった。
まだ生きて泳いでいる水槽の魚は活きが良く新鮮で美味しいと考える人は、食べる魚のことをあまりよく知らない人だと言わざるを得ない。なぜならエサもろくに与えられないで水槽にいる時間が長ければ長いほど魚体に貯めていた脂肪を消費し、どんどん脂肪の少ない痩せた魚になってしまうからだ。筆者は基本的に水槽の魚は言わばデモンストレーション的な存在でしかないことを知っていたから、各地のスーパーで店の魚売場にとってコストパフォーマンスが悪く、あまり意味のない活魚水槽を撤去する提案を次々と実施していった。
今でも和食の料理屋などに活魚水槽を備えている店があるけれども、それらはあくまでも活魚や貝類の一時保存用の意味で使っているはずである。活魚を水槽で1日ほど一時だけ安静にして保管するのであれば、これは「活け越す」という状態であり、魚を安静な状態にすることで水揚げされた時に暴れて筋肉に溜まっていた乳酸が解消されてATPが回復することになり、魚の美味しさに大きな影響はないようである。
昨今のスーパーで活魚水槽を看板にするような店はほとんどなくなっていると思われるが、全国各地には評判の良い魚売場を持つ店があちこちにあり、そこには締まりの魚だけでなく活き締めされた魚や、死後硬直前の天然魚が入荷することが多々あると考えられる。
時には、そういった活き物の天然魚が通常相場より随分安くなることもあるのではないかと思うが、それらが安くても通常の量しか仕入れないのではなく、1日では捌き切れないような量の魚を仕入れ、上の動画にある「津本式究極の血抜き」方法を行うことによって、それらの魚を大切に扱って何日かかけて上手に売り切ることもあって良いのではないかと思う。
なぜなら、この水道水の水圧を上手く利用する血抜き方法は、死後硬直前で血が固まっていなければ活き締め直後でなくても通用するようであり、魚の鮮度次第では動画の中で行われている同じような保管方法がスーパー魚部門の作業場でも出来ると考えられるからである。
例えば魚市場が仕事を休んでしまう年末年始の期間などはこの方法が非常に有効だと考えられ、 その期間を限られた養殖魚の真空フィレに頼るしかないという状況から免れられることになるかもしれない。
ここに紹介している「津本式究極の血抜き」方法というのは、特に先進的な知識を集約したものとかではなく、ちまたのありふれた道具を応用して素晴らしい結果を導き出している「知恵の結晶」とでも言うべきものであり、賞賛に値する「魚業界の発明」と評価したい。
さて、ヒラスズキのテーマから随分ズレてしまった。実のところ、ヒラスズキは釣り人にとっては語り尽くせないほど多くの話題を抱えているかもしれないが、魚を売る立場としてはヒラスズキについてそれほどたくさんの話題はなく、言わばこれ幸いに横道へ逸れてしまったというのが本音である。
牛肉のエイジングという言葉は知っていても、魚には「熟成」という言葉はあまり関係ないことだと思い込んでいたひと昔前の時代が思い出される。このような血抜き方法によって5日とか1週間とかの魚の熟成が可能となると、魚の販売方法にも新しい時代がやってきていると感じられる。例えば養殖生本マグロなどのトレーサビリティの明確な魚は、既にトレーサビリティを起点とした熟成期間での保管方法が当たり前になってきており、この熟成を前提とした動きは「津本式究極の血抜き」方法などがどんどん広がればさらに勢いを増して拡大していくものと思われる。
日本近海での魚の水揚げ状況も昔とは様変わりしてきているのだから、魚売場での販売方法にも変化が現れてもおかしくないはずである。その変化に乗り遅れないようにしたいものである。
水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新してきたこのホームページへの
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更新日時 平成30年10月 1日