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平成27年 6月号 No.138


活アイゴ平造り


今月号は一般的に必ずしも評価は高くない・・・と言うより、世の中において食べる魚としてあまり興味を示されることのないアイゴという魚について触れてみよう。

アイゴの仲間であるゴマアイゴという魚については、FISH FOOD TIMES 既刊号の No.91ゴマアイゴ薄造り(平成23年 7月号)の時に記していて、この魚は沖縄では高級魚として扱われることを伝えていたけれども、今月号のアイゴはゴマアイゴと同じ仲間であるにもかかわらず、その全く反対に低級な魚としてしか扱われていないのが大きな違いである。

スズキ系スズキ目アイゴ亜目アイゴ科アイゴ属に属するアイゴの食性は、甲殻類などを食する雑食性だということだが、なかでも海藻類を好んで食べることから、沿岸の藻場が消失する「磯焼け」の原因をつくる魚の一つとして、あの嫌われ魚の一種であるイスズミなどと共にアイゴはその犯人扱いをされている魚なのだ。

磯焼けの問題については、FISH FOOD TIMES 既刊号の No.116 イスズミ平造り(平成25年 8月号)でも詳しく記しているので参考にしてほしい。

アイゴは何故低級な魚としてしか扱われないかと言うと、その海藻などを好んで食べる食性から、時期的には腹の中の海藻が強烈な磯臭さを放つこともあり、その臭いの強さが嫌われる第一の原因のようである。

しかしこの内臓の磯臭さというのは、時間が経過した鮮度落ちの魚はどの魚でも同じであり、特に植食性魚種と呼ばれるアイゴ、イスズミ、メジナなどは、時期的には食べた海藻などが強烈に臭うこともあることは否めないけれども、基本的に速やかに内臓を除去してしまえば、臭いが魚体にでも移っていない限り問題ないのである。

別名でアイゴはバリとも呼ばれ、筆者はバリとはヒレのトゲのことだと思っていたら、そうではなく「小便」のことを意味しているようで、バリとは言わば「小便臭い魚」という表現であり、その名前からしても低級で小馬鹿にされた魚だと言えるであろう。

さらにアイゴが嫌われる2番目の原因としては、背ビレと尻ビレのトゲ先に毒を持っていて、このトゲに刺されると数時間から数日間は痛みが続くこともあるとのことだから、アイゴを頭から毛嫌いして扱うのを敬遠する人も出てくるはずである。

筆者はアイゴを調理しても刺された経験が無いので実際には分からないのだが、もしトゲに刺された場合は「人間が我慢できる限界の温度である40〜60℃」ほどのお湯に刺された患部を入れたままにしておくと、毒素が不活性化して痛みが軽減できるとのことであり、その真偽は定かではないけれど、現場で魚を調理する人は一応念のためその知識を頭に入れておいた方が良いだろう。

毒を持つ背ビレと尻ビレは、下の画像のように先ず包丁で叩き切って、ヒレを除去してから調理すべきであり、これさえ最初にしておけば後は何ら危険なことはない。


6月頃のアイゴの仲間は7月8月の産卵期を控え、卵巣が大きくなっていく時期であり、下の画像のように腹を開けると巨大な卵巣が出てくることも多くなる。

地域によってはアイゴは漁船の上で調理され、魚体はそのまま海へ捨てられて他の魚の餌となり、この卵巣だけが港に持ち帰られ売り物になるという存在でもあり、アイゴの魚卵は6月前後の季節だけ味わえる風物詩になっている。

だからアイゴは例えば定置網にかかっても誰も見向きもしないのが普通であり、筆者は定置網の水揚げがあった港で漁師さんから「欲しいならタダで持っていってイイヨ・・・」と言ってもらえたのを、喜んで頂戴してきたのが画像で紹介している仕入れ価格ゼロ円のまだ活き物状態にあったアイゴなのだ。

筆者が調理した活のアイゴは内臓が何処にあるのだろうというくらい、巨大な卵巣によって内臓は隅に押しやられ、腹の内部は嫌な臭いがするどころか、ほとんど臭いもなくきれいなもので、腹腔には下の画像の中に見えている白い大きな浮き袋が目立つくらいのものだった。

これを三枚におろすと、

魚体の大きさと比較すると腹腔の割合は大きく、扁平な形の魚体であるが故に歩留まりは決して良くないのが見るだけで判断できる。

しかし仕入れ値はゼロ円だし、価格がついたとしても二束三文の値段しか提示されないはずだから、歩留まり率なんか気にすることは何もないのである。

巻頭画像の刺身は平造りの厚切りであり、これくらいしっかりボリュームをつけた商品をつくっても原価はたかがしれたものでしかないのだ。


これを刺身や鮨にするために皮すきをすると、表面が白い皮下脂肪に覆われた皮下の身が現れた。

 

皮すきをした上の画像を見て、これを真鯛と間違える人はいないとしても、高級魚であるイシダイと間違える人はいないだろうか・・?

皮をすき終えると、その白身はそれほど上品な高級魚のような容姿を持っているのが分かるのだ。

これを刺身にしたのが巻頭画像であり、にぎり鮨にしたのが下の画像である。

筆者は実際に刺身やにぎり鮨を自分でつくって試食してみて、その臭いがきつかったかと言えば全くそれはなく、それでは味が悪いのかと言えば、この時期の麦わら鯛と呼ばれる産卵後の真鯛なんかとは比べものにならないほど数段上の天然魚らしい上品な味だったのだ。


例えば量販店の水産バイヤーの中には、アイゴのような日本の沿岸地域で大量に漁獲され仕入れ価格が安く、しかも美味しい魚を表面的な偏見の知識で頭から毛嫌いして見向きもせず、高値安定の養殖魚やいつでも手に入る外国産の冷凍魚などを、いかに安く仕入れるかといったことにしか興味を持たない人がいるのは、本当にそれで良いのかと疑問を感じることがある。

アイゴを好んで食べない日本のある地方の魚市場においては、時には山積みされたアイゴを前にして「幾らでも良いから持ってけ・・・!」と、捨て値に近い価格で取引されることもあるのだ。

しかし日本の中にはアイゴの価値が分かり、これを好んで食べている地方もあり、そこでは昔から地方の伝承としてアイゴの美味しい食べ方が伝えられてきたようである。

その地方の一つである和歌山県ではアイゴのことをシブカミと呼び、また和歌山県と海を挟んだ四国の徳島県ではアイという名称で呼ばれていて、両県では一夜干しや塩焼き、煮付けなどで賞味され、特に3%程度の濃度の塩水に20〜30分程度浸し干して完成させるアイゴの干物は、干すことによってアイゴ独特の風味が香りとなり、炙ることにより香ばしい香りが楽しめるアイゴの美味しい食べ方の一つとなっているらしい。

また播磨灘に面した(徳島県鳴門市、香川県高松市、岡山県備前市、兵庫県姫路市等)の地域でアイゴを好んで食べる人達は、刺身やタタキ(炙り)や煮付けで食べるのはもちろんのこと、小型のアイゴについてはその身だけでなく内臓も好んで食べる習慣があるようなのだ。

特に海草(海藻ではない)の一種であるアマモを食べて育ったアイゴの内臓は美味しいと言われていて、この地域のアイゴ好きの人は身そのものより「ウズマキ」や「ゼンマイ」と呼ばれるアイゴの内臓を煮付けにして食べるとのことだ。

このようなことから、徳島県南部の方ではアイゴは皿をなめてしまうほど美味しいということから「アイの皿ねぶり」と表現するほどアイゴが珍重されることもあるということである。


海草のアマモを食べて育ったアイゴを煮付けにして内臓をどんどん食べるべきだという主張をすることは、筆者自身も食べたことのない料理なので、これはあまりにも現実的ではなく、宙に浮いた提案でしかないと思えるので、そのようなことはアピールしない。

しかし例えば新聞の社説などで、海洋温暖化、海洋酸性化、海洋汚染によって「海は荒れ魚資源が枯渇している」との論調で警鐘を鳴らしている現場知らずの高尚な立場の人達にとっては、日本のほとんどの地域で見向きもされず、魚売場に並ぶことのないアイゴのような「低級魚」は眼中にない魚種でしかないようだ。

いったい魚資源の枯渇とはどういう魚を対象にしているのか、アイゴだけではなくイスズミのような漁船の上では獲れる側から海に捨てられていて、漁業関係者に嫌われている厄介者の魚達は、魚資源としてカウントされているのだろうか。

魚の知識が普通のお客様にはあまり知られていない、アイゴのような魚は基本的に売れる可能性も低く漁師の漁獲対象にならないから、生き延びて勢力を拡大する可能性も大きくなり、海の中での勢力図が大きく変化しているかもしれないのである。

最近ネットで公表されている「うみラボ 福島第一原発沖調査レポ」を覗いてみると、福島原発沖の海域では、マダラ、メバル各種、アイナメ、ソイなどが爆釣りと言えるほど釣れていて、ある一定期間禁漁という措置が講じられると、陸上に棲む人間が想像する以上に海の中の生態系は大きく変化していくようなのである。

これはついでの話なのだが、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、近年の海の温暖化や酸性化の支配的要因は化石燃料依存の人間活動によるものだと結論づけているけれども、この結論というのは「地球の磁場や紫外線などの宇宙線による雲の影響、そして地球の70%の面積を占める海の環境変化への柔軟性」などを踏まえると、筆者は海の問題に関しては少し無理のある結論ではないかと感覚的に感じている。

話題が少しテーマからそれてしまったので話を元に戻すと、今月号で取り上げたアイゴという魚は、確かに人間が食する主力魚種とは決して言えないけれど、マグロやサケだけが人間の食べる魚ではないのであって、ある一方的な偏見によって人間の食の対象から外され敬遠されているアイゴのような魚にも、少しは目を向けて欲しいと言いたいのである。

アイゴはその扱い方一つで美味しく食べられるかどうかが違ってくるから、アイゴに関する知識も多少は必要となってくるが、それは特別に難しいことは何もなく、今月号で記してきたほんの簡単な知識を加えるだけで良いのだから、これからはアイゴにも少しは目を向けて欲しいものである。


更新日時 平成27年 6月 1日


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