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平成29年 12月号 168
ズワイガニ付加価値商品
カニ商品の高騰
今年も年末商戦がやってきた。12月の年末商戦を迎え、年間で最大の売れ行きを示す魚商品の一つが、タラバガニやズワイガニなどのカニ類である。カニは12月の1ヶ月だけで後の11ヶ月分の販売金額を上回るのが普通だと考えてよく、12月こそがまさにカニの最大販売ピークなのだ。
ところが、そのカニ商品がこの何年間かずっと値上がりを続けているのはご承知の通りであり、今年のカニの値上がりのことで筆者が一番驚いたのは「ズワイガニ爪肉」である。今年はズワイガニ爪肉を仕入れようとすると、なんと昨年魚売場で販売していた時の「売価とほぼ同じ金額を出さなければ問屋さんが卸してくれない」というのだから、これには本当に驚いてしまった。
このように値上がりしている理由は、日本のカニ類輸入のほぼ半分以上を占めているロシアと日本政府が、2014年に「水産物の密漁・密輸対策に関する日露協定」を締結したことで、それ以来年を追うごとにカニ輸入が厳しくなってきたことに起因している。
この協定が結ばれた原因は、アメリカ、日本、韓国をはじめとする、世界の水産市場で流通しているロシア産のカニの総量が、ロシア政府が法律で定めた漁獲量を大きく上回っていることが判明したからである。
例えば、公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)が発表した下の図によると、
この二つの図は、ロシアが輸出したするカニの量と日本が輸入したとする量には大きな隔たりがあることを示しており、この誤差は実際に流通しているロシア産のカニの中に密漁された違法なものが多く含まれているということであり、この密漁や密輸をなくすために協定が結ばれたのである。
この協定によって、ロシア政府は合法的に生産されたカニには証明書を出し、日本側は証明書のあるカニのみを受け付けることにした結果、3年目となる今年までに一定の効果を発揮したと評価している。
しかしこれでもまだ十分ではないようであり、I.U.U(Illegal 違法、Unreported 無報告、Unregulated 無規制)漁業によって、2015年に日本に輸入されたロシア産カニは全体の25%近くに登るとされ、これらは北朝鮮や中国へ迂回させる便宜置籍船(ベリーズ、ホンジュラス、カンボジアなど)の存在や、洋上での運搬船への積み替え、などの手段が使われているようである。
ロシアのズワイガニ漁は以下の海域でおこなわれ、沿海州、西サハリン、東サハリン、マガダン、西ベーリングなどいくつもの産地があり、漁期もそれぞれ異なっていて品質にもバラツキがあり、5月〜6月に漁獲する北オホーツク(マガダン)海域のカニが品質は一番良いらしい。
ズワイガニはロシアだけでなく、アメリカ(アラスカベーリング海域)やカナダ(ニューファンドランド島周辺海域)でも漁獲されて日本に輸入されているが、特にオホーツク海の海域では大型サイズが漁獲されることで他の地域とは違った特色があるとのことだ。
ズワイガニにはオピリオ種とバルダイ種の2種類があり、以下のような特徴がある。
オピリオ種(別名本ズワイガニ) カナダからロシア、日本などで多く漁獲され、クチバシの山が3つあり、目の色がオレンジがかる。身肉は繊維質が細くやや水っぽい。
バルダイ種(別名大ズワイガニ)
ロシア、カナダを中心に漁獲される。クチバシの山が4つあり、目の色が赤っぽく、身肉は繊維質が強くてやや硬く、甘みはオピリオに比べると強くない。脚のトゲが多く甲羅の三角形はオピリオより平べったい。オピリオの大型サイズがバルダイの小型サイズの大きさほどであり、日本は北海道でわずかに獲れる。
日本で漁獲されるズワイガニ
ロシアだけでなく日本でもズワイガニはたくさん獲れるが、その漁期は松葉ガニ(オス)が11月6日〜3月20日、親ガニ(メス) は11月6日〜1月10日の期間が省令で決められている。
「松葉がに」は鳥取をはじめ島根県、兵庫県、京都府の山陰地方で水揚げされる雄のズワイガニの名称であり、雌は「親ガニ」又は「子持ちガニ」と呼んでいる。身がぎっしり詰まっているのがズワイガニの魅力であり、日本海の大陸棚の水深約200m〜400m に棲息していて、山陰(日本海)の地域では小型機船の底引き網で漁獲する。松葉ガニや越前ガニなどの名称のカニは「本ズワイガニ(オピリオ種)」である。
京都北部の丹後半島にある間人(たいざ)港で水揚げされる松葉ガニを「間人(たいざ)ガニ」と呼び、メスガニをコッペガニと呼ぶ。津居山ガニ(ついやまがに)は兵庫県北部(但馬地方)豊岡市の津居山港(ついやまこう)に水揚げされたオスのズワイガニのブランド名で、地元ではオスを「地がに」メスはセコガニと呼ぶ。越前ガニは越前港や三国港など越前海岸にある主要港に水揚げされたオスのズワイガニの名称で、メスはセイコガニと呼ぶ。加納ガニは橋立漁港を筆頭に金沢港など、石川県内の加賀、能登の漁港で水揚げされたオスのズワイガニのブランド名称で、メスのズワイガニは「香箱蟹」という名称でブランド化されている。これらの地域名称をまとめると以下の表になる。
ズワイガニの地域名称 | ||
---|---|---|
地域 | オス | メス |
山陰地方(鳥取、島根、兵庫) | 松葉ガニ | 親ガニ |
京都北部の丹後半島 | 間人(たいざ)ガニ | コッペガニ |
兵庫県北部(但馬地方) | 地ガニ | セコガニ |
越前海岸主要港の越前港、三国港 | 越前ガニ | セイコガニ |
石川県内の加賀、能登 | 加納ガニ | 香箱蟹 |
ズワイガニはオスとメスで体の大きさが違い、メスはほぼ常に卵を抱いている状態のため、水揚げされる沿岸各地ではオスとメスを別物として扱う。メスは最初の産卵以後は脱皮しなくなるため、雄の半分の大きさにしか成長しないのだ。価格も高価なオスに対してメスは下画像のように手頃な価格で店頭に並んでいる。
いっぽうズワイガニとよく似ているベニズワイガニは、生の時から朱紅色で甲羅が三角形をしており、茹でるとズワイガニより赤味が強く、味はズワイガニより劣る。水深500〜2,500m近くの深海に棲息していて日本海北部から山陰・北海道〜銚子辺りまでの太平洋沿岸まで分布する。身は甘みがあり水分の多いカニであり、保存中に水分が抜けて身が少なくなることを避けるために、甲羅を下にして保存する必要があり、下の画像にあるように売場では全て甲羅を下にして売られている。ベニズワイガニの漁期は秋から春の9月1日〜6月30日で、漁法はロープに50m間隔で150個のカニかごがついた漁具を使い、これを海底に約2昼夜沈めてカニが入るのを待ち、漁具の長さは約1万mにもなる。
水産庁が発表している年次別産出額の漁業生産統計によると、ズワイガニの生産金額と生産量は平成24年9,155百万円(4,353t)平成25年10,035百万円(4,181t)、平成26年10,503百万円(4,348t)、平成27年12,743百万円(4,412t)となっている。漁獲量は大きく変動せずに漁獲高は漸増しているけれど、あまり大きな変化はない。いっぽうベニズワイガニは、平成24年4,575百万円(17,782t)、平成25年4,256百万円(17,389t)、平成26年4,491百万円(17,605t))、平成27年5,148百万円(16,899t)であり、こちらも生産量と漁獲金額ともに大きな変化はなく安定しているという傾向が見られる。
ズワイガニはTAC (Total Allowable Catch)漁獲可能量の指定魚種であり、平成27年は漁獲枠4,723tに対して4,134tの漁獲実績が報告され、それまでの年も同じように漁獲枠に届かない実績が毎年報告されている。日本におけるズワイガニを取り巻く環境と公表された数字から見えてくることは、資源保護のための漁期や漁獲量の制限などが功を奏して、日本のズワイガニは安定した漁獲高と水揚げ高が安定的に続いているようなのだ。
さらには、脱皮して間がなく殻が柔らかい雄を「若松葉ガニ」や「ミズガニ」と呼んでいるが、今年の11月には日本海ズワイガニ特別委員会において、資源保護強化の目的でミズガニの漁期を今までより短縮することも決定した。
韓国や中国のカニ事情
ところが、日本でのこういう努力にも関わらずズワイガニだけでなくタラバガニや毛ガニなどカニ類の相場は、今年総じて値上げの傾向にあるのだが、なぜこのようになるかと言えば、これには輸入ズワイガニの相場形成の裏側に中国や韓国の旺盛な買い付け意欲が絡んでいるようなのだ。
今年の北オホーツクの海域ではロシアの漁獲枠は前年よりも16%増えたのだが、生産は韓国や中国向けの活ガニを中心に進められたようで、韓国の1月から6月におけるロシア産活ズワイガニ輸入量は3,500tに昇り、これは前年比の151%であり、中国にいたっては前年の約3倍の2,015tと見られており、オホーツク海の活ガニの生産は前年の5,000tから8,000tまで伸びると予測されている。つまりズワイガニの生産は増えても韓国や中国向けの活ズワイガニが多くて、その価格が相場を引っ張っている構図であり、このため日本への供給が細っていることによって日本のカニ相場は上昇していると考えられるのである。
ちなみに韓国と中国でのカニの販売方法は、筆者が現地を視察した範囲では下の画像にあるように活きた状態での販売方法が基本と感じられ、韓国と中国のカニ売場はほぼ全てが活魚水槽だったと筆者は記憶している。
釜山 チャガルチ市場
上海 銅川水産市場
日本でのカニ販売の実状
さて今年のカニの相場が高騰している中で、日本の水産関係者はカニをどうやって販売したら良いのかと頭を悩ましているのではないかと思われる。
冒頭に記したように、カニ産地は別としても全国的な感覚で言えば、カニというのは12月の1ヶ月だけで後の11ヶ月分の販売金額を上回るほど圧倒的な勢いで売れるのが普通であり、お客様は年末年始の特別の日に限ってはカニを購入する人が多いようなのである。
つまり「カニは年に一度の大盤振る舞いの消費」なのだから、100円や200円の売価の違いなどは気にしないようなのだ。たぶん各家庭のカニに消費する金額は毎年あらかじめ決められていて、お客様はその金額の範囲内で購入できるカニの量が、今年は多いか少ないかを微妙に感じ取っているはずだが、年に一度のことなのでその大きさの違いはあまり詳しくは分からない人が多いのではないかと思われる。
例えば収入が大きく変動する可能性の大きい個人事業主の商売人の場合は、その年の儲け具合によってカニを購入できる金額が上下しているかもしれないが、公務員やサラリーマンはボーナスが大きく変化しない限りカニの購入予算が大きく変動することはあまりないのではないかと思われる。
つまり、よほどのお金持ちやグルメな人でもない限り、カニというのは「特別な日の御ごちそう」なのだから、高かろうが安かろうが予算内のカニ商品を購入すると決めている人が多いと推測され、やはり何千円もの大枚をはたいて手に入る大きさが毎年どんどん小さくなるようでは不満も高まるというものである。
お客様もどの店がどんなカニをどんな価格で品揃えしているか、年末が近づくと品定めをしているはずであり、店は12月ともなるとカニの品揃えがどのレベルの店なのかをお客様から吟味されていると覚悟すべきである。そんな行動をしているお客様が、年に11ヶ月間はカニの品揃えをしていなくて12月になって急にカニの品揃えを申し訳程度するような店でカニの購入をしたいと思うだろうか。多分カニの出費にそれなりの金額を覚悟している人は絶対にそういう店で購入することはないと断言できる。
やはりカニに大枚をはたくお客様は、日頃からカニの品揃えがそれなりに充実していて、年末が近づくとどこの店よりも広いカニの売場を確保し、上のランクから下の範囲まで様々な大きさと価格のカニ商品を品揃えをして、カニ購入選択の幅を広げる努力をしている店に向かうのである。カニ商品で大きな売上を作ることができる店というのは、カニを購入できる人を呼び込めるよう日頃からカニの品揃えに腐心している店なのだ。
カニのロスは魚屋鮨がカバー出来る
だが店からすると「カニは簡単に売れないので品揃えをすると値下げや廃棄ロスが怖い」として品揃えに消極的な店も多いのではないかと思う。
確かにカニは高額で簡単には売れないのが普通の姿であるから、その言い訳が間違っているとは言えないかもしれない。しかし店の販売者は本当に「カニを売る努力」をしているだろうか、という根本的な疑問も投げかけざるを得ない。なぜかと言えば、店ではメーカー規格で製造されたカニ商品を仕入れ、単にプライスシールを貼って冷凍ケースに陳列しているだけであり、後は売れるのを待っているという姿勢を今でも続けているのではないだろうか。
そんな楽な商売スタイルでカニを売ろうと考えること自体、姿勢が甘いと言われても仕方ないだろう。カニが高いから売れないのではなく「売ろうと努力していない」から売れないのだと思われる。
ではどんな販売努力をしたら良いのか、幾つかの例を紹介しよう。
冷凍ケースで販売していた以下の画像のボイルズワイガニが売れなくて賞味期限が近づき、後は値下げして販売するしかないとなった時にどうするか。
を こうする。
さらには、ズワイガニ爪肉も残りそうであれば、
を から
このようにして、これらを鮨飯と組み合わせると、
このような「カニちらし鮨」が出来上がるのだ。
ボイルズワイガニの細い脚の部分や肩肉などは小さくほぐして、爪肉をほぐしたものと一緒にカニちらしの材料として使えば良いし、以下の画像のようにカニ軍艦にすることも出来るではないか。
さらに比較的大きめの脚の身は、観音開きにすると以下のようなにぎり鮨にすることも出来る。
水産部門で魚屋鮨を販売する形さえあれば、高価で売りにくいカニ商品のロスを心配することなく品揃えに積極的に取り組むことができるのである。
だが全国的に見ると、水産部門で魚屋鮨に意欲的に取り組んでいる企業ばかりではない事実があり、鮨という商品は惣菜部門に任せておけば良いと考えるスーパー経営者がまだ多いというのは残念なことだ。
新鮮な魚を取り扱う水産部門にとって鮨という商品は非常に相性が良く、売上の伸びが滞っている水産部門にとって、残された最大の伸び代がある空白地帯が「魚屋鮨」なのである。この鮨商品群が水産部門の売上と利益を根本から劇的に変え得る可能性にスーパー経営者は気づくべきであると筆者は考えていて、来月の2018年新年号でこのことに少し言及してみたいと思っている。
ズワイガニの刺身
ところで、魚屋鮨に変化させる手段を持たない企業の魚部門は期限が迫ったカニ商品をどう処分するのか、結論は値下げするしかないという訳ではなく、酢の物など他にも変化させる方法は幾つかあるが、ロスを出すどころか付加価値をつけて、逆に値入れ率を高めるなんて芸当は魚屋鮨にしか出来ないと諦めてもらうしかない。
鮨に変化させないで多少付加価値をつける方法としては、やはり「刺身」にすることだろう。以下はズワイガニの刺身姿造りの2種類だ。
両方とも生ズワイガニであり、サイズとしては小ぶりの活ガニを調理している。脚の殻を外して身の部分を氷水にしばらく入れ、10分ほどして身が花のように開いたら取り出して水気を切ったものである。画像は2種類載せているが、基本的にズワイガニの甲羅は常に下を向けているべきであり、右の画像は例外と捉えたほうが良いだろう。なぜならズワイガニの甲羅には特に美味しいカニミソがくっ付いていて、甲羅の殻を上向きにするとカニミソが流れ出てしまうからである。
この商品の中でポイントとなるのは、この「カニミソ」である。カニミソとは肝膵臓という臓器で、栄養を蓄える肝臓と消化酵素をつくる膵臓の機能を併せ持ったカニの内臓器官である。別名は「中腸腺」とも呼ばれ、脂肪やイノシン酸などの核酸を多く含んでいるので濃厚で独特な味わいがあるが、消化酵素を多く含むために自己消化が起こりやすく鮮度劣化が早いという特徴を持っている。
ズワイガニを締めてからの時間が明確な場合はカニミソを生で食べることも出来るが、どのくらい時間が経っているのか不明の場合は火を通して食べるのが無難である。そのカニミソを美味しく食べる方法は以下の通りなので参考にしてほしい。
甲羅を皿状の下向きにしてカニミソを集め、フライパンにフタをして蒸し焼きを30分ほどおこなう。グツグツと煮えると水っぽさが消え、カニミソが固まり出したら食べ頃となる。最後に食べ終えた甲羅に日本酒を注いで「カニ甲羅酒」 にして、カニミソの最後の最後までを堪能することができる。
魚の食文化を守るために・・・
さて、今月号もそろそろ終わることにしよう。読者の皆さんは今月号で取り上げたズワイガニの知見を少しは広めることができたであろうか、多少は年末商戦の商売の組み立てに役立つ情報を得ることができたであろうか。
2017年もいよいよ今月で終わり来月にはまた新たな年を迎えることになるけれど、来年になったら魚の話題が尽きてしまうといったことは決してないだろうと思うのだが、現在の日本において「魚の食文化」が以前ほどの存在感を示せなくなっているということに、多少の危機感を感じないではいられないのも筆者の本音である。
ある大手スーパーの社長が「鮮魚部門の売上はどんどん下がっていて、会社全体の中で重要性を示せなくなっているから、今後は売場と人員を縮小していく計画である」という衝撃的な発言があった今年は、スーパーの水産部門の今後の行く末を占う転換点になるやもしれない。
そんな考え方を持つ小売業がこれから勢いを増していくとするするなら、日本古来の魚を中心とした伝統的食文化はこの先どうなっていくのだろうと不安なものがある。しかし、そういうトレンドばかりを追って本来的な「あるべき姿」を持たない浮薄な企業があることによって、逆に将来的に「日本の食文化を支え続けるために本当のあるべき姿を堅持することで生き残っていく企業」が、その反対の意味で脚光を浴びることになるとすれば、そんな反面教師の企業もあって然るべしと考えることにしたい。
FISH FOOD TIMESは、来年も「魚の食文化を大事にしていく人達」のために、少しでもお役に立つ情報を伝え続けることが出来ればと思う次第である。
水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新してきたこのホームページへの
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更新日時 平成29年 12月1日