ようこそ FISH FOOD TIMES


平成26年 9月号 No.129


紅鮭ステーキ


ここしばらく1年以上に渡って高止まりしていたサケ類全般の取引相場が、これからもこのまま同じように高値で推移していくことはないかもしれない。

それというのも、例えば今年の6月27日(米国時間)にはアラスカのブリストル湾で天然紅鮭が1日に266万尾もの大漁となり、これは1999年7月2日の344万尾以来史上2番目の漁獲記録となったのである。

その魚体のサイズは2/4サイズの小型が多いようだが、その後も順調な漁獲が続いて最終的にはトータルで2010年以来の3,000万尾前後の漁獲になったといわれている。

また、カナダのフレーザー河の天然紅サケについても順調な漁獲が続いていて、合計600万尾超えは堅いという予測がでている。

このように天然紅鮭がアメリカ・カナダで豊漁となっている一方で、養殖サーモンについてもロシアがウクライナ問題のロシア制裁措置への報復として、ノルウェーからのサーモン輸入を全面禁止にしたため、ロシアに向けて輸出していた年間約12万トンのノルウェーサーモンは行き場を無くし、その分が日本を始めとして他の国々へと代替輸出先として振り向けざるを得なくなっているのだ。

ノルウェーにとってロシアは最大の水産物輸出相手国で、2013年はロシア向け生鮮輸出の81%がサケ・マス類であり、12万トンというのは1週当たりに換算すると、20フィート21トン保冷コンテナのトレーラートラックで週に106台分がロシアへ輸出されていたという計算になる。

これだけのサケ・マス類が行き場を失ったのだから、ロシアがノルウェーからのサーモンの輸入禁止を継続していく限り養殖サーモンの相場はこれまでのような強気の価格一辺倒は通らないことになるはずである。


サケ・マス類は2012年に世界で約409万トン生産されたが、ノルウェーはその中で世界第一位を誇る約131万トンの養殖アトランティックサーモンを中心としてサケ・マス類を生産していたので、その約1割近くの輸出先がロシア向けだったということである。

ちなみにロシアは2012年に約48万トンのサケ・マス類を生産して世界第3位のサケ・マス類生産国であり、第2位はチリで約82万トンだった。

サケ・マス類生産で世界の1位と2位のノルウェーとチリは、いづれもアトランティックサーモンやトラウトサーモンという養殖サケの生産が圧倒的な中心生産物となっており、それとは逆に第3位のロシアと第4位のアメリカ(生産高約33万トン)についてはほとんど天然鮭が生産の中心なのである。

そして、2012年の天然鮭生産の中でも紅鮭はロシアが約5万トン、アメリカは約9.5万トンだったが、この年の世界の紅鮭生産量は14.9万トンだったので、紅鮭の生産はアメリカとロシアの2カ国でほとんどが生産され、残りの僅か4,000トンほどがカナダや日本で生産されているという計算になる。

また日本のサケ・マス生産量は同年に世界6位の16.6万トンだったが、白鮭を中心とした天然鮭がその内の14.8万トンを占めていた。

日本の天然鮭は放流事業による白鮭の漁獲が中心だが、その他にもロシア海域で漁獲する紅鮭などの漁獲も多少はある。

2012年のロシア200海里海域におけるサケ・マス漁獲交渉の妥結条件は、操業総枠が約7,070トン、漁船一隻当たりの漁獲割当量は292トンであり、入漁料がキロ当たり306.6円であった。

さらに紅鮭、シロザケ、ギンザケ、カラフトマスなどの魚種ごとの漁獲量があり、最大量を漁獲した場合は一隻当たり約8,900万円を支払うことになり、出漁する際にそのうちの半分ほどの前払金として約4,000万円を支払う必要があるが、ちなみにこの年の紅鮭漁獲割当量は2,289.2 トンだった。

水揚げは魚種にもよるが、s当たり千円として一隻の漁獲枠の目一杯292トンが獲れたとすると2億9200万円が見込まれるので、1億2千万円のお金をかけて2億数千万円の水揚げを期待することになるのだ。

このようなコストをかけた紅鮭は本来「本ちゃんベニ」と呼ばれ、贈答用などに高値で取引されるのがこれまでの通例のだったのだが、今年の場合は6月の新物搬入時期でも17.5s箱の8〜10尾サイズで1,100円/s 〜 900円/sと昨年よりも10%ほど安値となったのである。


紅鮭は身の色が赤いのが特徴であるが、それだけではなく下図のように産卵を前にすると魚体表面も美しい紅色の婚姻色となるのが大きな特徴である。

かつては北海道にも紅鮭の遡上があったようだが今はその事実はなく、太平洋西岸では千島列島以北、そして太平洋東岸ではアメリカのカリフォルニア州以北の上流に湖を抱える川に遡上する。

紅鮭はサケ科魚類の中でも特に母川回帰性が強く、その川の支流まで正確に遡上するということで、河川で産卵された卵は4週間ほどで仔魚に成長し、そのまま川を降って湖に入り、その湖で1年から3年過ごした後に海へ降っていくということだ。

紅鮭はこのように海へ降るのだが、海へ降らないでその一生を湖と河川の淡水域だけで生きる陸封型のヒメマスという同じ紅鮭の仲間が存在するが、これは地殻変動などによって川が遮断されて降海できなくなった紅鮭が川に閉じ込められてヒメマスになったのだと考えられている。

紅鮭は特に環境にデリケートな魚で、海の汚染に弱く清浄な海域でしか育たないことや、特に動物プランクトンへの食性が強いという特徴などから、紅鮭だけはまだ養殖することが出来ない魚なのである。

アトランティックサーモンやトラウトサーモン、銀鮭などといった、今や食べる鮭の主流となっている養殖鮭は、餌の原料に魚粉、魚油、小麦粉、大豆、身の色を赤くするための添加物などを使用している。

また養殖鮭は生け簀という限られた範囲の中で育つため、運動不足であり、栄養タップリの餌の効果で脂質が豊富であり、刺身で食べるととても美味しいのだが、養殖生け簀内の感染症の病気や奇形魚を減らすために、抗生物質や、ホルマリン、抗菌剤などを使用している負の側面は承知しておかなければならない。

そのいっぽう紅鮭については養殖が出来ず100%天然魚であるがゆえに、餌はアスタキサンチンを多く含むエビの仲間のオキアミや小魚、藻類などを食べて育ち、北の冷たい清浄な広い海を自由に回遊していることから、冷たい海水に適応した脂の乗りがあり、人々が日常的に皮まで食べても安全で安心なヘルシー食材なのである。


そんな健康でヘルシーな紅鮭が天然であるため漁獲の不安定さは免れず、取引価格もそれほど安くないことから売価も比較的高値にあり、このところ何年もの長い間養殖鮭の勢いに押されて全国の魚売場から姿を消しつつあった。

現に魚売場に紅鮭を品揃えしないことに何ら違和感を覚えない売場担当者も多く存在しているし、品揃えを絞り込む考え方の企業ではバイヤーでさえもが紅鮭の品揃えを「必要ない」と頭から否定しているところも実際にあるのだ。

紅鮭が成長の過程で食べる甲殻類のアスタキサンチンは身肉の紅色の色素となっていて、脂溶性のカロテノイド類の一種であり、抗酸化性があるのでアンチエージング効果が期待されるけれども、このアスタキサンチンなどの栄養が豊富な天然紅鮭を健康という面から購入したいと思っているお客様がいたとしても、これではその購買の機会が奪われる不幸なことが生じる恐れがあるのである。

今年はそんな好ましくない流れを見直す良い機会が「価格的な追い風」の可能性と共にやってきたと捉えるべきではないだろうか。


例えば、現状の紅鮭の販売方法は下の画像のような守りの販売方法が主流となっている。

  

つまり、これらはいずれも真空袋に入れて「賞味期限」を長くするという方法によって、値下げと廃棄のリスクを低減しようとしているのである。

しかもその売価は切身1切れが200円や250円という高さであり、品揃えはしていても最初からあまり売る気というのは感じられない。

もし売る気があるならばこんな真空袋などではなく、インストアカットで切り立ての切身を以下のような形で販売すべきだろう。

最近では鮭の切身も何処かの食品工場の機械であらかじめ切られている切身を仕入れて売る店も多くなり、魚売場に従事しているのにまだ一度も鮭を切ったこともないという人もいるのだから驚きである。

参考のために、水産部門初心者を想定して上画像のようなオーソドックスな半身切身だけではない、他の塩紅鮭SKUを以下に紹介しよう。

弁当用腹身切身5切 弁当用背身切身3切 切り出し切身
ハラス塩焼き用 中骨と腹骨のアラ 鮭カマ

以上は「塩紅鮭」を前提とした商品化であるが、次は今年こそタイミング的に是非力を入れてほしい「冷凍紅鮭」である。

まず冷凍紅鮭ドレスの尾ビレの方から三分の二を輪切りにする。

そしてこのステーキ用の輪切り切身を1切れ盛りと2切れ盛りへと商品化をする。

 

 

そして、次に残りの部位は頭部の方へ向けて半割にし、半身切りの切身にする。

  

この半身切身の2切れ盛りと3切れ盛りの商品化は特に珍しいものでも何でもないが、上記したように昨今は工場カットの切身が魚売場であまりにも大手を振って歩いていることが多く、このような鮮やかな紅色を輝かせたインストアカットの紅鮭切身商品をあまり見かけなくなったことは本当に悲しいことである。


さらに輪切りのステーキ用カットのような商品は、今や全くと言って良いほど魚売場から姿を消してしまっているようだ。

例えば、今時はレストランでサーモンステーキを注文すると、以下のようなステーキというよりもソテーが出てくる時代である。

このサーモン料理の材料は間違いなく養殖サーモンであり、それは確かにジューシーで脂も乗っていて柔らかくて決して不味くはないのだが、やはり天然紅鮭のカチッとした身質でありながらもその身を噛んだ時にジワッと出てくる旨味の奥深い味わいとはやはり別物なのである。

こんな違いがあるからこそ、天然紅鮭の美味しさと栄養面での有用性をお客様にしっかりアピールしていくべきではないだろうか、今年はこなれたものとなりそうな価格の面からそのチャンスがやってきたと考えるべきであろう。

そして筆者は巻頭画像のように立派な形の紅鮭ステーキが、価格面でのコストパフォーマンスも打ち出せる「ディナー用ご馳走」として脚光を浴びることにならないものだろうかと思う。


ちなみに蛇足になるが、巻頭の画像は筆者が33年前にある会社のバイヤーをしていた昭和57年7月にアラスカへ紅鮭を仕入れに行って、当時所属していた会社で筆者が買い付けてきた紅鮭を販売促進していくために、その年の10月頃に作成した下画像の販促パネル(1,200ミリ×450ミリ)に使用した写真のコピーなのである。

当時、総合商社丸紅と一緒にアラスカのアンカレッジへ飛び、そこからセスナ機に乗り換えて、キーナイ、コディアックなどを回って紅鮭の水揚げ状況と冷凍処理工場の様子などを視察し、全店で販売する予定の半年分にもあたる紅鮭をコンテナで仕入れたのだった。

このパネルの料理画像は、その時アラスカのレストランで食べた厚く輪切りにしたサーモンステーキの味に深く感動し、この料理を是非日本でも拡げたいという思いがあったのである。

しかし33年前「ステーキもシーフードの時代です」とパネルに記し、紅鮭を使ったステーキ料理をお客様にアピールしたものの、ここまでを振り返ってみるとその意気込みとは裏腹に、何とそれから既に33年も経っているのに家庭でその料理が定着しているとは言えないようだし、レストランでの人気メニューにもなっていないようなのだから、残念なことではあるが「お前の時代錯誤も甚だしい」と言われても抗弁しようがない。

33年前の予言が今になって実現するって・・・、ないだろうなあ・・・




更新日時 平成26年 9月 1日


食品商業寄稿文

食品商業寄稿文(既刊号)

食品商業2013年7月号

食品商業2013年6月号

食品商業2013年5月号

食品商業2013年4月号

食品商業2013年2月号

食品商業2012年10月号

食品商業2012年9月号


ご意見やご連絡はこちらまで info@fish food times

FISH FOOD TIMES 既刊号


(有)全日本調理指導研究所