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平成28年 7月号 151
アカエイの刺身&鮨
上の画像のような商品を読者の近くの魚売場で見たことはあるだろうか。たぶん、かつて一度も見たことはないという人がほとんどではないかと思う。
おそらく全国どこかの魚売場においては、この魚の切身が並んでいるのを見たことはあるかもしれないし、現に販売している店もあるのかもしれないが、刺身や鮨となるとほぼ皆無と言っても間違いないだろう。
そして、この魚を丸のまま姿を見せて裸売りするなど、魚売場の販売者は考えもしないに違いない。
それは何と言ってもアカエイという魚はこんな姿をしているのだから、可愛いなどとはとても言い難い形をした魚であり、こんなグロテスクな魚のが魚売場にあってもお客様は気味悪がって売場に近づかないかもしれないからだ。
さらに、このアカエイは死んでいても水揚げされたのをそのまま下手に直接触ると危険でもある。それは下の画像の拡大して丸で囲ったこの部分だ。
ここには本来長いトゲがあったはずなのだが、このトゲは毒があって危険なために漁船の上か魚市場で切り取られて運ばれてくるので、魚屋さんでもこれを目にすることはほとんどない。
長い棘に刺されると激痛に襲われ、数週間は痛みが続くとのことであり、そのトゲにはノコギリの歯のような「返し」があり、一度刺さると簡単には抜きにくいらしい。その毒はアカエイが死んでも消えないため、魚市場などでこれを扱う際には注意が必要で、昔はこの毒針を切り取って槍先にしたり、これを割って中から毒素を取り出して矢毒としても使われたという危険なものなのだ。
アカエイはトビエイ目エイ亜目アカエイ科アカエイ属に属す軟骨魚類の仲間であり、英名はJapanese stingrayと呼ばれ、学名の akajei はアカエイという和名に由来しているとのことである。北海道から東南アジアまで広く分布し、砂底に浅く潜ってアサリなどの貝類を含む底生生物を食べるので、アサリ養殖業者などからは非常に嫌われている食害生物の一種である。
サメと同じ軟骨魚類でもあるアカエイは、やはりサメと同じように生まれてくる子供は卵の形ではなく親と同じ姿をして腹から出てくる「卵胎生魚」であり、春から夏にかけて出産するのでアカエイの旬は春から夏の頃と言われている。
そして、アカエイの総排出腔は上の画像を見ても判るように人の女性陰部に似ていると言われ、今回の分はたまたまメスだったのでそれがよく理解できると思う。オスの画像はないけれどやはり哺乳類のオスのものと同じような形のクラスパーという2本の交接器がついている。
そんな形から、メスは別名「傾城(けいせい)魚」とも呼ばれていて、以下のようなこんな面白い(くだらない)昔話もある。
「傾城の恋は金持ってこい」という川柳があるらしい。傾城(けいせい)とは美女の色香に溺れて城(家)を傾け滅ぼすという意味だ。つまり傾城魚とは色香で男を釣る悪女や遊女のような魚ということで、傾城魚とはエイのことである。 なぜエイが悪女や遊女なのか、これは「エイの穴突っつき御用しかられる」という川柳があるように、エイの穴には成人男性を惑わすものがあるようなのだ。 「奇異雑談集」という昔の奇談本に、室町時代の応仁の乱の後、散在した僧を探していた使者が伊勢国の海辺の漁村の庵で、茶を持ってきた小僧がおかしな風体なので庵主に尋ねると「エイの子です」との答えが返ってきた。 これを怪しんで理由を問うと・・・ ある時この漁村の独り者の若者がエイを釣り上げて家に持って帰り、腹の面を上にして置いていたところ、エイの排泄口が女のものとよく似ていて、ピクピク動くものだから、つい変な気分になって犯してしまった。このことで情が移りエイを海に戻してやったところ、ちょうど十ヶ月経った頃に夢の中にエイが出てきて、海辺にあなたの子を置きますから引き取ってくださいと言うので、そこへ行ってみると奇妙な風体の赤ちゃんが泣いていたということだ・・・。 |
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さて、こんな少しエッチなよもやま話をすると、日頃はあまり縁のないアカエイにも少しは興味が出てきたであろうか・・・?、そこで以下には「アカエイを食べる」ための具体論を記述していこう。
まずは硬骨魚類の三枚おろしにあたる作業を以下の工程で行う。
アカエイの解体(三分割まで)工程 | |
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1、尾ビレを切り落とす。 | 8、残りの内臓を取り出す。 |
2、背側の表面に塩を降る。 | 9、内臓を取り出した後の状態。 |
3、腹側の表面にも塩を降る。 | 10、エラを囲むように包丁を入れる |
4、タワシで表面をこすり、しっかりヌメリをとる。 | 11、エラを取り出す。 |
5、腹部の中間にある骨の下側の腹腔に包丁を入れる。 | 12、背骨の右側に包丁を入れて、右半分を切り外す。 |
6、腹腔を丸く囲むように包丁を回し入れる。 | 13、背骨の左側に包丁を入れて、左側半分を切り外す。 |
7、腹腔から大きな肝臓を取り出す。 | 14、背骨を含めて三分割の状態。 |
水を使う必要性のある作業は以上で終わり、次は刺身や鮨、そして切身にするための準備作業である。
アカエイの刺身・鮨・切身への準備工程 | |
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1、左側部位のエラ付け根の固い部分を除去。 | 6、左側部位の小さな尻ビレを除去。 |
2、左側の軟骨部位が除去された状態 | 7、側面の大きな黄色いヒレの部分と白い胴体部分を切り離す。 |
3、右側のエラの付け根部分を除去。 | 8、黄色いヒレの部位と胴体を切り離した状態。 |
4、軟骨部位が残らないようにする。 | 9、右側部位の小さな尻ビレを除去。 |
5、背骨を外し、エラ下の軟骨部位を除去した状態 | 10、黄色いヒレ部位と胴体を切り離す |
これで骨は背と腹のちょうど真ん中にある中骨を残すのみとなり、次は刺身と鮨を商品化する工程である。
アカエイの刺身薄造り工程 | |
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1、胴体の部分を5pから8p幅に切る。 | 6、白い皮の部位、中骨、黒い皮の部位の三つに切り離した。 |
2、比較的細い部位は幅広く、広目の部位は狭く切る。 | 7、すべてのブロックを白皮部位、中骨、黒皮部位の三枚に切り分ける。 |
3、白い皮を上にして、真ん中にある骨に沿って包丁を入れる。 | 8、皮を下にして、内引きに包丁を入れる。 |
4、白い皮の部位を切り離した。 | 9、肉と皮を包丁で分離する。 |
5、反対の黒い皮の部位を上にして、骨に沿って包丁を入れる。 | 10、白い皮、黒い皮、身の部分に分割された状態。 |
11、繊維を横切る形で薄造りにした「アカエイの刺身薄造り」 |
上の画像は胴体部分を刺身薄造りにしたものであり、次はヒレ肉の部位を薄造りにして刺身にして加えた刺身である。
ヒレ肉の薄造りを加える刺身工程 | |
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1、ヒレ肉と皮の間に内引きの要領で包丁を入れる。 | 6、身と身の間にある骨を外す。 |
2、黒い皮を除去したら、今度は反対の黄色い皮を内引きで除去する。 | 7、中骨を除去したヒレ肉の身だけの状態。 |
3、上が黄色い皮、真ん中が身、手前が黒い皮の三つに分けられた。 | 8、ヒレ肉を花束のように巻く。 |
4、皮を除去した両方のヒレ肉。 | 9、巻き終えたヒレ肉。 |
5、ヒレ肉を約5p幅で切り離す。 | 10、巻き束状のヒレ肉を集める。 |
11、ヒレ肉の巻き束を加えたアカエイの刺身薄造りの完成。 |
次はにぎり鮨の工程である。
アカエイにぎり鮨(軍艦入り) |
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1、ヒレ肉の太い部分を筋目に沿って切り離していく。 |
2、大小、長短を含めて一緒に混ぜ合わせて軍艦のトッピングに使う。 |
3、ヒレ肉を指5本分の長さ、そして薄くスライスしてにぎり鮨のネタにする。 |
4、アカエイヒレ肉のにぎり鮨と軍艦の盛合せ鮨。 |
これでアカエイの刺身とにぎり鮨は完成したのだが、読者の皆さんは一つの素朴な疑問を抱かれてはいないだろうか。例えば「それはそれで良いんだけど・・・、アカエイの刺身や鮨はよく耳にする話で・・・、小便臭くはないの?」というものである。
その疑問に対して、最初に断っておこう。答えは「まったく臭いことはない!」ということだ。
よく巷では「サメやエイは臭い」といわれるが、その原因はその体内に尿素が含まれていて、鮮度が落ちると微生物の働きにより尿素がアンモニアに分解されて臭くなる、という特徴的な体液組成にあり、もちろん生きている時の臭いはないし、死後も鮮度の良いうちはまったく臭くはないのだ。
この尿素のことを少し科学的に紐解くと以下のようになる。
海の塩濃度は哺乳類の体液の約3倍(3.5%前後)という高塩分・高浸透圧環境である。水は浸透圧の低い環境から高い環境へ移動するために、哺乳類の肉は海に放り込まれると体内から体外へ脱水されてしまうが、海に生きる動物たちは脱水から逃れるための仕組みがある。 その仕組みの一つとして、例えばヌタウナギのように体液を海水と同じにして脱水を免れる「浸透圧順応型」がいる。水生動物は一般に生命活動の結果として生ずる窒素代謝物をアンモニアの状態で鰓から環境水中に排出する。これをアンモニア排出型動物とよぶ。 そして第3のグループはサメやエイの軟骨魚類の仲間が行う「尿素を調節して海水の高浸透圧環境に対応」している「浸透圧対応型」の魚たちである。 尿素は細胞質の多くの酵素活性を阻害すると言われ、ヒトでは血漿尿素濃度が上昇すると神経細胞などの細胞の機能が障害される(尿毒症)が、サメは血漿尿素濃度が上昇しても細胞の機能が阻害されない。 彼らの体液浸透圧は海水とほぼ等しく、ほとんどの場合は環境水よりもわずかに高い。この高い浸透圧のもととなるのが体内に蓄積した尿素である。このことにより体内の水分を奪われる危険が無くなるだけでなく、逆に外界から体内に水が流入する。すなわち海という高浸透圧環境でも軟骨魚類は海水を飲まずに水を得ることができるのだ。尿素の他にもトリメチルアミンオキシド(TMAO)などのメチルアミン類をもち、これらが共存することで尿素の悪影響を打ち消している。 「サメたちはどのようにして海という環境に適応しているのか」 <東京大学海洋研究所海洋生命科学部門生理学分野 兵藤 晋氏>PDF資料より要約 |
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つまり、このような理由で鮮度の良いアカエイは臭くなんかないということである。アカエイを扱いもしない、食べもしないうちに変な偏見は持たないでほしいものである。
さて、アカエイを含むサメやエイなどの軟骨魚類は、硬骨魚類が肺を獲得する前の約4億年前の頃から存在していて肺も浮き袋も持たない。軟骨魚類は肝臓に水より小さな比重の密度0.86の脂質であるスクアレンを蓄積することで浮力を得ていて、サメやエイの肝臓はとても巨大である。外洋性のサメなどは特に肝臓が大きく、例えば体重500kg体長4mのヨシキリザメは肝臓の大きさが体重のおよそ20%を占めることで、水中ではたったの3.5kgの重さになると言われている。
アカエイも大きな肝臓を持っており、鮮度の良いうちは生の刺身で食べられるという情報があったので、筆者も試してみることにした。
上画像のように大きな肝臓を取り出して、右のように血抜きをするために何度も水を変えたのだが、何度やっても血は次々に染み出してきて止まることはなく、これでは自家消費は良いとしても商品として売るには時間がいくらあっても足りないと判断した。実際に刺身風に盛り付けもしてみたのだが、形は不安定で定まらず、滲み出る血で汚れるなど、とても商品化は難しいと判断して商品画像を撮影することも諦めたのだった。
さて今月号では、アカエイについて色々と述べてきたが、ここまでは火を通さない生の商品化に関することを記してきた。さらに火を使ったアカエイ料理も伝えたいことがあるので、次ページに記すことにしよう。
次ページへと続く
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更新日時 平成28年 7月1日