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鮮魚コンサルタントが毎月更新する魚の知識と技術のホームページ
平成29年 9月号 165
アカヤガラにぎり鮨&薄造り刺身
あまり世に知られていない、意外な高級魚
今回は日本料理店や料亭割烹などから、入荷があれば必ず自分の店に持って来るよう指名を受けるほど、和食系の料理人にはとても好まれている魚を紹介しよう。
その魚は以下の画像のアカヤガラである。
上画像は今年8月に撮影したもので、これは120pほどの長さがあり、死後硬直で曲がっていた長い魚体を写真撮影するために更に無理やり曲げているので、アカヤガラの細長い形態というのが上画像ではあまりよく表現できていない。
そこで、8年前の3月末にアカヤガラを裏返しにして腹側から撮った別の画像を以下に加えてみよう。
大きさはほぼ似たような大きさなのだが、こちらの画像の方が細長い魚体の印象がしっかり表現されているのではないかと思う。
重さの方はよく覚えていないのだが、確か両方とも3kgは超えていたのではないだろうか。
アカヤガラはトゲウオ目ヨウジウオ亜目ヤガラ科ヤガラ属に属し、その大きな特徴となっている細長い筒状の口を使い、岩の間に隠れている小魚などを水と一緒に吸い込むとのことだが、この筒状の部位は乾燥させることで腎臓病に薬効のある漢方薬の原料になるということである。
アカヤガラ料理として、先ずは「椀種」に良くて、鍋にも合い、煮ても焼いても揚げても、そして刺身でも鮨でも何でもござれなのだ。
しかし今月号はアカヤガラの料理場面はなく、専ら調理工程だけになってしまうのをご勘弁願いたい。
アカヤガラ調理のコツ
さて、このアカヤガラの調理をスムーズにおこなうにはチョットしたコツがいる。
それは巻頭の見出しにも表現しているが、下の画像のノイズを加えた頭上部から背ビレに続く頸部までの比較的広い頭頸部が、誇張して表現するとまるで石のように硬く、出刃包丁で強く押したくらいでは頭部と胴体を切り離すのは難しいのである。
過去に筆者自身が初めて大きな150pを超えた特大サイズのアカヤガラを調理した時、非常に硬い頭頸部を切り離すのに苦労し、結局は出刃包丁を高い位置から何度か振り下ろして叩き切った経験があり、その後にどうすればそんな無理ことをしなくて済むかを考え、自分なりに生み出した調理方法がある。
本当は他に良い方法があるのかもしれないが、筆者はそれを知らないので以下に筆者がヤガラの調理で実施している方法を紹介しよう。
頭部を右にしたアカヤガラの腹を上にして、カマ部の付け根を切ってエラ膜を左へと切り進める。
硬い頭頸部切らずに、その上を滑らせるように出刃包丁を切り進め、硬い部位の端の部分で切り離す。
頭部と胴体を切り離し、胴体の腹を下に返して、切り残した腹部の内部を見せた状態。
これで出刃包丁を高く振り上げて強引に叩き切るという無理な作業をすることなく、頭部を切り離すことができた。
以上のように説明をしてみると簡単なことのようだが、小さな幼魚ではなく大きなアカヤガラを初めて扱う人は頭頸部がとんでもない硬さであることを知らずに無理をして、結果として出刃包丁に小さな刃こぼれを起こしてしまうことは少なくないはずだ。
上記した方法はほとんど力を要しないので、アカヤガラの調理で苦労した経験のある人は是非一度試して見てほしい。
透明感のある白身
次に刺身と鮨をおこなうための解体作業に入っていこう。
残っていた腹部を胴体から切り離した後、出刃包丁を逆手にして肛門から頭部の方へ切り開いていく。
切り開いた腹部から内臓を取り出し、水洗いをして拭き上げたが、まだ死後硬直が解けず曲がった状態。
大名おろしの方法で、頭部の方から尾部の方に向けて三枚おろしにして、皮側から見た状態。
三枚おろしの身を皮を下にして身の方から見た状態。透き通るような白身をしている。
アカヤガラの腹部は長く、腹骨が尾部の方へ長く続いており、上身下身共にこれを除去する。
皮を引いた後は透き通るような白い身である。
皮下の血合い部分は尾部の方ほど鮮やかな赤色であり、これは刺身や鮨にした時のポイントにもなる。
アカヤガラの刺身と鮨はやはり絶品の味
そして出来上がった刺身と鮨が以下の画像である。
左上画像の刺身を見た読者の中には、高級魚アカヤガラの盛り付け方法をこんなにボリューム出してしまうと売価が非常に高くなってしまうはずだから、このように大きくしないでもっと小さくまとめたら買いやすい価格になるのではないか、と思われた方もいらっしゃるのではないかと思う。
だがこれらは実際にこの姿のまま比較的こなれた価格で販売することができたのだ。その理由は料亭などが仕入れる時の2,000円/kg以上もの高い価格で仕入れたのではなく、実はこの高級魚アカヤガラの仕入れ価格は「タダ」なのである。
それは先月のことだが、筆者が水産部門の指導に入って5年目の企業に納品されている魚の卸業者さんから納品書なしの無料で筆者に分けてもらったものなので、魚売場の従業員全員でその一部を刺身とにぎり鮨にして試食をおこない、残りをお買い得の価格で販売したという訳である。
その時の経緯というのは、店の鮮魚部門作業場の後ろに納品口があり、そこに横付けされたトラックの荷台を覗いてみると、その中に1尾だけアカヤガラが隅の方に取り残されるようにあったのを見つけて、筆者が「ヤガラがある。どこへ持っていくの?」と聞くと、実は持って行き先がなくて困っているという返事だった。
筆者がそれを羨望の眼差しで見ていると「あげるから、持ってて・・・」と差し出してくれたのだった。
月に一度は顔を合わせている馴染みの業者さんなのだが、もちろん業者さんには筆者がその店の関係者だと理解してもらっており、たぶん今後ともよろしくとの意味合いもあったのではないかと判断した。
つまり、筆者は仕入れ価格がゼロということを前提として、通常は有り得ない少し思い切ったボリュームの商品化をしてみたということであり、同時に試食もたっぷり味わったのである。
しかし鮮魚部門作業場での試食の反応は、その味を絶賛する人は少なくて「ふ〜ん、こんなものか・・・」という意外に低い評価だったのである。
筆者の感想としては、食べた瞬間ではなく後から口の中にジワ~っとくる甘みが舌に心地良く、やはりアカヤガラという魚はとても上品な味の魚だと再確認したのだった。
魚売場の従業員にあまり評価が高くなかった一つの理由は、その時まだ死後硬直が解けていなくて長い魚体が湾曲した状態であり、それを曲がったまま解体するのに苦労した状況だったので、まだイノシン酸の醸成には時間が不足していたからではないかと思った。
もしそうだとすると、画像の商品をアカヤガラとしては有り得ないほどの安い価格で購入されたお客様は、それから何時間か後にそれを食されたとすると、幸運にもたぶん最高の美味しさを堪能されたのではないかと推測される。
美味しい希少な魚も意欲的に販売しよう
今月号では、アカヤガラという高級魚を手に入れて商品化するまでの何時間かの出来事が記事になっているのだが、いわゆる世に知れた高級魚も「需要と供給のバランス、提供のタイミング、料理方法、場所と販売対象者」などが上手く噛み合わないと、その価値が十分に発揮されないということを図らずも知らしめることになったようである。
現在アカヤガラという魚がスーパーの魚売場に並ぶことは基本的にほぼ有り得ないと考えられ、そのほとんどが料亭、割烹、和食料理店へ直行ということになっているようなのだが、魚売場の店頭に並ぶことはまったくないということではなく、特に大都市以外の地方都市ではその気があれば比較的安い価格で手に入れるチャンスがないことはないのである。
しかし、こういう魚をその仕入れ価格に見合った価値の商品にする知識と技術を持った魚売場が、全国にどれだけ存在しているのか疑問も残るところでもある。
全国の魚売場において、これまで長く続いてきた「合理化、効率化、省力化、パート化、素人化」の流れによる「魚の知識と技術の衰退」がどんどん進んでいて、日本近海に生息するアカヤガラのような美味しい魚の存在は見向きもされず、その販売対象は一部の名の知れた人気魚種に偏ってきており、魚売場のそのような偏った販売形態から、日本の魚食文化の空洞化が進んでいるようである。
これからの日本の魚売場は、世に良く知られた、大衆魚、養殖魚、冷凍魚などばかりではなく、アカヤガラのような希少な魚を含めた美味しい魚が色々と店頭に種々並んでいて、料理人のプロではなく一般のお客様も豊富な種類の魚の中から食べたいものを選んで購入できるような、そんな魚売場がこれからは増えていってほしいものである。
水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新してきたこのホームページへの
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更新日時 平成29年 9月1日