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鮮魚コンサルタントが毎月更新する魚の知識と技術のホームページ
令和元年 8月号 188
ベラにぎり鮨
500種もの親類がいる海の中の一大血族
今回取り扱うベラを購入に際して、店の人にベラが欲しいと一言告げると、彼は途端にこれでもかとばかりにどんどん袋に入れていくので、筆者はその動きをやっと制止したのだが、袋いっぱいでもベラは安いものだった。たぶん、彼はあまり買い手がいなくて売るのに困ることが多いので、買う気のある人にたくさん押しつけようとしたのだろう、ベラという魚はそんな風に人気があまりない魚なのである。
以下の画像がその時に購入したベラである。上のオレンジ色はスズキ目ベラ亜目ベラ科ササノハベラ属アカササノハベラであり、下の緑がかったのは同じベラでもスズキ目ベラ亜目ベラ科ササノハベラ属ホシササノハベラである。このように正確に言えば別の種類の違うベラなのだが、魚屋さんでそこまで区別して売っているところはなく、どちらもベラで通用しているのである。
また同じように、下の画像も上がアカササノハベラであり下はホシササノハベラなのだが、このようにまったく同じ魚種でも色や形が微妙に違ってくるだけでなく、性別や成長の度合いによって様々な色があり、この他にどんな色のベラがあっても驚いてはいけないのだ。
このように様々な色があるのはベラの「ハーレム」と関係があるらしい。ベラは雄が縄張りを持っていて、羨ましいことに縄張りのなかに囲っている複数の雌と繁殖をおこなう一夫多妻制なのである。ベラは幼少期から成長途上の時はほぼすべてが雌であり、成長すると性転換をして雄になる「雌性先熟」という特徴を持っていて、大きくなって雄になったらハーレムをつくるために、雌を惹きつけるための派手な体色になると言われているのである。
雄のベラはハーレムの縄張りと雌の確保を巡って雄同士で激しく争うために、体の小さい雄は縄張りを持てずに繁殖の機会が少なくなることから、自分の子孫を残すために小さい頃は雌として繁殖を行い、大きくなって縄張りを持てる大きさになり、何らかの理由でハーレムの頂点にいる雄が死んだりすると、ハーレムの中の一番大きな雌が雄に性転換するとのことだ。
この独特な「雌性先熟」をおこなう魚は、ベラの親戚筋にあたるベラ亜目であるブダイも同じだということだ。確かにド派手な体色はベラもブダイも同じで、魚体表面がヌルヌルして粘液質なのも同じであり、昼間に行動して夜は休息して眠りにつく生態も同じである。違うのは10pから30pほどの比較的小さなサイズのベラと1mもの大きさにもなるブダイ、それに食性がベラは肉食性でブダイは珊瑚などに付いた海藻を食べる草食性であるのが違うだけで、ベラとブダイは色々と似たような側面をいくつも持っている。
釜山でのベラ(キュウセン)の体験
筆者は平成27年10月に釜山のチャガルチ魚市場を訪ねた。その時の様子は、No.143 海を隔てた魚食の違い(平成27年11月号)と、No.143-2 海を隔てた魚食の違い(平成27年11月号)に詳しく記しているのでアクセスして参考のしてほしいが、そこでベラ(キュウセン)に関する面白い体験をしたのだった。
チャガルチ魚市場の2階にある食堂で、下画像のベラだけでなく、手長ダコ、ホヤ、ユムシなどの魚をさばいてもらって食した。
ここでの出来事は韓国旅行の収穫の一つだった。それはレストランの調理人がベラを4尾調理するのに2分以内のスピードで調理する早業を自分の目で現認することが出来たからである。
その時の方法は、@ベラをまな板にのせ、腹を手前、頭を右側にして、目打ちする。Aベラのエラ蓋の横に切り込みを入れ、そのまま包丁を尾ビレに向かって大名おろしで滑らせていく(小アジの要領だと考えると理解しやすいだろう)B三枚おろしを完成させず、尾ビレの一歩手前で包丁を止め、皮の付いた身を尾ビレの左側にひっくり返す。C右の方に元の胴体、左の方に皮がつながったままの身を置いて、そのまま包丁を内引きの要領で左へと動かし皮と身を分離する。D今度は上身の調理をするために、腹を向うむき、頭は右向きのままで先ほどと同じことを繰り返すと、三枚おろしと皮引きが完了。E最後に腹骨を包丁で掬い取って終了である。
これを4尾分繰り返すのに2分はかからなかったのだから驚いてしまったのだ。
そして出されてきた刺身は上の画像であり、注文した料理の中では一番日本の刺身風だった。ボリュームをつける目的で「海藻ビードロ」という人工の大根ケン風の刺身ツマを山盛りして、その上に半身のベラ(キュウセン)が半身のまま4尾分盛りつけられていた。
この他釜山でのベラ以外の魚のことはFISH FOOD TIMES 平成27年11月号を読んでもらうことにして、ここで記すことはしないが、筆者がこの目で現認した食堂の調理人のスピーディーな作業方法を日本に帰国してから自分でも試すことにしてみたのだった。
以下の画像が韓国釜山で見た経験を自分で真似してみたベラのスピーディー調理方法である。
ベラの皮なし三枚おろしスピーディー調理 | |
1,ウロコはつけたまま、ベラの下身を上に向け、頭部を右、腹部を手前側に置き、胸ビレの横に柳刃で真っ直ぐ中骨まで切り込みを入れる。 | 5,皮を切り離した身の腹骨を、柳刃で左側へ動かして除去する。 |
2,切り口からそのまま大名おろしの要領で尾ビレの方へ切り進み、最後の尾ビレの付け根は切り離さない。 | 6,次は上身を上にして頭部を右、腹部を向こう側に置き、先に下身でおこなった同じ要領で身と皮を分離し、最後に腹骨を除去する。 |
3,切り離さなかった身を上に向け、皮を下にして、尾部の皮と身の間に柳刃の刃を入れて左へ切り進む。 | 7,身を外して残った中骨とウロコが付いたままの皮の状態。(画像には写っていないが頭部も付いたままである) |
4,柳刃をそのまま左へ切り進め、皮から身を切り離す。 | 8,皮なし、腹骨なしのベラの身 |
このスピーディー調理はウロコを除去せずに解体作業をしているが、ベラ科の魚たちのウロコはウロコ取り道具を使った手作業ではとてもやりにくいので、そのやりにくさをこの調理作業の方法で上手に乗り越えていることは面白いと思われる。
ベラ科のウロコは取りにくい
ベラ科の仲間たちのブダイ、イラなどの魚を扱う時、最初に苦労するのがウロコを取る作業である。ウロコは大きくて固くしっかり皮にくっついているので、普通の魚のようなやり方でウロコは簡単に取れない。そこで、ベラ科のブダイやイラなどのウロコを処理してきた筆者の経験から出てきた面白い方法があるので、このことに以下で少し触れてみよう。
これは過去に No.132 イラの刺身(平成26年12月号) で記していた内容の抜粋である。
ベラ科の取りにくいウロコを簡単に除去する方法(イラの例) |
これは自分の親指を「ウロコの下に滑り込ませて取る」という方法である。この方法は筆者が勝手に「親指潜り」と名づけているけれど、自分の親指を尾ビレ近くの端の方からウロコの下に潜らせるように押していくと、ズルズルと何枚ものウロコが一緒につながるようにして外れるのだ。 普通のウロコ取りの道具を使うと、ほんの1枚のウロコでさえ皮にくっついて離れず、つい力任せになって身を傷めてしまう恐れがあるけれど、この方法だと不思議なくらい何枚も続いてウロコが外れる。 ところがこの方法には一つ欠点があって、それはヒレのトゲで自分の手を突き刺してしまう恐れがあり、実際に筆者は何度も突き刺して痛い思いをしている。そこで痛い思いをした筆者が次に考え出したのが、どこの家庭にもあるカレー用のスプーンを親指の替わりとして使う方法だ。 親指ほど絶大な効果はないものの、ウロコ取りの道具を使うよりは断然効率的な作業が出来るのは間違いない。 |
さて横道にそれたついでに、もう一つベラ科の魚に関するあることを記すことにしよう。それは、今月号でベラをテーマにしようと考えるきっかけになった出来事がほんの先日7月8日にあったからだ。
筆者が毎月2日間仕事で訪問している長崎県対馬市でのことだ。その日の夜、対馬市厳原の地元では美味しい料理を出すことで良く知られている筆者お気に入りの居酒屋「すみっこ」に入った。夫婦で経営されているこのお店はご主人だけでなく女将さんも魚のことは非常に詳しく、筆者が魚のコンサルタントという立場であることを弁えた上で、地元の魚のことを色々と教えてくれるので、筆者はお酒を飲みながら良い調子でお二人に対馬の魚のことをしっかり勉強させてもらっている。
これまで何度も通って顔なじみにはなっていたが、この夜は最後の方になって出された以下の画像の料理が初めての経験で、とても美味しかったのだった。
それを見た時はポテトサラダなのかと思っていたら、キュウリをスプーンのようにして食べるらしく、今度は金山寺味噌のようなものかと推測して食べてみると、少し甘酸っぱい味でとても美味しかったので何という料理かと尋ねてみると、同席した地元の人からは「こんなことも知らないの・・・?」という視線を向けられてしまった。
これは「クサビ味噌」という料理で、原料は地元でクサビと呼ばれているベラだということだった。筆者は生まれて初めて食べたのだが、地元ではよく知られたソウルフードの一つのようであり、対馬生まれの人は幼少の頃から慣れ親しんだ魚料理だということだった。
クサビ味噌のことを何も知らない筆者に周りの人が口頭で色々教えてくれたのだが、酔っ払っていた筆者はほとんど何も頭に入れることが出来なかったので、後で調べてみると都合良く対馬市が今年の3月にネットで発表したばかりの資料が見つかったので、そのまま以下に紹介したい。
クサビ味噌の作り方 |
この料理の作り方の説明を読むと、これもやはりウロコの存在が一つのポイントになっていることが理解できる。ベラを焼く時にウロコを付けたままなのは理由として、蒸し焼きにして旨みや香りを閉じ込めることや黒焦げの防止、そして皮から身を外しやすいこと、などが記されているので、たぶんその通りだと思う。しかし、いっぽうでは「昔の人もベラのウロコの取りにくさを知っていて、元々はこれを避けるために手抜きしたのではないか」ということも考えられると筆者は推測している。
身の色にも微妙な相違
ベラは上記したスピーディーな方法で、ウロコを取らず簡単に皮なしの三枚おろしに出来る。そして商品化する時は、比較的安い魚なので小ぶりの場合は半身のままにぎり鮨にすることも出来るのだ。それが巻頭画像の商品である。
半身のままにぎり鮨にしているので、皮下の身の表面がそのまま直接上に見えているが、盛り付けられたにぎり鮨の身の色が、赤っぽかったり白っぽかったりしていて、微妙に違っているのが判るのではないかと思う。これはベラの皮の色がそのまま身の色にも反映されているのであり、赤っぽいのは魚体表面が赤色であり、白っぽいのは魚体表面が緑色だったベラなのである。
これは下画像のように薄造りの刺身にしても同じで、その色の違いを踏まえて赤と白の配色を互い違いに並べるなど、意図的にその色の違いを活用して商品化をしている。
このような色の違いはブダイ科の仲間も一緒であり、青や緑や赤の魚体表面の色がそのまま身の色にも反映されている。しかし同じベラ科の最高級魚であるシロクラベラ(沖縄現地名マクブ)はそのような色移りのような現象はなく、透き通って上品な白身をしていて、これも高級魚たるゆえんだと感じられる。同じように、ベラの仲間の中では高級な部類として扱われるキューセンも透き通るような白身をしていて、このようなシロクラベラとキューセンに共通する透き通るような上品な身質の特徴が、ベラ科の中でも高級な位置づけにしている理由ではないかと思われる。
ベラの商品性と未利用性
釣り人の中には、ベラが釣れると「あ〜ッ、な〜んだ、ベラか・・・!」と言って、リリースする人も少なくないとのことであり、一般的にベラはそんな扱いを受ける下魚として位置づけられる可哀想な魚である。特に関東地域ではそのような風潮が強いとのことであり、西日本の瀬戸内海沿岸地域では関東のように蔑んだ扱いはしないようなのだが、やはりそれでもあまり高い位置づけにあると言えない魚である。
釣り人がベラを嫌う理由の一つは、釣り人が垂らした釣り糸の餌を小さな口でチョコチョコとつまみ食いするので、狙った魚が釣れる前にベラに餌を横取りされることがあることから、そもそもベラが美味しいとか美味しくないというよりも「ベラの野郎、また餌を横取りしやがって・・・」という悪感情がそこにはあって、釣り人特有の感情論からベラを嫌っていることもあるようなのだ。
また、釣り人がベラを嫌う別の理由として挙げるのは、ベラは釣果のサイズとしてあまり大きくないのに、ベラを調理しようとすると、エラ蓋はしっかり閉じて開けにくく、表面はヌルヌルとした粘液質が強くて扱いづらく、更には先に記したようにウロコはとても剥がしにくいときていて、ベラは料理をするとなると幾つもの扱いにくい要素が揃っているから嫌われる面もあるようだ。
いっぽう、釣り人ではなく魚の販売者としてベラはどうなのかと言えば、基本的にベラを販売対象魚として好んでおこなっている魚屋はほとんどいないと言えるだろう。瀬戸内海沿岸地域を除けば、ベラをパックして売っているスーパーを見ることはほとんどなく、料理のプロを相手にすることの多い魚専門店でも売るのに苦労するのでベラを取り扱うことに積極的ではなく、仮に入荷したとしても安い売価でさっさと売り飛ばそうとするのが普通なのである。
つまりベラは瀬戸内海沿岸の地域を除けば、どちらかと言うと商品としての価値をほとんど認められていない魚だと考えてよく、大枠では商業的な意味では「未利用魚」に位置づけても良いのではないかと考えられる。
そういう意味で長崎県対馬市の「クサビ味噌」というのは安い価格で手に入るベラという未利用魚を上手に活かした素晴らしい商品だと評価できるのではないかと思われる。しかしこのような一風変わった料理方法が出来るのは対馬などの一部地域に限られるはずであり、他地域の大部分では見向きもされない「下魚?」なのである。
筆者は「クサビ味噌」というのを初めて食べ、とても美味しいと感じたのだが、そんな美味しい食べ方も日本のほんの限られた地域のローカルフードでしかないのは残念である。魚の美味しい食べ方は、日本全国の様々な地方を訪ねてみれば、もしかすると昔から工夫されてきた面白い、そして美味しい食べ方がまだまだ存在しているに違いない。
魚を販売している全国のあなたの近くにも、あなたの知らない隠れた魚料理があるかもしれないのだ。もし長崎県対馬市の「クサビ味噌」のような発見が出来たら幸いである。そこにはまだ見ぬ新たな魚販売の可能性が潜んでいるかもしれないのである。
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水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新している
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更新日時 令和元年 8月 1日