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令和 4年 10月号 226
トラフグ刺身
天然トラフグ漁解禁
今年も9月26日(月)朝に山口県下関市の南風泊市場で天然トラフグの初競りがおこなわれた。これに続いて静岡県浜松市にある舞阪漁港では例年10月1日に遠州灘の天然トラフグが解禁されるので、10月3日には初競りがおこなわれるはずである。FISH FOOD TIMES 10月号 No.226 への更新に前後して、天然トラフグの旬に突入するということである。
かつて国内で流通している天然トラフグのほぼ6割が舞阪漁港を含む遠州灘で漁獲されていた時期がある。流通しているトラフグの9割が養殖ものである中で、天然トラフグの希少価値は高く、以前は舞阪漁港で漁獲されたトラフグのほとんどとなる約8割ほどは下関市の南風泊市場に送られ、これらが「下関ブランド」として流通し、残りの2割は名古屋や東京へ送られ、全国一のトラフグ消費地である大阪へは下関の南風泊市場を間接的に経由して運び込まれていたようである。
しかし遠州灘で水揚げされる天然トラフグを地元のブランドとして提供したいという地元の気運が高まり、平成15年に浜松市へふぐ加工処理工場が設立され、「遠州灘天然トラフグ」のブランド名で売り出すことになり、それから地域団体商標としてこれが認定されるなど、全国でも有数のブランドとして認知されるようになったとのである。
ところが下の表にあるように、このところ遠州灘のトラフグ漁獲量は急減している。
その後遠州灘に替わって、東北の福島県相馬市沖で天然トラフグの漁獲が急増しており、2019年に約2.9トンだったのが、20年約6.3トン、21年は約27.8トンとなった。今年も9月1日から始まった漁では、中旬までに計8.3トンが水揚げされ、昨季を上回るペースとのことである。このように遠州灘における近年の天然トラフグ不漁とは逆に勢いがあり、漁獲高は完全に逆転したようなのである。そして、相馬双葉漁協(福島県相馬市)は今年1月に、この状況を踏まえこの地で水揚げされたトラフグを「福とら」というブランド名で売り出していくと発表している。
こういう風に東海の遠州灘沖から東北の相馬市沖へと天然トラフグの水揚げ状況の勢いが変化しているが、マスコミはこのことを、直ぐに「地球温暖化が原因」などという、まやかしの空虚な言葉で片付けてしまおうとする。ところが、海の中はそんなことで簡単に説明できるような構造ではないと筆者は強く言いたい。
例えば遠州灘では、トラフグ漁の弊害となる同じフグ科のサバフグが異常発生している。そして鋭い歯を持つサバフグは、水中でトラフグはえ縄漁の仕掛けに群がり、これを咬み切ってしまう被害が多発しており、これが近年不漁が続くトラフグ水揚げ減少の主な要因となっているのだ。
フグの仲間はトラフグだけではなく、マフグ、ショウサイフグ、ゴマフグ、シロサバフグなどの可食のフグの他に日本近海だけでも53種もの様々な種類のフグが確認されているということであり、これらが上記したように海の中で勢力争いをしているのは間違いなく、特に高価なトラフグは人間に狙い撃ちされることで数多く漁獲され、そのことによって海の中での勢いが削がれていると考えられるのである。
天然トラフグの資源と価格推移
いっぽう、令和3年11月に水産庁が発表した「トラフグの資源管理について」という資料によると、その調査分析結果は以下のようになっている。ただし、これは以下の図にあるトラフグの日本海・東シナ海・瀬戸内海系群という西日本地域だけの限定付きの数値となる。
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約20年間の資源量と漁獲量の推移は以下に示されている。
そして、トラフグ資源量の内訳は以下の通りである。
このように、天然トラフグの資源量は「危機的な状況」にあるとされている。この希少な天然トラフグの相場を決めるのは、やはり日本一のトラフグ消費地を抱える大阪の本場市場である。トラフグは全国の約6割が大阪、約3割が東京で消費されており、何と言っても「食い倒れの街」と称される大阪がトラフグの相場を左右しているのである。その大阪本場市場での天然トラフグの価格推移は以下のグラフに示されている。
10月から天然トラフグ漁が解禁されて入荷するようになるので、グラフには空白があり、毎年4月から9月の期間は天然トラフグの相場は成立しない。2021年10月下旬に大阪・本場市場で行われた競りでは、天然トラフグの卸値は1kg当たり、高値が7,020円、中値が5,400円、安値が4,320円となり、前年2020年の同時期と比べ4割程度安い水準だったことから、2021年の天然トラフグの1尾当たりの価格はだいたい4,500〜10,000円程度だったと見て良いだろう。
養殖トラフグ
いっぽう、養殖トラフグの方はどうなのだろうか。
このグラフにあるように、養殖トラフグの全国生産量は2019年に3,824トンだったので、天然トラフグとは桁違いのボリュームである。そしてその価格はどうなのか、やはり大阪本場市場相場を参照してみよう。
このグラフを見ると、養殖トラフグの平均的な価格は2,500円/kg前後になると思うのだが、今年の春は急激に相場が上昇し、3,000円/kgを超えていて異常な形となっていた。その傾向は9月末の時点でも続いていて、9月末に筆者が巻頭画像フグ刺しを作るために購入を依頼した店の責任者からは「養殖物は高いままなので、どうせなら天然物にした方がお得ですよ」とのアドバイスを受けたのである。
何もかも物価が上昇しているご時世なので、そう言われてそのことをあまり奇異には感じなかったのだが、よく考えてみると今年の初めから相場が急上昇しているということは、ウクライナ侵略戦争の以前からであり、これは日本が「with corona」政策に舵を切り替えて、飲食店の仕入れ需要が回復したことと関係しているのかもしれないと推測することになった。
トラフグに限らず養殖魚の場合は、日本国内の事情だけでなく海外の動向による相場の影響も無視できないものがあり、特にトラフグは中国産の影響を無視することはできないので、その辺の事情を見てみることにしよう。少し資料としては古いが2018年1月に、太平洋貿易(株)会長 田嶋猛氏が発表された資料があり、これを以下に紹介したい。
上の表は、日本の養殖トラフグと天然か養殖かの区別が明確にされていない中国産輸入トラフグの数量と金額の対比を示している。そして、以下のグラフはその中身が活魚なのか、鮮魚なのか、冷凍魚なのかの割合である。
上の表とグラフを概観すると、中国輸入トラフグの存在感は以前より弱くなってきていると見ることが出来るであろう。つまり、現時点でのトラフグ相場は中国産による影響はそれほど大きくはないと推測しても良いのではないだろうか。今の円安状況が続くとすると、中国産トラフグの輸入価格が下がることで国内養殖トラフグの相場に影響を与えるというのは考えられないと思われる。
トラフグ販売の環境
トラフグの資源とそれに関わる環境は上記したような状況であるが、次にその販売環境についても触れてみよう。
筆者はトラフグの刺身をスーパーなどで小売りすることにあまり積極的ではない。その理由は、第一に非常に高価な割りにはボリュームがなく、コストパフォーマンスが悪くて一般大衆を相手にする商売には適していないと感じるからである。第二に丸魚から解体して商品として販売するには資格が必要なことを含め、毒物処理など商品化するまでの工程が煩雑であり、費用と効果のバランスが悪すぎる。第三にそういう煩雑な作業工程を省いて小売りするために工場で作られたアウトパック刺身は、一体いつ解体し、どれだけ寝かせて引いたものか確認できず、しかも鮮度的な点から食べて美味しくなく、しかもこれらを仕入れて販売したとしても値下げや廃棄が多発して儲かったためしがないからだ。
これまで筆者は仕事柄、トラフグ刺身を売ってみたいとの相談を受けたら「たぶん儲からないから、それは止めた方が良い」としかアドバイスしてこなかった。特にフグ刺身というのは地域性が強く、大阪、山口、福岡以外の地域のスーパーなどでは間違いなく売れないと言っても良いし、これらが多少売れる地域であっても、値下げと廃棄のレベルは尋常ではなく、フグ刺しは小売商売として成り立たないのが普通である。
つまりフグ刺しを商売としてお客様に提供できるのは特殊な専門店の独壇場であり、不慣れな人が付け焼き刃で手を出すと大やけどをする世界なのである。
フグを解体処理して販売するにはフグ処理師の免許が必要なことは周知のことと思うが、これは全国の各都道府県で資格制度の内容が違う。例えばフグの本場の一つである福岡県は「学校教育法第57条に規定する者で、3年以上ふぐの処理の業務に従事した者、又は5年以上フグの処理に従事した者」という要件を満たしておく必要がある。また東京都の場合は、東京都のフグ処理師のもとで業務に2年以上従事する条件に加え「調理師免許」を有していないとフグ処理師免許試験を受けることができない。ところが意外なことに、日本一のトラフグ消費地である大阪府はこのような厳しい資格要件はなく、学科と実技の講習を受ければ誰でも免許がもらえるのだ。
そしてトラフグの取扱量で日本一の山口県はどうかと言えば、これまで福岡県とほぼ同じレベルの厳しい資格要件を求めてきたが、2021年12月に3年以上フグの処理業務に従事した者という受験要件を撤廃し、フグ処理師免許取得の門戸を広げることになり、今年の試験でフグ処理の実務経験のない30歳の大学講師が実技試験に挑戦し合格したということだ。
実は何を隠そう、筆者もフグ処理師免許は持っていない。しかしトラフグの解体は出来るし、熟練の職人と比較するとあまり上手とは言えないが、巻頭画像のようなレベルであればフグ刺しを作ることが出来る。その理由はまさに「3年以上フグの処理の業務に従事した者」という条件を欠いているからである。だが限られた期間ではあるが、筆者はトラフグだけでなく、マフグ、シロサバフグなどを解体する経験はそれなりに積んだし、12月から1月の厳寒の時期に冷たい水のなかで、トラフグのウグイス骨から血を絞り出す作業を何十匹もさせられたこともあるのだ。
でもフグ処理師免許は持っていないのは事実であり、相変わらず厳しい資格要件が続く筆者が在住している福岡県ではなく、出来るのであれば来年の山口県のフグ処理師試験に、筆者は70歳を過ぎた老体に鞭打ってチャレンジしてみようかなと考えることもある。しかし今後のことも含めて必要性の点で踏み切るかどうかは分からない。何しろ筆者は、これまで「ハッタリと度胸、経験と技術」だけで生きてきたのであり、何らの資格も持っていない、カッコ良く言わせてもらえれば、謂わば無冠の帝王(?)なのだから・・・
おもてなし
巻頭画像のフグ刺しは、9月末に筆者が2021年2月まで13年間にわたり毎月仕事で訪問していた沖縄から親しい人が福岡にやってくるということで、沖縄にない飛びっ切りのおもてなしご馳走は何かと考えて出した結論だった。トラフグの解体は販売するのでなければ免許がなくてもやって良いのだが、やはり毒物処理が厄介だし、大事な人を殺すことになっても嫌なので、贔屓の店の責任者お勧めの約1.5kgの天然トラフグを身欠きにしてもらって購入した。
上のトラフグ身欠きの画像は、その時のものではなくネットからお借りした画像であり、ほぼ同じような状態で購入した。いつもの懇意にしている店で購入したのだが、そこの水産責任者の方が筆者の目の前で解体をしてくれただけではなく、なんと皮引きまでしてくれたのだった。切れる包丁が直ぐダメになる皮引きをしなければならないことを考えると気が重くなっていたので、これには本当に感激した。(いつもよくしてくれてありがとうございます。感謝してます)
9月20日(火)に身欠きを購入し、三枚におろしてキッチンペーパーとフィルムに包み、皮、トウトウミ、ミカワは直ぐにボイルして水気を切り、これらを22日朝まで冷蔵庫で寝かして熟成させ、22日の午前中にフグ刺しを作った。蛇足になるが、念のためにフグの知識があまり豊富ではない人向けという条件で記しておくと、活魚のフグを解体して直ぐに刺身にすることは基本的にない。これは刺身を無理に早くおこなうと、薄造りで美しく盛りつけたフグ刺しが死後硬直による縮み現象によって歪に変形し、そのイメージした形を成さないからである。また、フグを数日寝かせて刺身にした方が熟成して美味しくなり、活魚ではないことから刺身にするのもやりやすいのだ。
今回フグ刺し作りは久しぶりのことで、出来映えがどうなるか分からなかっただけでなく、これは自分や家族が食べるのではなく、遠くからやってくる親しい大事な人のために作るという理由でフグ刺しを作ることに集中し、この工程写真は省いて出来上がりだけを撮ることにした。トラフグの解体工程やその他の知識に関してはFISH FOOD TIMES平成23年2月号 No.86でも記しているので、そちらで今回は触れていない知識を補って欲しい。
容器はニシキの丸薄皿で一番大きい32pを使ったけれど、この皿1枚に全てを盛りつけることは出来なかった。皮やトウトウミなどは半分以上を別皿に盛りつけ、トラフグのアラは同じ食卓に添えたハモ鍋の中に一緒に入れて食べようとしたが、結局これは手付かずでそのままだった。
さて、今月号の内容は少し毛色が違ったものになっていることを感じた方もいるもしれないが、今後既刊号との違いを出していくためにはこういうスタイルが増えていくことも有り得るだろうと思っている。これからも筆者は「何ものにも縛られず、思いつくまま、自由に・・・」魚のことを色々と記していきたいと考えている。
読者の皆さん、そんな奔放なスタイルのホームページだけれど、今後ともよろしく、ご愛読いただきたいものである。
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水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新している
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更新日時 令和 4年 10月 1日