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平成30年 7月号 175
ウナギ鮨盛合わせ
高値安定が常態化したウナギ
今年も7月20日(金)に丑の日がやってくる、今年は二の丑があり8月1日(水)だ。
今年はウナギ相場が高騰を続けており、築地魚市場での直近価格は平均すると以下のように推移している。
価格推移の対象となる生ウナギは国産アンギラジャポニカ種の平均価格であり、サイズによっては価格が上下することになる。
産地池揚げ価格の直近相場は、サイズ別で以下のように推移しているので、築地でもほぼ同じようなサイズ別の評価によって取引されていると思われる。
サイズ | 静岡県地区 | 九州地区 |
---|---|---|
3P | 4,200〜3,900 円/kg | 4,100〜3,900 円/kg |
4P | 4,800〜4,500 円/kg | 4,700〜4,500 円/kg |
5P | 5,300〜5,000 円/kg | 5,200〜5,000 円/kg |
シラスウナギ不漁
ウナギ相場がなぜこのように高騰しているかと言えば、その要因はウナギの稚魚であるシラスウナギが例年に比べて不漁となったからである。
シラスウナギの採捕期間は各県が12月から翌年4月までのある期間を設定し、漁協などを通じて認可された漁業者らに特別に許可を出すのだが、今期1月迄の漁獲はかつて例を見ないほど極端な不漁だったことから、シラスウナギ相場は1kg300万円を超えるほどになってしまい、昨年池入れされたシラスウナギが成長して養殖池から出荷されている「ヒネ子」と呼ばれる取引サイズが上記グラフのような価格となっているのだ。
1s300万円のシラスウナギは目分量にすると凡そ「丼一杯分」ほどであり、この1kgに約5,000尾前後のシラスウナギが入っているので、単純計算をすると1尾当たりの価格は約600円ということになる。1尾600円のシラスウナギの大きさは0.15〜0.2gであり、養殖池でエサを与えられて半年から1年かけて約1,000倍の平均200gから250gほどの大きさに育ってから商品として出荷されることになるのだが、1尾の仕入原価にエサ代だけではなく、養殖池のハウスを暖める重油代、人件費、利益、更には養殖が終わってみないと分からないシラスウナギの死亡による生存歩留まり減少などのコストがこれに上乗せされて出荷価格が決定される。
もちろん今年のようにシラスウナギが不漁の時は、昨年のシラスウナギの仕入れを仮に今年の半分以下の価格で仕入れていたとしても、昨年生まれのヒネ子と呼ばれる成鰻は需要と供給の関係で相場に見合った価格設定がされるのだ。
以下のグラフは6月に水産庁より発表されたばかりの「ウナギをめぐる状況と対策について」という資料のシラスウナギ状況に関するものである。(今月号の以降は、この資料を参照にしたグラフなどがたくさん登場し内容を紐解く形になるが、これは今年のウナギ状況を理解するためとしてご了承願いたい)
これによると平成30年のシラスウナギ取引価格は記されていないけれど、日本国内の池入れ数量は国によって定められた池入れ上限21.7tに満たない14.2tとなっている。その内の8.9tが国内で採捕され、5.2tが輸入されたシラスウナギとなっている。資料の説明によると、今年度は11月から1月迄のシラスウナギ漁は極端な不漁であったが、2月から好転して3月をピークに池入れが進んだとのことである。
ウナギ養殖業は、平成26年11月に内水面漁業振興法によって届け出が必要となり、平成27年6月にはウナギシラスの池入れ数量上限が個別のウナギ養殖業ごとに決められた。その内訳が下の表に記されている。
ところが、平成30年度のシラスウナギ池入れ実績は以下の表のような数字に終わったのである。
シラスウナギは漁が許可された期間中、特に月の光が見えなくて夜が暗い新月の夜に、河川や海岸線で網や川に仕掛けた小型定置網などで採捕するが、何しろシラスウナギは長さが6p、重さが0.2gの爪楊枝ほどの大きさなので、一人1日当たり採捕量は数グラム程度と極めて少量であり、少量の水があれば持ち運べることから、実際のところ採捕量を国が管理するのは非常に困難だという現実がある。
許可を受けた漁業者が採捕したシラスウナギは集荷業者に集められ、さらに複数の流通業者を経由して養殖業者に渡される流通の仕組みがあり、例えば平成28年の漁期では国内での採捕報告数量が7.7t、輸入数量6.1t の合計13.8t だったのだが、養殖業者の池入れ報告数量は19.7t だったので、報告数と池入れ数には報告漏れとして5.9tの誤差が生じている。
このような誤差が生じる原因として、@採捕者が自分の採捕数量を他人に知られたくない(優良な採捕場所を秘密にしたい。大漁の妬みを回避したい)A指定された出荷先以外のより高い価格で販売したい。B無許可密漁による採捕、などが考えられるようである。
水産庁としては、シラスウナギの資源管理と採捕量の適切な把握を進めようとしているようであるが、何と言っても1kgが300万円を超える海のダイヤモンドの「旨い汁」を吸おうとして、色んな人種が集まってくるはずであり、中には悪巧みに長けた悪い人間もいないとは限らず、今後もなかなか水産庁の思惑通りにはいかないだろうと推測される。ちなみにダイヤモンドの1カラットの重さは0.2gなので、シラスウナギの重さが0.2gとほぼ同じだというのは、たまたま奇妙に一致する数字であり面白い。
ウナギ供給量の推移
そもそもシラスウナギが何故そのような高い価格で取引されるようになったかと言えば、昭和60年頃から通称フランスウナギとも呼ばれたヨーロッパウナギ(アンギラアンギラ種)が中国から輸入されるようになり、中国産ウナギが日本国内で非常に安い価格を実現してウナギ消費の裾野を広げ、それにつられてニホンウナギも大衆的な価格へと下がっていったという歴史的経緯がある。
ところが、日本のウナギ業界に安値旋風を引き起こした中国経由のヨーロッパウナギは、平成19年にワシントン条約付属書に掲載されてから雲行きが変わり、平成21年に付属書Uに指定されて以降は取引が規制されるようになって輸入量が大きく減少した。だがその時日本ではそれまで中国から大量に輸入された安い価格のヨーロッパウナギによって、既に国内のウナギ消費の裾野は大きく拡げられていたにもかかわらず、今度は逆にEUの輸出規制によってヨーロッパウナギの供給が細くなってしまったことから、それ以降ウナギ商品は以前のように安く売ることが出来なくなったのである。
国際自然保護連合(ICUN)は、以下の表にあるようにヨーロッパウナギをレッドリストカテゴリーの絶滅危惧種TA類に区分し「ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高い種」に指定している。またニホンウナギとアメリカウナギも絶滅危惧種TB類に区分して「近い将来における野生での絶滅の危険性が高い種」として、ヨーロッパウナギの次に絶滅の危険があるとしている。TA類とTB類は Critically(極めて)という言葉がつくかどうかの違いであり、その言葉がついてないニホンウナギはまだヨーロッパウナギほどの危険性はないと見られているようだ。
またワシントン条約 CITES(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora)では、下の表にあるようにヨーロッパウナギは付属書Uに掲載され、本来「商業目的の貿易及び公海での漁獲物の水揚げは可能」なはずのヨーロッパウナギを、EUは輸出許可書を発行しないことで実質的な輸出禁止の措置をとっている。
異種ウナギの影響
水産庁が発表した資料を活用したここまでの説明で、歴史的に見ると中国から輸入されたヨーロッパウナギが日本のウナギ業界及びウナギ商品市場を掻き回してきたことは多少理解できたのではないかと思う。
ところがEUの禁輸措置に対して、そのままでは引き下がらないのが中国の養鰻業界である。今度は今年になってアフリカのモロッコからヨーロッパウナギ(アンギラアンギラ種)のシラスウナギを 5.2t 輸入したとのことであり、このシラスの量は活鰻ベースで3,120t、製品ベースで2,300t にもなるウナギが日本に運び込まれる可能性が出てきているのだ。それだけではない、中国はフィリピンやインドネシアからビカーラ種を25t、アメリカからロストラータ種を8t、合計33t のシラスウナギを輸入して池入れしたということであり、これらを成鰻に育てこのような異種ウナギを日本に約3,000tほどを輸出しようと計画しているらしい。
中国が新たに手を付けたアメリカウナギ(ロストラータ種)は絶滅危惧種TB類であり、ビカーラ種は準絶滅危惧種(存続基板が脆弱な種)に分類されており、この勢いでこれらのシラスウナギの輸入が続けばアメリカや東南アジア諸国でも、ヨーロッパウナギを輸出規制しているEUと同じような動きをすることになるかもしれないのである。
「歴史は繰り返す」という言葉はこういう時に使うものではないかもしれないが、この先将来的に過去と似たような展開が待ち受けていないとは言い切れないのだから、我々は今この時にどのように対処したら良いのだろうか・・・。
FISH FOOD TIMESは、ウナギについてこれまでに何度も言及してきており、1回目が平成20年 7月号「鰻の刺身 湯洗い造り」、2回目は 平成24年 7月号 103「Bad money drives out good money」、3回目が 平成26年 1月号 No.121「うなちらし(うな重)」 だった。ウナギをテーマとするのは今回で4回目となるのだが、平成20年と平成24年はシラスウナギが不漁でウナギ相場が上昇した時であり、逆に平成26年は漁期スタートの時期からシラスウナギがたくさん獲れて前年の3倍も採捕され、シラスウナギ相場は前年の1kg250万円から十分の一の25万円ほどになったという波乱の年であった。
FISH FOOD TIMESで4回も同じ魚をテーマにすることは他にないのだがそうなった理由として、ウナギ商品を販売する関係者は毎年シラスウナギなどの相場に翻弄されながらも、それらは無視することの出来ないとても大きな存在感があり、また自然環境や天然資源といった今時流行の話題にも事欠かないので、それらを扱う人の商売の姿勢にも深く影響を及ぼしてくるものがあり、ウナギというのは「魚の中のほんの一つでしかない」とは言えないほどの位置づけにあるからである。
悪貨は良貨を駆逐する
それではこのように大きな存在感を示すウナギ商品の中の一つである「ウナギ蒲焼き」の販売に、小売り関係者はどのように臨んだら良いのだろうか。
このところ高くなってしまったウナギ蒲焼きの替わりが出来る商品を販売して売上げをカバーしようとする動きがあり、その一つとして以前から存在しているイワシ蒲焼き、サンマ蒲焼きなどがあったけれど、それに加えてナマズ蒲焼きやとろサーモン蒲焼きなどが最近話題になっている。しかしイワシ蒲焼きやサンマ蒲焼きという商品が、これまでウナギの代替商品としてどれだけ消費者に受け入れられたかを見極めれば、これらの新たな商品がウナギ蒲焼きの替わりになるかどうかほぼ見当がつくのではないかと思う。これらのウナギではない魚を使った「蒲焼き商品」は代替商品として位置づけるのではなく、別種の蒲焼き商品として「脇役的なプラスアルファの品揃え」にするべきだと考える。
いっぽう、まあ本物のウナギではあるけれども「異種ウナギ」と呼ばれるジャポニカ種ではないウナギの扱いについては、これらを品揃えしたら安さの魅力で売れないことはないと思われるが、これらが「売れたら売れたぶんだけ、割高なニホンウナギを使った商品は売りにくくなる」と考えるべきである。
ウナギ蒲焼きという商品は、お客様が大衆魚のように気軽に週に一度でも買ってみようかと思うような商品ではなく、ほとんどの人が年に一度丑の日は必ず買うようにしているけれど、丑の日以外は何か特別なことでもない限り購入に動くことはない商品だと考えるべきであり、年に一度の丑の日だけは多少無理をしてでも割高な国産ウナギ蒲焼きを買おうとするのが大多数の消費者心理ではないかと思う。
そういう消費者が、日頃から割安なアンギラ種やロストラータ種、ビカーラ種などは品揃えされていて、割高なジャポニカ種の品揃えが少ない店に、丑の日になって国産ウナギ蒲焼きを購入するために来店することになるかどうかを考えてみるが良い。
FISH FOOD TIMESは以前、平成24年 7月号 103「Bad money drives out good money」 の中で、イギリスの王室財務官を務めたグレシャムという人が唱えた「悪貨は良貨を駆逐する(良質なものはあまり流行らず、質の低劣なものほど流行る)」という内容のグレシャムの法則を取り上げていたけれど、これはまさに経済原則の真理をついた言葉だと思っている。
この箴言を魚売場に当てはめて考えると、店のウナギ蒲焼き売場にロストラータ種やビカーラ種という「悪貨」が並び始めたら、それらに比べると割高感のあるアンギラ種は隅に追いやられ、更には国産ジャポニカ種を使って備長炭で手焼きをした上画像のような価格の高さが際立ってしまう「良貨」は全く売れなくなって、これらは売場から「駆逐されてしまう」ことになるということである。
そういう魚売場には結果として安ければ良しとするような客が多くなり、多少高くても本物が良いとするお金に余裕のある人はそこに近づかなくなって安物商品しか売れなくなり、魚売場の売上げを伸ばすのは次第に困難になっていくであろう。その店が安さで客を呼ぶスタイルであればそれで良いであろうが、品質と鮮度を売り物にするスタイルの店がそれをやってしまっては後がないと考えるべきである。
以下の画像はかつて筆者が指導させていただいた会社の魚売場が販売していた国産ジャポニカ種を備長炭で手焼きしたウナギ蒲焼きである。このウナギ蒲焼きはまさに絶大な人気を誇っていて、品質については太鼓判を押せる商品であり、魚売場の看板商品でもあった。
いっぽう下の画像は、今年6月現在のある百貨店テナントとして魚売場を運営している大手の魚屋企業が販売していたウナギ蒲焼きである。売価は愛知県産無頭背開き182gが本体価格2,759円、鹿児島県産有頭背開き197gが本体価格2,574円の売価がつけられていた。
魚のプロである読者の方々は、この無頭と有頭の画像を比較して、その売価のバランスが何か変だと思われないだろうか。
筆者は魚売場に陳列されているこれらを見た時から、これは何だか変だぞと直感的に嗅覚的な感覚に訴えるものがあったので、これらを購入して重さを量ってみたのである。
先ず見た目の判断であるが、売価が高い無頭の方は細長く「長身ふっくら型」の感じである。いっぽう安い方はズングリムックリの「肥満系寸胴型」である。
重さが182gの長身ふっくら型の売価は2,759円であるが、肥満系寸胴型はそれより重たい197gもあるのに、売価は2,574円と安いのである。どうしてこんな逆転現象が生じるのであろう。
これはあくまで推測でしかないけれども、どちらも国産ウナギ蒲焼きとなっているが、長身ふっくら型はジャポニカ種であり、肥満系寸胴型はたぶんアンギラ種だと思われるのだ。この形態的な特徴こそジャポニカ種とアンギラ種の違いであり、魚売場で国産のウナギ蒲焼きなのに意外に安いと思ったら、ヨーロッパウナギのシラスウナギが日本に運び込まれて育てられたものだと疑ってみても良いだろう。
しかしこの店で売っている比較的安めのウナギ蒲焼きが産地偽装かと言えば、国内でシラスウナギの段階から成鰻まで育てたという事実が立証されればそうはならないし、店がジャポニカ種とアンギラ種の違いを表示する義務もないのだから不当な表示にも当たらないのである。
つまり現在の日本の魚売場や飲食店で国産ウナギ蒲焼きと表現されていても、昔から日本人が食べてきたニホンウナギだとは限らず、それはヨーロッパウナギかもしれないし、アメリカウナギやフィリピンウナギなのか判別は不能であり、その本当の姿は養鰻業者に聞くしかないのが現実なのである。
コスパ感を高める努力
もともと日本でウナギ商品というのは特別な高級食材であったのだから、これを無理に安く売るのではなく相場に応じたそれなりの価格で売るべきであると筆者は考えるのだが、やはり魚小売りなどの商売をしている関係者にとっては、そんなに悠長なことは言ってられないというのも本音だと思われる。
そこで筆者は、少しでも売上げを下げないための対応策として考えて欲しいのは「コスパ感を高める努力」をすることだと提案したい。例えば巻頭画像の「ウナギ鮨盛合わせ」であるが、これはコスパ感を高めることを意識したものだ。
以下の画像の商品は左から、ウナギちらし鮨、ウナギ中巻き鮨、ウナギにぎり鮨であるが、一人分を想定したこれらの商品をそれぞれ別個に販売するとするとなるとそれなりの売価にしなければならない。
個別の各種ウナギ鮨商品 | ||
---|---|---|
ウナギちらし鮨 | ウナギ中巻き鮨 | ウナギにぎり鮨 |
ウナギ鮨盛合わせ |
しかしこれらを別個の商品ではなく「ウナギ鮨盛り合わせ」として一つに組み合わせるとボリューム感も出てくるので、売価を欲張ってあまりに高いものにすることがなければ、そのバランスの良さからコスパ感をだすことが出来るはずである。
今年の場合、国産ウナギ蒲焼きは標準サイズと言える60尾サイズのまともな商品は、たぶん定番価格は1尾2,500円前後の売価がつけられるはずであり、消費者は昨年からすると割高感を感じてしまうはずである。ところが巻頭画像の商品のように、鮨飯が合計で500gほど入っているウナギ鮨盛合わせ商品を作れば、ほぼ二人前の分量に相当する内容の商品となり、この商品の売価は1,980円も可能なのでお客様にはコスパ感を感じてもらえるのではないかと思う。
ただ勘違いしないで欲しいのは、これらは丑の日の主力商品にはならないということである。主力の販売方法はやはりあくまでも長焼きであり、その売上げを補完するものとして少し手のかかるこのような商品も売場に実現していかなければ、ウナギ商品の売上げはじり貧になってしまう恐れがあると言いたいのである。
今やウナギ商品というのは、レッドリストに掲載されるような希少な魚類を原料とする商品なのだから、これらを安売りでどんどん売り込むという時代ではないと考えるべきではないだろうか。
お客様がウナギ商品を食べた後に「ちょっと高いけど、美味しかった・・・。こんどまた、お金に余裕がある時に食べてみたい・・・」と言っていただけるように、本当に美味しい「本物のウナギ」を品揃えして、リピーターになっていただけるよう努力することが重要だと考える。
水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新してきたこのホームページへの
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更新日時 平成30年 7月 1日