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平成30年 5月号 173
ヒメダイ姿造り刺身
マチは沖縄の代表的な魚の一つ
ヒメダイという一般名称は、沖縄地方でクルキンマチ、奄美諸島ではイナゴ、小笠原諸島はオゴ、八丈島ではコマスなどの名称で呼ばれている、比較的暖かい海に生息している南方系の白身魚である。
ヒメダイ(クルキンマチ)
スズキ系スズキ亜目フエダイ科ヒメダイ属ヒメダイにとても良く似たオオヒメダイという魚もいるが、沖縄でクルキンマチと呼ばれるヒメダイとよく比較される魚は、アオダイ(フエダイ科アオダイ属、沖縄での別名はシチューマチ、鹿児島ではホタ)であり、沖縄ではクルキンマチかシチューマチか、それともアカマチ(フエダイ科ハマダイ属)か、と並び称されるマチの名を冠する魚である。
ハマダイ(アカマチ) アオダイ(シチューマチ)
沖縄の市場で取引される価格はアカマチ、シチューマチ、クルキンマチの順で高いのが普通であり、価値としてはクルキンマチが一番低い位置づけになっている。その理由を推測すると、アカマチ(ハマダイ)はアカジン(スジアラ)、マクブ(シロクラベラ)と共に沖縄3大高級魚の一つであり、その赤い色の存在感が高く評価され、シチューマチ(アオダイ)は天然の白身魚らしい美味しさを持つ典型の魚であり、クルキンマチに比べると多少脂も乗っている点が評価されているからだろう。
ヒメダイ(クルキンマチ)の産卵盛期は5〜7月であり、2歳になると85%が成熟するとの研究結果が発表されており、成熟サイズに達するまでの期間はシチューマチ、アカマチよりも短いため、その成長速度の速さゆえに沖縄県での2011年度漁獲量は139tと他の2魚種よりも多く、また魚体もあまり大きくならないので1尾当たりの価格が低めで購入しやすく、マチと呼ばれる魚の中では一番大衆的な位置づけにある。
魚のアラも美味しくいただく
沖縄ではクルキンマチなどの白身魚を下画像のような「おツユ(魚汁)」にして食べる事が多い。沖縄は小さなお椀ではなく丼のような大きさの具沢山の汁物にご飯や漬け物が付くと、味噌汁がメインディッシュになる食文化がある。そして昔ながらの魚汁は、水から魚をいれて身が崩れるまで煮込むことで、骨からも旨味を引き出している。
マチの魚汁 魚汁を平らげた後に残った魚の骨
そのおツユの材料として沖縄の人達に選ばれることが多いのはクルキンマチであり、例えば本土の魚の食べ方をよく知らない人達が頭部や中骨など不要なものとして敬遠するのとは違って、逆に沖縄の魚売場での白身魚の切身を販売する時は、下画像のように中骨や頭部をつけたままの商品の方が沖縄の人には喜ばれる。
ヒメダイ(クルキンマチ)切身
沖縄では魚が小さくても頭部を捨てずに切身と一緒に販売するだけでなく、魚体が大きな魚で頭部をそのまま切身と一緒に入れる事が出来ない場合も、全ての部位を小さく切ってアラとして販売するが、魚のアラを積極的に活用する食文化があるので、本土とは比べものにならないほどアラが良く売れる。例えば沖縄のあるスーパーでは、養殖魚の生産会社などが真空のブリフィレやカンパチフィレを加工する際に出てくる頭部をわざわざ別に仕入れ、店で大量に販売している会社もあるほど良く売れるのである。
沖縄の食文化は豚肉を中心として成り立っていることは認めるとしても、そのいっぽうで魚は頭や骨を活用して美味しさを引き出す上手な食べ方が根付いているのだ。このことは本土における魚への無関心と無知に起因する魚離れ現象と比較するとなかなか好ましい事象であり、これこそ本当の魚の美味しい食べ方をしているとも言えるのである。
本来魚を美味しく食べるとはどういうことなのか、過去にFISH FOOD TIMES 平成27年 4月号 No.136のなかで、筆者は以下のように記していた。
FISH FOOD TIMES 平成27年 4月号 No.136 から、文章の一部を抜粋 |
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魚を美味しく食べるには「魚の骨を忌避するような食べ方」へと逃げるのではなく、魚のアラの味噌汁のように「骨から出る旨味成分も活かす」料理の方に向かうことが重要なのである。しかし今の日本においては、魚の「旨味」ということがしっかりと理解されていないことから、魚料理が「ファーストフィッシュ」などと称される、工場で生産された安易で簡便な出来合い商品に振り回される方向へと、日本の消費者は向かわされているのではないかと思うものがある。 そもそも「旨味」とは何ぞや? 参考資料を紐解いてみると・・・ 既に100年以上も前となる1908年に、東京帝国大学教授の池田菊苗は昆布出汁のおいしさの正体はグルタミン酸であることを発見し、甘味・塩味・酸味・苦味の4つの基本味では説明できないその味を「5つめの基本味」として「旨味」と命名し、そのグルタミン酸を主成分とする調味料の製造方法での特許を取得し、1909年5月には旨味の調味料である「味の素」が鈴木製薬所(今の味の素株式会社)から発売された。 今日では英語にこの「旨味」を表す言葉がないため、国際的に学術用語として「umami」が使われるようになっているけれども、これは1980年代になって「舌に旨味成分を感じ取る組織がある」ことがわかり、やっと「第5の味覚」として世界的に認められるようになったもので、旨味が発見されてから約80年もの長い間、欧米の研究者たちは「旨味」というのは4つの基本の味覚の調和として表れる感覚であって基本の味覚ではないとしていたのだった。 日本料理においては昆布で出汁をとった後にカツオ節で出汁をとるが、それは昆布のアミノ酸系グルタミン酸とカツオ節の核酸系イノシン酸とを合わせると、それぞれが単独の時よりもはるかに強い旨味が得られるようになるという料理人の経験値からきているのである。 つまりイノシン酸が豊富な魚とグルタミン酸を多く含む昆布や椎茸のグアニル酸などの植物性食品を合わせて料理すると旨味が非常に強まることになり、旨味というのは他の基本味に比べると味が穏やかで、しかも長く後味を引くのが特徴となっている。 日本人が昔から毎朝食べてきた味噌汁というのは、動物性のイノシン酸が豊富なイリコと植物性のグルタミン酸がたっぷり含まれている味噌が混然一体となって、あの美味しい味を出しているのである。毎朝の味噌汁の中でイリコが表に出てこない隠れた味とするならば、魚のアラはイリコとは逆に「表に出てきた主役」となっているのが違うところであり、動物性のイノシン酸が豊富なアラと植物性の味噌のグルタミン酸が主従逆転した形となっているだけなのだ。 味噌汁の美味しさを感覚的に理解するために一番手っ取り早い方法は、出汁の旨味とかが料理のベースとなっていない欧米の国へ1週間以上旅行し、その間いっさい味噌汁などの日本食を食べず、帰国した翌朝の自宅でいつも通りの味噌汁を飲んでみることだ。舌の上で味を噛みしめるようにしながら味噌汁を飲んだら、たぶん「味噌汁ってこんなに美味しかったのか・・・うまい!」と感激するはずである。 魚料理を「うまい!」と言わせるためには、魚が持つ旨味成分を上手に引き出してやることが必要であり、そのためには魚のことを良く知らず面倒なこともやりたがらない消費者のニーズに迎合することばかりを考えるのではなく、本当に魚を美味しく食べるにはどうすれば良いかを、売り手側が消費者に教えてあげることも重要なことではないかと思う。 ファーストフィッシュなどという「消費者の愚昧化政策」は日々の料理を担う主婦などを怠惰にするだけであり、魚の本物の味を知ることにはつながっていかないと思われ、このような「魚食普及への弥縫策」というのは、結果として先々の魚の消費アップには結びつかないのではないかと考える。 さらに魚を販売する売り手側についても、魚の切身を100円などの安い価格で売るようなことに頭を使うのではなく、魚の頭にも利用価値があることをお客様に知らしめるためにはどうすれば良いか、といったことにも頭を使ってほしいものである。常に安定した売上を誇る魚の繁盛店というのは、世の中の景気がどうなろうとも目先の安さで一時的な泡沫売上を作るようなことよりも、将来的に安定した売上をもたらしてくれる顧客を掴むために、多少売価は高くても品質の高い商品を地道に提供する「本物志向の商売」をコツコツと続けているところが多いようだ。「本物志向」とは決して高級という言葉と同じ意味ではなく、魚の頭もアラもムダにはしない活用の術を基本として知っていて、それをお客様に教えることの出来るノウハウがあり、売場では実際にそれを商品として品揃えしているような店のことを言うのではないだろうか。 もしあなたの店のお客様が魚の本物の味を知らないような人が多いようであるなら、そのようなお客様に対して簡便で安易なメーカーの出来合い品をお勧めするのではなく、鮮度の良い旬の魚でありながら、品質の高い本物志向の魚を品揃えして、その商品の良さをお客様へ地道にコツコツと教えていくことが重要であり、そのような絶え間ない努力というのが先々に大きな売上へとつながっていくことであろう。 |
以上のように記して、筆者はFISH FOOD TIMES の主たる読者である魚の販売に関係する人達も「魚の全てを無駄なく活かすことの重要性」を再度見直すべきであり、このことを魚食促進の立場として消費者にしっかり伝えていってほしいとのことをその時に記していたつもりである。
姿造りの功罪
魚の全てを活かすという意味では象徴的なことがある。それは「姿造り刺身」である。以下の画像のような姿造り刺身というのは、刺身技術が「小さな一つの世界にまとまった美的作品」であり、刺身の美味しさの面だけでなく、美しさを表現するために内臓以外のほとんどの部位を技巧的に駆使している美的な商品だと言えるだろう。
ハマダイ(アカマチ)姿造り湯霜刺身
しかし、このところ姿造り刺身という商品を「ムダな虚飾をした存在」だと決めつける無理解な消費者がいるようなのだ。その考えは姿造りには欠かせない頭部や中骨、尾ビレなどはムダなゴミにつながるだけで、そんなものは邪魔な飾りでしかないのだから必要ないという考えである。
たぶん日々の生活者として生ゴミなどを出来るだけ減らしたいという「主婦的な合理的発想」だと思われるが、これはまさに「身も蓋もない」考えであり、日本で昔から尊ばれてきた風情や風流というものを何も解す事の出来ない浅薄な思考だと言うしかないだろう。
姿造り刺身をそんな捉え方しか出来ない人というのは、生活のすべてにおいて「美しいかどうか」という観点を考慮する事なく行動し、専ら効率性や合理性を最優先して生活しているのだと思われる。
効率性や合理性の感覚を優先する人からすると姿造り刺身の美的な虚飾というのはムダなことかもしれないが、そのいっぽうで沖縄での魚の頭も骨も捨てずに活用するという好ましい食習慣からすると、これは「逆の意味で合理的」だとも言えるのである。つまり、本来はもともと捨てられてもおかしくない頭や骨が「美しさの実現」に役立ちながら、捨てられずに添えられているのだから、捉えようではプラスアルファの儲けものとすることもできるのだ。
だとすると、沖縄の人にとって姿造り刺身に魚の頭や骨が商品に添えられ、売価が特に高くなければ大いに歓迎される商品として普及していてもおかしくないはずだ。しかし沖縄の魚売場で姿造り刺身を見かける事は100%に近い確率で期待できないのである。
その理由は明確である。沖縄の刺身は昔から大根けんを使用しない手法を基本としてきたので、大根けんをふんだんに使って技巧を凝らす姿造り刺身というのは、商品化の発想の一つとして存在しないからなのだ。本土では当たり前の刺身のツマとして使う冬野菜の大根は、昔から温暖な沖縄の地で手に入れるのが難しい野菜の一つだったので、大根けんを使わない刺身が主流となってきたのである。そういう環境の沖縄では姿造り刺身だけではなく普通の刺身商品も、下の画像のようにどこの店に行っても大根けんを使わない刺身が普通だから、大根けんを大量に使う姿造り刺身を見る事が出来ないというわけである。
そういう昔から当たり前にある刺身技法というのはほぼ100%が平造りであり、それを平たいトレーに横長に並べるだけなのだから、どこの店の刺身も出来上がりに大きな差はなく、刺身の付加価値で他社他店を差別化することは難しくなり、もし競合店よりも刺身の売上げで勝とうとすると自ずからボリュームや価格の競争に走らざるを得ないことになるのである。
筆者は沖縄のあるスーパー水産部門の指導を開始して今年で11年目になるが、その指導ポイントはいかに価格競争をしなくて済む付加価値の高い商品を根付かせ、どのようにして他社が追いつけないレベルを築き上げるかを念頭に置いて指導してきた。
その一つとして、刺身商品については技術的な差別化が実現出来る「大根けんを使った刺身」を水産部門で強く推進してきた。その結果今では特に大根けんを使わなければ付加価値を出せない「大型刺身鉢盛り」などの商品については、筆者が指導しているスーパーは沖縄県内のどの量販店と比較しても、追随を許さない優位なレベルまできていると自負している。
そのように判断できる理由は、日頃から大根けんを使った刺身商品をほとんど売場に出さない店が、盆や正月になったからと言って急に大根けんを使う10点盛りや15点盛りといった大きな刺身鉢盛りを上手に作ることはできないからである。大根けんを活用した刺身を上手に盛りつけることは、簡単そうに見えてもそれほど簡単な技術ではなく、非常に奥の深い繊細な技術の一つなのである。
上画像のように、筆者が指導しているスーパーの魚売場は大根けんを使った刺身が他社他店よりもずっと豊富に品揃えされているが、では姿造り刺身がしっかり並んでいるかと言えば、残念ながらそういう事実はない。 もしページ先頭の巻頭画像のような姿造り刺身が品揃えされていたら、それがあるだけで他社他店との違いを更に明確に打ち出せて魅力的な魚売場になるはずだ。
五味五色
その巻頭画像のヒメダイ(クルキンマチ)姿造りの作り方工程を画像で説明すると、
1,頭部から尾ビレまで一体となった中骨を、容器の左斜め下から右奥へと立体的に骨を起こして据える。
2,中骨の上に大葉とキュウリのスライスを並べ、大根けんを横長の台状にして2段に盛る。
3,1段目の大根けんに上身の平造りを横長に盛り、下身の平造りは2段目の大根けんに盛りつける。
こうして姿造り刺身を作るのだが、やはり姿造りというのは見た目を重視しなければならないので、魚を盛りつけるだけではなく盛り台としての大根けんの他に、大葉、キュウリ、レモン、人参、海藻、などで美しく飾り立てなければ価値を表現することは出来ない。少し過剰なほど仰々しく飾り立てたのが先の画像にあるハマダイ(アカマチ)姿造りであり、比較的簡素な例がヒメダイ(クルキンマチ)である。
これらには以下の画像の「あしらい」を添えている。
上の画像にはキュウリを半割にして薄切りにしたスライスは入っていないが、これはキュウリあしらいの中では一番ベーシックで使い勝手が良く多用する技法であり、先月の FISH FOOD TIMES 平成30年4月号 No.172 にそのあしらいの作り方工程を画像で紹介しているので参考にしてほしい。
日本料理は五味五色が基本になると言われているが、五味とは甘味・酸味・塩味・苦味・旨味であり、五色とは白色・赤色・黄色・緑色・黒色のことであり、和食はこの五味五色を効果的に配置することで、料理が美味しく見えるようにその美しさを表現しているのである。
例えば以下の画像は天然小鯛を半身だけ使った「天然鯛姿造り入り刺身盛合わせ」という作品だが、あしらいは控えめでも様々な魚の味(五味)と色(五色)が加わることで、上画像のヒメダイ姿造りよりも派手で豪華になり、この方が色々楽しめそうで一段と美味しそうだと感じるのではないだろうか。
刺身を何の変哲もない効率的な容器に端に切って並べただけの合理的で効率的な商品と、この画像のよう五味五色を前提にした技法を凝らして、多少手間がかかっている商品とは明らかに大きな違いが存在しているのは誰もが理解できるであろう。
魚売場で刺身商品の売上げを伸ばすのに、合理的で効率的な手法では技法の限界から直ぐに売上げの壁にぶつかることになり、ボリュームを出したり安くしたりという方法に頼らざるを得なくなる。しかし上画像のような商品をつくる力があれば、この先にこれより更に進化した技法を知恵を出して作り出すことも不可能ではないのであり、まだまだ無限の可能性が潜んでいるとも言えるのである。
お客様は「飽きっぽい」ものだという前提に立つならば 、お客様を飽きさせないような手を打ち続けることが売上げを伸ばし続けることにつながるはずであり、そのためにはお客様のニーズに沿って商品を変化させられるだけの「ノウハウと技術」を持たなければならない。
「小売業は変化適応業である」と喝破した先人がいたけれども、変化し飽きやすいお客様の嗜好に対応できるよう、魚を小売りする人達もしっかり力をつけていってほしいものだ。
水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新してきたこのホームページへの
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更新日時 平成30年 5月 1日