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鮮魚コンサルタントが毎月更新する魚の知識と技術のホームページ
令和元年 6月号 186
イシガキダイ刺身
高級料亭などで好まれる魚
画像のイシガキダイは、その形がよく似ているイシダイと並び称せられる高級魚であり、料亭などの高級和食店で好んで使われることの多い魚で、イシダイよりも比較的南の海域に生息している。分類はスズキ目、スズキ亜目、イシダイ科、イシダイ属なので、イシダイとは従兄弟のような存在であり、面白いことにイシダイとイシガキダイが自然交配して生まれたイシガキイシダイという種類も存在するとのことだが筆者はまだ見たことがない。
このイシガキダイは大きさが700g位だったと記憶しているが、水揚げされてから間もない状態で入荷したので鮮度は抜群だった。これを三枚におろすと以下のようになった。
更に皮を引くと、このように皮下脂肪に覆われた身が現れた。
そしてこれを刺身と鮨にすると以下のようになった。
どうだろう、丸魚の状態で仕入れると最低でも1,500円/kgから3,000円/kgほどの価格を覚悟した方が良いイシガキダイを刺身と鮨にすると、白身と皮下の表面の赤い色がコントラストをなした、なかなか良い塩梅の商品になったと言えるのではないだろうか。
シガテラ中毒
さて、今月号は「ハイこれでおしまい・・・」と言う訳にはいかない。イシガキダイには少し気をつけた方が良い側面があるので、このことに以下で触れておきたいと思う。
それは以下の別のイシガキダイ画像のノイズを加えていない頭部の口先を見てほしいのだが、上画像のイシガキダイと違って口先が白くなっているのが確認できるのではないかと思う。
ちなみによく似た魚のイシダイは、成長すると以下の画像のように「クチグロ」と呼ばれ、口の周りが全く逆にどんどん黒くなっていくのは面白い。
イシガキダイの雄が成魚になり、口先がどんどん白くなっていく特徴をクチジロと呼んでいる。まるで口の周りに白い髭が生えたようになって、白い部分の大きさは年を経るごとに拡大していく。このクチジロの現象自体は問題ないのだが、どんどん大きくなっていって白髭の仙人のように老成したイシガキダイは大きくなるほど美味しさが消え失せるとのことであり、しかもそれだけでなく大きくなると個体の中にはシガテラ毒を抱えるものもいて、このようになったイシガキダイを食べることで食中毒が発生することもあるのだ。
シガテラ中毒とは主に熱帯から亜熱帯の珊瑚礁域に生息する一部の魚に起因する食中毒であり、自然毒が原因となる食中毒としては世界最大規模として知られており、毎年世界中で2万人以上の人がこの中毒に罹っているらしい。シガテラ毒は植物プランクトンの一種である渦鞭毛藻が産み出すシガトキシンという毒素のことであり、この毒素を抱えたプランクトンを藻食魚介類が食べ、この魚を肉食魚が捕食し、その次には食物連鎖の上位に来る大型の肉食魚がシガトキシンを抱えた魚を何度も繰り返し食べることで、魚の体内では「体内濃縮」という形で毒素を蓄積することになり、その毒素を溜め込んだ魚を人間が食べることによってシガテラ毒による食中毒が発生するのである。
シガテラ中毒で人間が死亡することはないようだが、嘔吐、下痢、知覚異常、筋肉痛、低血圧などの症状が出て、最低3日から数週間はドライアイスセンセーションと呼ばれる温度感覚異常や倦怠感が続くこともあるとのことだ。
重さ2.5kgを超えるような大きさに成長したイシガキダイなどは特にシガテラ毒の危険性が増すと言われているが、シガテラ中毒は決して珍しいものではなく、日本では以下のようにシガテラ中毒が発生している。
農林水産省が発表した「自然毒のリスクプロファイル」によると、 最新のデータでは以下のようになっている。
この数字はイシガキダイだけによるものではなく、これまでに以下のような様々な魚種がシガテラ中毒を引き起こしている。
シガテラ魚類食中毒事例の魚種(1989年〜2010年) | |||
原因魚種 | 発生件数 | 原因魚種 | 発生件数 |
バラハタ | 16 | アオメノハタ アジの一種 オオアオノメアラ カンムリブダイ コクハンアラ ゴマウツボ ゴマフエダイ ニセクロホシフエダイ ハギの一種 ヒムフエダイ ホシフエダイ マダラハタ |
各1 |
イッテンフエダイ | 12 | ||
バラフエダイ | 11 | ||
イシガキダイ | 6 | ||
ウツボ |
4 | ||
アカマダラハタ | 4 | ||
アズキハタ | 2 | ||
オジロバラハタ | 2 | ||
ハタ類 | 2 | ||
不明 | 7 | ||
食品安全に関するリスクプロファイルシート 農林水産省 |
厚生労働省発表資料によるシガテラ毒の代表的な魚は以下の画像である。
シガテラ毒のリスクプロファイル魚種画像 (厚生労働省発表資料より転載) | |
イシガキダイ |
以上のように魚体が比較的大きくて食物連鎖の上位にくる魚たちであり、それもシガテラ毒を生成する渦鞭毛藻というプランクトンの一種がいる珊瑚礁があるような比較的温暖な海域に生息する魚たちが主である。
このことから、イシガキダイによく似たイシダイは生息地域が北の方であるためシガテラ毒の心配はないようであり、イシガキダイも幼少の頃の海中の危険をサバイバルで潜り抜けて大きくなることが出来た白髭を蓄えた老成魚は、シガテラ毒を蓄えている危険性が高いということであり、生まれてからまだ年数を経ていないために、その蓄えが充分ではない2kg以下のイシガキダイの危険度は低いということになる。
またシガテラ毒の存在は外見からまったく判断できず、調理をしても熱に強くて分解されず、料理した煮汁に溶け出しても特別な味はしないということなので、食べた後の結果でしかその有無は分からないのだ。
製造物責任法による責任が伴う判例
しかしイシガキダイを調理して商品として販売した場合は、シガテラ毒のリスクを販売者は負わなければならないことが平成14年の製造物責任法にもとづく裁判の判決で言い渡された。
これは平成11年に千葉県の割烹料亭でイシガキダイのアライ刺身などを食べた客がシガテラ中毒に罹り、料亭経営者は客から製造物責任法で訴えられて有罪となり損害賠償金として1,200万円を払えと命じられた事件である。
製造物責任法とは、製造物の欠陥により損害が生じた場合の製造業者等の損害賠償責任について定めた法規のことをいうが、この事件の場合の料理(製造物)にはシガテラ毒素を含んでいたという「欠陥」があったため、客の身体または財産が侵害されたので、店主は製造物責任法3条に基づく損害賠償責任があるとして製造物責任などに基づく損害賠償請求訴訟で訴えられたのである。
これに対して、店主は製造物責任を課すには、製品を製造・加工したことにより新たな危険性が高められたことが必要であり、イシガキダイに含まれていたシガテラ毒素はもともとイシガキダイに含まれていたものであり、これを識別することもできなかったし、調理方法でこれを排除することもできなかったから、調理方法は「加工」には当たらないとして争った。
製造物責任法は「過失責任主義」とは異なった新たな理念に基づくものである。その立法趣旨は科学的、技術的に高度化した製品事故における過失の立証は困難であるから、被害者救済の見地から立証負担を軽減しようとしたものである。製造物責任法は公平の観点から従来の過失責任を問うのではなく、製造物の欠陥によって損害が発生した場合に損害を製造業者に負担させ、被害者の救済を図ったものであることから、イシガキダイの調理が「加工」に当たると裁判所は判断したのだ。店主がイシガキダイの食中毒の毒素を発見出来たか、除去できたか、といった観点からではなく、出された料理に毒素があったという客観性そのものから店主の責任を認めたものであり、被害者の救済を目的とする製造物責任法の趣旨にかなった判断だとされた。
店主側の抗弁は、製造物の欠陥の有無を判断するに当たり、製造物をその製造業者が引き渡した当時において入手可能な世界最高の科学技術の水準がその判断基準とされ、製造業者はこのような「最高水準の知識をもってしても、なお製造物の欠陥を認識することができなかった」ことを証明して初めて免責されるのである。
しかしこの事件で、このことが証明されているかを検討すると、シガテラ中毒は沖縄や奄美諸島では相当古くから相当数発生し文献にも掲載されていて、過去に千葉県勝浦沖でとれたヒラマサを原因魚種とする発症例もあり、これを文献により知ることができたのである。またイシガキダイを原因魚種としたシガテラ中毒の発症例は複数あり、文献にも掲載して市販され、保健所等で一般に閲覧することも可能であった。こういった既存の知識を総合すれば、今回の事件の料理がシガテラ毒素を含むことが全く予測不可能であったとは言えないし、知識を入手することも不可能であったとは認めることはできず、文献を調査すれば判明するような今回の事項については、店主の抗弁が認められる余地はないとなったのである。
石橋を叩く安全策は悲しい
少し難しい文章が続いて申し訳なかったが、法律的なことなのでどうしても表現が硬くなってしまったのであり、筆者としてはこれでも思いっきり簡略化して解りやすくしたつもりである。
このような文章を敢えて記したのは「刺身を引いている貴方も製造物責任法の被告になるかもしれない」ということを言いたかったからであり、簡単な表現をすると「知らなかったでは済まされない」ことを刺身を引く人は弁えておくべきだと考えるからである。
2017年の春に、あるタレントのアニサキス症報道で日本の魚売場はアニサキスとは関係ない刺身まで売れなくなってスーパーの水産部門は大きな影響を受けたことがあったけれど、アニサキスはまだ目視できるので対策を打つことが出来て、比較的対策は打ちやすいレベルである。ところがシガテラ毒はまったく目視できなくて存在を確認することは出来ないけれど、上に記した判例にあるように、その中毒事件を起こしたら製造者は責任は執らなければならないから厄介である。
それでは、シガテラ中毒を起こす可能性のあるイシガキダイの取り扱いはいっさい止めてしまうのかと言えば、それもまた極論というものである。そういった極論に走らないために筆者はここまでイシガキダイのマイナス面を記してきたつもりである。何故なら、魚を取り扱う人が上に記してきたイシガキダイやシガテラ毒を抱えている可能性のある魚たちに関する色々な知識を持っていれば、その知識を駆使することでそのリスクを避けることは出来るはずだからだ。
筆者が恐れるのは、例えばアニサキス症報道などによってスーパーの魚売場からサバの刺身が消えてしまったような石橋を叩く安全策が魚売場で徹底されるようなことである。福岡に生まれ育ち、今も在住している筆者は、昔から福岡の地域食文化の一つである「ゴマサバ」を食してきた身であり、福岡で店舗展開する地域スーパーが、自己保全のためにゴマサバを店頭に置くことを簡単に止めてしまうといったこと自体、こんなに悲しい後ろ向きの施策はないと感じるのである。
シガテラ中毒に比べたらサバのアニサキス症対策などはとても簡単なレベルである。サバのアニサキス症対策を含めた内容の記事は No.130 真サバ炙り平造り(平成26年10月号) でも記しているので参考にしてほしい。筆者は今月号のイシガキダイの記事は決してサバの刺身のような顛末になってほしくないと願っており、イシガキダイの正しい知識を得るための一助になればと思って記述していることを読者の皆さんには理解してほしいのである。
イシガキダイは頭が小さくて歩留まりも良く、身はしっかりしていて変色は遅い。白身と皮下の赤い身色とのバランスも良くて、包丁を思い通りに動かせる弾力のある身質は扱いやすく、間違いなく美味しい魚である。シガテラ毒が存在する可能性があることによって、イシガキダイがまったく敬遠されてしまうことにならないことを筆者は心から願うものである。
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更新日時 令和元年 6月 1日