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鮮魚コンサルタントが毎月更新する魚の知識と技術のホームページ
令和 5年 6月号 234
有明海の珍魚
海抜ゼロメートルの干潟に棲む魚
先月号は深海魚のメヒカリだった。しかし今月号は、まったく逆に海抜ゼロメートルの干潟があり、海岸から6km沖まで遠浅となる有明海に棲む珍しい魚たちの一部を紹介することにしよう。
以下が日本で一番広い干潟ができる有明海である。
有明海の名称は、戦後1951年から国土地理院5万分の1地形図で正式に使われるようになった名称であり、それまで北部海域は筑紫海とか筑紫潟と呼ばれ、南部は佐賀県や長崎県の地域で有明海という名称が使われていたようだ。
有明海の平均水深は20mほどの遠浅の海で、海の干満差は3mから5mにもなり、干満差が大きくなる原因は潮汐振動という潮汐による海水の動きによって共振が発生しているためと考えられている。流入河川は九州一長くて大きな筑後川を始めとして多くの川があり、川から運ばれた水によって塩分濃度は薄められるけれど、大きな干満によって川から運ばれた土砂はかき混ぜられ、干潮時には土砂が堆積し、そして満潮時には土砂が浸食されることが絶えず繰り返され、そのことによって海水の塩分濃度は均され、広大な干潟もできるとのことだ。
また、有明海は四方を山に囲まれた盆地状の地形をしていることから1日の気温差も大きく、湾内の水温も季節ごとに大きく変動することから、有明海は日本の中でも独特の生物相を形成しており、珍しい魚がとても多く棲息している。
日本の他地域ではほとんど見られない生物が有明海に多い理由は、このような地形と環境だけではなく、先史的に東シナ海や黄海とのつながりがあったことから、これらの海域と共通する生物も多いようであり、こういう生物のことを大陸系遺存種と呼ぶということだ。こういった珍しい魚は基本的に有明海に面した一部の地域で主に食されており、例えば福岡県の柳川市や大川市では郷土料理の一つとして提供されている。
夜明茶屋
筆者は福岡県に在住しているけれど、福岡県も部分的に接している有明海の珍魚を食する機会はほとんどなく、これまで扱う機会も多くなかったのが実状であり、ハッキリ言ってそういう類いの魚のことを良く知らないのである。しかし筆者のような仕事の立場上、有明海の珍魚達のことを全く知らないし食べたこともないというのでは、その経験値レベルを疑われても仕方ないと思う。そこで、このことは少し古い話で申し訳ないが、2017年7月に有明海の珍魚料理を一通り食べる目的で福岡県柳川市に出向いた。この地で約130年の歴史を持つ夜明茶屋という魚屋さんが営業している食堂を訪問し様々な有明海の魚を堪能したのだ。これは、もう6年前のことなので、記憶は曖昧で味のことも良くは覚えていないのだが、料理の画像は残していたので先ずはそれらを紹介することにしよう。
約130年前の明治23年(1890)当時、まだ女性の社会進出が難しかった時代に、夜明茶屋の初代平野キヨさんは鮮魚店「平野商店」を当時の地名で沖の端、現在の地名柳川市稲荷町に開業した。当時の沖ノ端付近の海域は有明海有数の漁場で、その地の利を活かして鮮魚店から網元へと商売を拡大展開し、その後現在の株式会社やまひらという会社へ大きく発展してきた歴史を持っている。初代の平野キヨさんは酒好きで人と接するのが上手だったことから、夜明けと同時に出漁する漁師さんに漁の安全と大漁を願って、お茶と称した「お酒」を振る舞っていたとのことだ。すると、いつの頃からか平野商店は漁師さんの間で評判となって「夜明茶屋」と呼ばれるようになり、それが今の店名になっているのである。
つまり、夜明茶屋は130年続く魚屋さんなのだ。店に入ると、そこはまさに魚屋そのもので、以下の画像のように有明海の魚を中心とした品揃えがされている。
夜明茶屋の魚売場 | |
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ムツゴロウ | アゲマキ |
ワケノシンノス(イソギンチャク) | ホーゼ(ウミニナ) |
ケップ(アカニシガイ) | マジャク(穴ジャコ) |
ウミタケ及びその他の活貝 | 赤クラゲ(ヒゼンクラゲ) |
クチゾコ(舌平目) | コーケ(テングニシ) |
そして、同じフロアには椅子のテーブルと小上がりのテーブルが合わせて10テーブルほどあり、そこは食堂となっていて、魚売場で売っている魚をそこで食べさせてくれる仕組みになっているのだ。
6年前の2017年7月から、現在の2023年へと時間が経過し、夜明茶屋の様相や料理内容がどのように変化しているのかを今回は確認していないが、その当時は以下のような料理を提供していた。
夜明茶屋の有明海料理 | |
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コーケ(テングニシ)刺身 | クチゾコ(舌平目)煮付け |
赤クラゲ(ヒゼンクラゲ)酢の物 | マジャク唐揚げ |
メカジャ(ミドリシャミセンガイ)煮付け | 干し海茸炙り |
ムツゴロウの骨唐揚げ | ウミタケ粕漬けとワケノシンノス味噌煮 |
ワラスボとムツゴロウの姿造り刺身 | ムツゴロウ甘露煮 |
エツ南蛮漬け | ガニ漬け(ワタリガニ佃煮) |
夜明茶屋でお土産に購入した干しワラスボと干しムツゴロウ | |
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包装形態 | 上がムツゴロウ、下がワラスボ |
表現としては少しミーハーかもしれないが、海のエイリアンとして知られるようになった干しワラスボの顔面画像である。
ワラスボ
上の画像は干したワラスボであり、謂わば魚のミイラであるが、生きているワラスボの顔面アップ画像は以下である。
そして、ワラスボの全体像は以下であるが、購入してから7〜8時間以上は放置していたにもかかわらず元気に生きていて、まな板の上に置いても自由にクネクネと動き回ることから思うようなアングルで写真を撮れず、ワラスボらしい姿は表現できていない。
筆者はこれまで数々の魚を扱い調理してきたけれど、このワラスボほど調理する目的で扱うのに気色悪いと思ったことはないのではないだろうか。 以下の画像はワラスボを調理するに当たって、先ず頭部を切断したのだが、頭部が胴体から離れても口をパクパクさせながら動くので、まともに素手で扱うことをためらった時の動画である。こういう動画は苦手という人は再生せずにスルーしてほしい。
もし上の動画が再生されない場合 Youtube https://youtube.com/shorts/6kT73KH1mJI?feature=share にアクセスしてほしい。 |
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ワラスボはハゼ亜目ハゼ科ワラスボ属に属しているハゼの仲間である。だが、英語では eel goby との名称が付けられているように、ウナギのように細長く、ウロコは退化しているので存在しない。魚肌は粘液質でヌルヌルしていて、ワラスボの調理は一苦労する。何故ならウナギであれば目打ちで頭部を固定すれば調理しやすくなるが、ワラスボは何時間経っても元気よく動くだけでなく、あの鋭い歯を剥きだしにして、パクパク口を動かすものだから、目打ちを打つどころではなく、気色悪くて目障りな頭部はサッサと除去してしまいたくなったのだ。
このため、以下の画像のように次々と出刃包丁で頭部を切り離していった。そうすると、まな板の上はワラスボの頭部と胴体が苦し紛れに動き回り、まるで魚の地極絵図のようで、筆者は地獄の閻魔大王になったような気分だった。
ところが、今回筆者は購入したワラスボの頭部すべてを切断してしまったことで、その結果非常にやりにくい解体作業をしなければならないことになった。
ワラスボの解体作業工程と刺身・鮨 | |
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1,流水をかけながら内臓をかき出す。 | 7,皮を引いた状態。 |
2,肛門から逆手包丁で腹部を切り開く。 | 8,3尾分のワラスボ。皮を引いた身質は白身だが赤っぽく透明感がある。 |
3,残りの内臓を刃先でかきだす。 | 9,薄造り刺身で商品化する。 |
4,大名おろし技法で三枚おろしにする。皮はヌルヌルの粘着質で滑りやすく安定せず、小さくて細い形状は掴みにくく、この作業は本当に苦労した。 |
10,ワラスボ刺身 |
5,三枚おろしの状態。 | 11,細い半身を横に2分の一にカットして、二枚の一部を重ねて鮨ダネにする。 |
6,外引きで皮引きをする。皮は薄いけれど弾力があり、簡単に切れることはなく丈夫だ。 | 12,ワラスボにぎり鮨 |
ワラスボの解体はヌルヌルの粘液質で安定せず苦労したと上記した。反省点としてワラスボは調理の前に塩揉みして粘液を出来るだけ落とす必要があるのだが、その作業が甘かったかもしれないというのが一つである。また、もう一つ試すべきだったと反省した方法は、活ウナギのようにタップリの氷で氷締めして冬眠状態で動きが弱まったワラスボに目打ちして解体したら良かったかもしれないというものだった。
次は、ワラスボの調理がとても簡単な唐揚げの作業工程である。しかし、実は料理としてお勧めできない失敗料理なのだが、こうやって失敗したという事実も伝えておきたいと思う。
ワラスボ唐揚げ作業工程 | |
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1,1尾を4カットほどに切り分ける。 | 3,1回目は170度で10分間揚げる。 |
2,小麦粉をまぶす前に塩揉みをしてヌメリを出来るだけ除去する。 | 4,2回目は180度で8分間二度揚げをする。 |
ワラスボの唐揚げ |
ワラスボの唐揚げは見たところ美味しそうに見えたのだが、残念ながら中骨に固さが残っていて歯に応え、必ずしも美味しく食べられるとは言えなかった。実はワラスボを購入した店の責任者からは煮付けを勧められていたのだが、そのアドバイスに反して唐揚げにしたところ、骨の硬さが取れずワラスボは唐揚げ料理には向いていないというのを実際に料理をしてみて勉強したのだった。
マテ貝
ワラスボについて長い記述になってしまったが、今月号は有明海に棲む魚というテーマなのでワラスボだけのことで終わるわけにはいかない。他に2種類の有明海産魚貝を購入したのでこれも紹介しておこう。
その一つ目はマテ貝である。以下の画像の日本刀馬手差(メテザシ 9寸ほどの長さの短刀)に形が似ていることからこの名がついたとのことである。
通常、刀は左腰に差すが、馬手差は右腰に差して右手で抜く刀である。これは刀身が9寸弱と短い(柳刃の尺包丁とほぼ同じ刃渡り)ので、柄を後ろにして右手で抜いても引っ掛かる事なく素直に抜くことができるようだ。
この刀と同じような形のマテ貝は、その細長い形を利用して砂地に縦に潜り込んでいる。その巣穴に塩を入れると、マテ貝が満潮と間違えて出てくるのを捕獲する潮干狩りは昔から良く知られていたが、その生息数が少なくなり今ではあまり一般的ではなくなってきている。今回購入したマテ貝の半分は少し面倒だったけれど少し手間をかけて刺身にし、後の半分はしっかり手を抜いて塩焼きにした。
マテ貝の刺身 | |
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1,容器には漁師さんの名前入りで、中はマテ貝が200gで24個入り。 | 6,水管と足の部位、二つに分離した状態。 |
2,パックから取り出した24個のマテ貝は、両側から足と水管を出したり引っ込めたりする。 | 7,水管から不可食部分を包丁などの道具を使ってかきだす。 |
3,左手で軽く貝殻を両開きにし、貝起こしを使用して、貝柱部分をなぞるように分離する。 | 8,足と内臓の部位から内臓部を除去する。 |
4,貝殻と内臓を分離した状態。 | 9,左側が足、右側は水管。塩揉みして水洗いし、水分を拭き取る。 |
5,水管と内臓を含む足部分との二つに分ける | 10、マテ貝の殻を扇状に敷いて、その上に足部分を置く。手前のスライスレモンに水管を置き、マテ貝の姿造り刺身が完成。 |
マテ貝の塩焼き | |
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1,殻をつけたまま、軽く水洗いをして不可食の泥などを洗い流し、塩を振る。 | 3,あまり時間をかけると固くなって美味しくなくなるので、1〜2分で焼き目が付いたら終了。 |
2,殻を下にして並べる。 | マテ貝の塩焼き |
マテ貝は脂肪は少なくアッサリ系の味なのだが貝らしい味わいがあり、ご飯のおかずではなく酒の肴にはどれだけでも食べられる上品な美味しさだった。ワラスボのグロテスクな様相と比較すると何とも可愛い生物であり、有明海の干潟でしっかり生き残っていってほしいと感じる存在だった。
アカニシガイ
最後にアカニシガイである。アカニシガイは北海道の南の方から九州にかけて広く分布し、東シナ海や黄海沿岸付近まで棲息し、日本では縄文時代から食べられていて、その貝殻を利用した装身具としても活用されていたようだ。この事実から推測すると、これも大陸系遺存種生物の一つだと思われる。
また、アカニシガイは元々棲息していなかった黒海などへも移植されたようで、それが近年は繁殖したことからトルコやブルガリアなどでは漁獲して食べるだけでなく輸出もされているとのことである。これらは日本にもトップシェルという名前で輸入され、国内産サザエの代用として利用されているようだ。別名でツボ貝やロコ貝という名称の缶詰などの加工食品も、そのほとんどが原料はアカニシガイのようである。
アカニシガイを購入した日、いつも魚の購入でお世話になっている店の魚売場にはアカニシガイが山のように箱ごと積まれていて、水産責任者から「これも有明海産で安いから買いませんか」と勧められた。筆者はその言葉に従って、比較的大きめで、ちょうど手の拳大の大きさのを3個選んだのだが、その価格が3個で200円と知らされて驚いた。
この大きさの本物のサザエだったら何百円もするような貝が1個70円ほどで手に入ったのである。これは確かに安いと思ったので、刺身には2個分を一つの容器に盛りつけたが、それでも姿造り刺身の原料原価は140円ほどにしかならず、以下の画像が格安で出来たのだった。
アカニシガイの姿造り刺身作業工程 | |
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1,アカニシガイ3個の原価は200円。 | 5,貝の蓋と身の間に貝起こし入れて、蓋を除去する。 |
2,目打ちで死刑執行。暫く放っておくと白く濁った水分を中から大量に吐き出してくる。 | 6,貝起こしを使って、身と内臓の部分を分離。 |
3,締められて弱った頃を見計らい、貝起こしに持ち替えて、左回りに動かして中身をかき出す。 | 7,身の部位に残っているハカマ(紐)などを、包丁で削り取る。 |
4,貝殻から取り出された足と内臓の部位。 | 8,足などの可食部位とその他の部分。 |
アカニシガイの姿造り刺身 |
アカニシガイはどうしてこんなに安いのか、同じ巻き貝のサザエと比較すると断然安いが、これは不味いからそうなのかと言えば決してそんなことはないのである。筆者の妻は「これはコリコリして一番美味しい」と言って、たぶん一人で大半を平らげてしまったのである。
宝の海、有明海
さて、今月号は少し長くなりすぎたので、そろそろ締め括りに入るとしよう。今回のように3種類の魚貝を採りあげ、さらに地域性や料理屋さんのメニューにも言及するとこうなってしまう。内容をあまり欲張ってもいけないが、少しマイナーな魚を一つだけを扱うとなると、逆に中身が薄くなることにもなりかねず、この辺の判断は難しいところである。
今月号は有明海の魚をテーマにしたが、まだ気になる点を幾つか残したまま記述を終えることになる。例えば3番目のアカニシガイは何故こんなにも安いのか、単なる需要と供給の関係でニーズがないからなのか、それとも異常発生して価格が暴落したのか、たぶん不味くて売れないからという選択はなさそうである。
特に気になるのは、アカニシガイが肉食性で足の裏から殻の石灰質を溶かす酸を出すことだ。アサリやマテ貝、アゲマキなどが殻をしっかり閉じていても、アカニシガイは酸の力で殻に穴を開けて食べてしまうということだ。今回、アカニシガイに目打ちをして締めた時に白濁した液を大量に出したが、もしかすると、その白濁した液はその酸を含む液だったのかもしれない。
アカニシガイは繁殖して増えれば増えるほど、有明海のアサリなどの貝類は反比例してどんどんその生息数を減らすのは間違いない。ご存じのように、昨年初めからアサリの産地偽装問題で有明海産アサリの売上は大打撃を受けたわけだが、そもそもの原因は有明海でアサリ資源が大きく減少したことに起因している。そのアサリ生息数減少の要因にアカニシガイは一枚噛んでいるのではないだろうか。
魚売場にアカニシガイが箱ごと山のように積まれている光景を見ると、これらは何を食ってこれだけ繁殖しているのかと思ってしまう。磯焼けと呼ばれる海の砂漠化現象には、価値の低い痩せたムラサキウニや漁師さんも毛嫌いする藻場の食害魚イスズミの繁殖などに起因しているが、これと似通ったようなことが有明海で生じているのかもしれない。
昔、有明海は「宝の海」と呼ばれていた。今も有明海で産出される漁業資源に依拠して生活している人たちはたくさんおられるはずである。有明海を宝の海として未来に残していくために、我々は何を成すべきか、水産物販売関係者としても、しっかり考えてみる必要があるのではないだろうか。
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水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新している
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更新日時 令和 5年 6月 1日