ようこそ FISH FOOD TIMES へ
旬のアマダイの鮨と刺身
日本は、アカアマダイ、キアマダイ、シロアマダイ、スミツキアマダイ、ハナアマダイ、が分布しているが、漁獲の大半はアカアマダイが占めているので、以後の記述でアマダイとはアカアマダイのことを指すことにする。
なお幣紙FISH FOOD TIMESでは、過去に 50 甘鯛皮霜造り(平成20年2月号)でもアマダイのことを紹介しているので、この魚を取り上げるのは2回目となることから、今回は少し違った観点から考察をしてみたい。
下の画像は昨年の4月に対馬で水揚げされたアカアマダイである。
魚の全長は30aを超え体重600c以上はあるので、年齢はほぼ6歳前後と思われる非常に立派な姿をしたアマダイであった。
アマダイ類は以下の表にあるように主として延縄漁で漁獲されるのが普通である。
かつて日本は下図のような東シナ海中南部の大陸棚を主漁場として、この延縄漁でのアマダイ漁の操業をしていたが、2000年以降は中国や台湾・韓国など周辺国との漁場の競合によって、日本アマダイ漁はほぼ東シナ海から撤退した形となっている。
そして今や、アマダイの分布域のほんの一部である対馬海峡域から日本海西南部にかけてが日本の主な漁場となっていて、漁獲高は以下のように推移している。
このようにアマダイの漁獲は年々減り続けており、元々料亭などでお馴染みの高級魚であるアマダイが高値でますます手に入りにくくなっているという事実がある。
アマダイ資源が減少しているという事実を受けて、アマダイ漁獲実績の多い長崎、山口、福岡の3県は「アカアマダイ種苗放流事業」を実施したことから、その他の幾つかの県でもこれに倣って同じように種苗放流を開始したことにより、アカアマダイの資源尾数は1999年の調査開始以来、2004年になってから資源回復が見られるようになり、2010年には資源尾数の推定値が最高の値になったということである。
これによって日本におけるアマダイ漁は、底引き網や底刺し網などの漁法によって小型の内から無理な乱獲をしなければ、将来的に持続可能となる資源レベルへと近づいてきていると見られている。
このような資源回復努力の結果、上の画像のような立派な大きさのアマダイを手に入れることも出来るようになったようなのだが、やはりこういう大きさのアマダイにお目にかかれるのは1年中どこでも何時でも出来るわけではない。
一般的に「アマダイの旬は秋から冬である」などと本には記されていることが多いようだが、現場的感覚で水揚げの量的なものから判断すると、それよりも少し後ろにずれているという感じがする。
実際に甘鯛の産卵期は、日本海の南西海域で6月頃から始まり10月まで、対馬の北東海域では7月から11月までの頃ということだから、旬の定義である「産卵前の魚体の充実している頃から産卵の頃までの時期」の見方からすると、アマダイの旬は「冬の終わりから春をピークに初夏の頃まで」というのが正しいのではないかと思える。
上のグラフは年間の中での月毎漁獲数量の違いを表したものだが、3月から4月というのはちょうどアマダイの旬に突入する頃であり、アマダイが産卵を前にして脂肪を蓄え、魚体が充実して一番美味しくなる季節であることを示している。
ご存じのようにアマダイの身は「柔らかくて水っぽい」ために、美味しく食べるにはその水分を何らかの方法で減少させて旨味を凝縮させるのがポイントであることは 50 甘鯛皮霜造り(平成20年2月号)で記したとおりである。
画像にあるような大きさのアマダイで、刺身にもなる鮮度となると、たぶんお客様は間違いなく1尾で2,000円や3,000円どころではない、それ以上の購入価格を覚悟しなければならない。
そんな高い価格のアマダイの鱗を、ウロコ落としの道具で無理に外そうとすると、身の柔らかい魚だから道具の圧力で皮の下の身が「身割れ」を起こしてしまい、刺身にする時は身崩れしてバラバラになり、その価値を台無しにしてしまうことになりかねない。
そういう元も子もなくなってしまうことを避ける包丁技法というのがある。
それは「すき引き」というもので、これは柳刃包丁で鱗をすき取っていく方法である。
この包丁技法については No.108 アラちゃんこ鍋(平成24年 12月号)で紹介しているので参考にしてほしいと思うが、アマダイで行う場合についても以下にその一部をお見せしよう。
包丁ですき引きをすると、上の元画像が下のようになる。
下の画像の上の半身はすき引きのもので、下の半身はウロコ取り道具を使ったものだ。
次に、金属バットに入れて両面に軽く振り塩をする。
身の両面を乾いたキッチンタオルで挟み、小一時間ほど待つ。
こういう処置をすることで甘鯛の水分がある程度抜け、その分旨味が凝縮されて美味しくなるのである。
しかし気をつけなければならないのは、あくまで「水分を少しだけ抜くのが目的」なのだから、塩分で塩辛くなってしまったのでは高価な甘鯛に相応しい価値はなくなる。
「すき引き」をしたことで身割れしていない半身は、皮を引いて平造りの刺身にする。
鱗をウロコ落としの道具で欠き取った半身は湯霜をしてにぎり鮨の種にする。
同時に皮を引いた後に残った皮も、湯引いてから刻み、平造りのあしらいにする。
このようにして下準備されたアマダイが、巻頭画像の「甘鯛湯霜にぎり鮨」と「甘鯛平造り刺身」という商品になったのである。
甘鯛というのは、現在日本で食されている魚の中でも最上位ランクの高級魚として位置づけられており、その鮮度と大きさの条件が揃っていれば高級料亭の仕入れ担当者が金額に糸目をつけずに購入する魚となることから、それなりのものは飛びっきり高い仕入れ価格を覚悟しなければ手に入らない魚なのである。
しかしその一方で、東シナ海の甘鯛漁場を我が物顔で跋扈し、底刺し網や底引き網でまさに「根こそぎ」の形でアマダイ資源を乱獲し、日本や韓国などの周辺国へ輸出して稼いでいる国がある。
その国は1998年当時約3,000dものアマダイを長崎港に水揚げしていたが、2011年には1,016dまで水揚げ量が減少してしまい、この数字は東シナ海におけるアマダイ資源の悪化を象徴的に示している。
鮮度の良いアマダイは刺身で食べられるのは上記してきたとおりであるけれど、その事実とは反対に「アマダイは刺身で食べるものではない」と頭から思い込みをしている人達が多数いるのは、底引き網ものと呼ばれる鮮度の悪い粗悪品がそのようなイメージを植え付けてしまったものと考えられる。
今でも長崎市の近辺では、アマダイが一般的に良く食されるけれども、これは中国船が運んできて水揚げされた4段物、5段物と呼ばれる極小で粗悪なアマダイが中心であり、もちろんこれらは刺身で食べるような鮮度ではない。
このような「シロアマダイかと見紛うアカアマダイ」といった、長い時間の経過した粗悪なアマダイが昔大量に西日本の各地に出回っていた頃、そういう悪いイメージが確立したのではないかと思われる。
昔は博多でもアマダイは魚屋の店頭に普通に並んでいて、決して料亭でしか食べられないような高級な魚ではなかったのだが、今や魚屋さんの店先ではアマダイが並べられているのも珍しくなり、もちろんアマダイを安く大量に売る姿はまったく見られなくなってしまった。
上の表にあるように、国内におけるアマダイの漁獲量は最盛時の十七分の一であり、中国船の水揚げも三分の一になっているのだから、もはや量的な物を期待する方が間違っているというものであろう。
しかし、アカアマダイ種苗放流事業によって資源復活も図られ、その成果も出てきているようであるから、これからは高級品で手が届かない魚としてではなく、その「甘いほどの美味しさ」から命名されたと言われる甘鯛を大事に扱いながら、多くの人にその味を賞味していただきたいものである。
更新日時 平成26年 4月 1日 |
食品商業寄稿文
食品商業寄稿文(既刊号) |