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令和 4年 5月号 221
戦争と魚
戦争が水産物の価格に与える影響
「戦争と平和」はロシアの作家トルストイが19世紀前半に執筆した長編小説であることはご存じの通りと思うが、小説の舞台となった200年前当時のロシアの敵は、フランスからウクライナに相手を替えて戦争が始まり、この影響を受けて世界経済は大きく動揺している。
この戦争が始まって、価格面での影響を直ぐに受けたのがノルウェーの空輸サーモンである。サーモンを運ぶ航空機がロシア上空を飛行できず、これまで使用してきた主要ルートでの空輸が難しくなって輸入量が大幅に減り、日本での流通価格は戦争前の頃からすると30〜50%も値上がりし、今や生アトランサーモンの店仕入れ価格はトリムC で3,000円/kgは珍しくないというのだから驚きである。
生アトランサーモンだけではなく、2022年3月20日の時点で水産庁が集計した東京都卸売市場のサケ・マス類の卸売価格は以下のように発表され、サケ・マス類全般が値上がりしているのが確認できる。
この数字は2月24日の戦争開始から1ヶ月未満で実施した集計なので、まだ値上がり影響度は比較的低いレベルにあるはずであり、まだこれから先に数字としては大きな変化がでてくると思われる。
直近の朗報としては、ロシアの川で生まれたサケ・マスに関する日本とロシアの漁業交渉が4月23日に妥結し、北海道周辺の日本の排他的経済水域(EEZ)内における、2022年の日本漁船によるサケ・マス漁獲量は2,050トンとなり、漁業者が漁獲実績に応じてロシアに支払う漁業協力費はこれも前年と同水準の2億〜3億円の範囲で決まった。
しかし欧米に歩調を合わせた日本政府のロシア経済封鎖に対するロシアの反攻が、今後どのような形で日本に向けられるのかまだ見えない側面もあり、輸入水産物の価格にどれだけ大きい影響が出てくるのか計り知れないものがある。なにしろ日本の水産物輸入がロシアに依存する部分は以下の表のように非常に大きいからである。
上の表は日本が2021年度に水産物を輸入した相手国を、国別に金額が大きい順で表にして並べたものであり、ロシアは中国、チリに次いで3位の位置づけである。
そして、以下の表は農林水産省が水産物輸出入情報・概況として発表した品目別水産物であるが、その中でロシアが上位から三番目までに入っている品目を筆者が選択し、これを並べ替えて編集した表である。
上の表から推測できる、これから影響を受ける水産商品として、先ずマダラすり身を原料とする水産練り製品全般が大きな影響を受けるであろう。次に、スケソウダラの魚卵を使用する明太子やタラコの価格が幾らまで上昇するのやら。更には、この数年次々と値上がりしていて、既に手を付けられないほどの価格になってきているタラバガニ、そしてズワイガニも更なる価格上昇は避けられないと思うが、ある情報ではアメリカの輸入がストップしたことで、値下がりしているとの情報もあるけれど、その真偽と今後はどうなることか。ウニはチリ産も存在感があるが、ロシアはチリの6倍もの圧倒的輸入量があり、それらは北海道のウニがロシア産原料によって成り立っているという側面を見逃してはならないだろう。
この表の中でも、特にサケマスに関しては、チリ、ノルウェーに次いで3位ではあるけれど、チリとノルウェーが養殖サーモン中心であるのに反し、ロシアとアメリカはほぼ100%が天然サケであり、天然サケだけのデータをとればロシアが1位に躍り出ることになる。
そして以下の表は、2021年度に輸入したサケ・マスの数量と金額を養殖か天然か区別せず上位から並べたものである。この数字を見ると、ロシア産サケ・マスの金額構成比は全体の9.1%と1割に満たないが、特に天然ベニサケなどのロシア産の存在感は大きく、この数字は決して侮れるものではない。
円安のダブルパンチにどう対応するか
4月28日(木)の時点での為替レートは1ドル130.51円となっている。ちょうど1年前の同日は108.5円だったから、1年で20%ほど円の価値が下がっている。同じ輸入商品であっても1年前と比較するとその分お金を余分に出さなければならないのである。もしこの先も日銀の金利政策が大きく変わらなければ、1ドル150円も考えられないことではないだろう。1ドルが150円ともなると、1年前に仕入れた同じ規格の水産商品であっても、単純計算の概算で40%ほど多くお金を出さなければ手に入らないことになるのだ。
これは水産商品の相場とは関係ないお金の遣り取りだけの問題であり、これに上記してきたような環境変化による相場上昇が加わったら一体どうなることか、本当にこれまでの常識では推し測れない想像を絶する世界が待ち受けているのである。
ノルウェーの空輸サーモンが以前よりも既に5割近い値上がりをしていて、トリムC で3,000円/kgを超えてしまっていると上記したが、こういうダブルパンチの環境下にある限り、この先3,500円/kgまで上がるのではないかと思われ、水産小売関係者はそのような事態を想定して事に臨まなければならないと考える。
以下で、ノルウェーから空輸された生アトランサーモンを例として、5月以降に商品化する際の注意点を考えてみることにしよう。
この画像は、ノルウェー空輸生アトランサーモンのトリムC 真空袋入りである。この製品の歩留まり率を85%だとして、仮に仕入れ価格が3,500円/kgであれば歩留まり原価は4,118円/kgになるから、100g当たりの原価は約412円ほどになる。これを短冊で売るとして値入率30%〜35%ほど確保すると、その売価は598円〜638円/100gに設定しなければならないことになる。これは現場感覚で言えば、これまでの売価が原価に置き換わってしまうという感じではないだろうか。
そこで、このように高価になってしまって、あまり気軽には扱えないことになるであろう生アトランサーモントリムCの商品化作業工程を、その価値を下げないための丁寧な方法として以下記してみよう。
生アトランサーモンの短冊商品化作業工程 |
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1,この真空包装された生アトランサーモントリムCは、ノルウェーで製造されてから2週間の賞味期限が設定されていたが、やはり期限ギリギリまで保管するようなことは避けた方が無難である。真空という方法をあまり当てにせず、嫌な臭みが出ない、出来るだけ早い内に使い切ることが重要である。 |
2,皮を引くと分厚い皮下脂肪が表れるが、この皮下脂肪とその下に存在する血合いの扱い一つで、お客様の生サーモンの好悪が大きく分かれることになる。 |
3,この魚体は半身で約1.4kgだったので迷うことなく、背身と腹身はそれぞれ二つ割りにしたが、腹身のトロ部分はこれから更に縦割りして分離することもあるので、その場合は正確には五つ割りとなる。 |
4,これは特に筆者がお勧めする生サーモンを扱う時の肝になる作業である。それは腹身トロにあたる部位の皮下脂肪が白い皮部分は別として、とりわけ茶色い血合い部分を包丁で削り落とすことだ。生サーモンの刺身や鮨を購入して、たまたまこの茶色い部分を食べることになると、これが原因でサーモン嫌いになる人がいる。それと同じようなことはカツオタタキが嫌いな人にも言えるのだが、ようするに生臭さの強い血合いの扱い一つで、味の評価はマイナスに働くこともあるのである。 |
5,上画像の右端にあるのが削り落とした血合い部分であり、こうすると歩留まり率は82%ほどまで低下することがある。削るのをケチれば88%に留まることもあり、この方法は平均すると85%ほどの歩留まり率で計算すれば良いのではないかと筆者は考えている。 |
刺身用生サーモンの短冊 |
次は生サーモン腹身の扱いである。生サーモンの付加価値を高めて利益を確保するには、腹身をどのように商品化するかで大きな違いが出ることになる。その理由は、生サーモンの腹身は本マグロ大トロの蛇腹部位のように身割れする恐れはなく、弾力がありながら身質はしっかりしていて、一切れ6〜7g前後に薄く広く切ることが出来る。このため、それは生サーモントロの脂が乗った特別の部位として、価値をアピールして売り込み出来るので、値入率を高くすることも可能だからである。
生サーモン腹身の商品化各種 |
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生サーモンの腹身部位 |
基本的には白い皮を下にしてそぎ造り技法で6gほどに薄く切る。 |
生サーモントロのそぎ造り刺身 |
生サーモントロのそぎ造り(ババロア盛り) |
A.生サーモントロの親子丼 |
B.生サーモントロのイクラたっぷり親子丼 |
生サーモンそぎ造り刺身は材料を40gから50g使用するとして166円〜208円となり、仮にあしらいと資材費を50円プラスすると、商品原価は216円から258円ほどになると計算できるので、売価は450円から500円の間に設定すれば良いと追われる。二つ目の生サーモントロのそぎ造り(ババロア盛り)も、ほぼ似たような原価であり、基本的には盛り方の違いだと思って良いだろう。
生サーモントロの親子丼のAは生サーモン8切れで50〜60g使用すると208円〜249円となり、イクラを10gで100円、そして100g50円の鮨飯を200g使うとして100円、あしらいと資材費50円プラスすると、商品原価は458円から499円となるので、これは780円から880円の売価が想定され、丼としてはだいぶ高い値段となってしまう。
次にBの生サーモントロのイクラたっぷり親子丼は、切身が2切れ、イクラが10g増えると計算できて、合計で約150円プラスされ、商品原価は608円から649円となるので、売価はどうしても1,000円から1,080円という価格が想定され、丼としては随分高いと感じさせる売価になってしまう。
更には、以下の画像のような生サーモンづくし鮨盛り合わせともなると、イクラは40g使って400円、にぎり鮨の鮨ダネは12gの6カンとして72g、裏巻きサーモン巻きは半本分で約15gの生サーモンを使っているので合計362円、シャリを約300gで150円、あしらい資材費その他が100円とすると、原価で1,000円を超えることになる。そうすると売価は1,800円前後になるだろうと推測できる。
これの鮨商品に使っているイクラは、本ちゃん秋サケのアキコで10,000円/kgで仕入れることを前提としている。このことはイクラのグレードをベニコやマスコに変更することで原価を安く変更することはできるけれど、こういう安易な判断を繰り返していくと「安物の代替品で誤魔化す」という、先月号でも言及していたところのトレードオフの泥沼に落ち込むことを覚悟しなければならない。
美味しい生サーモン切身
次に、サケの切身のことも触れておくべきだろう。日本では塩サケを国民食の一つのような位置づけで食してきた歴史があり、今も塩サケは魚の切身を代表する一つだと見て間違いないだろう。しかし、生アトランサーモンがそういう気軽な国民食であるかと言えばそうではなく、導入が開始された当初から基本的に刺身や鮨の材料として使用される別格の高級サケとして扱われてきたのだ。
何と言っても、ノルウェーからの空輸生サーモンが出現するまで、日本ではサケの刺身は冷凍したルイベで食べていたので、生のサケを刺身や鮨で食べることはなかったのである。そこに空輸生サーモンというのが出現し、刺身や鮨で食べることが出来るようになったのだから、これはある意味で日本における魚食の歴史を変えたエポックメイキング的な存在なのである。
空輸生サーモンというのは元々がそういう位置づけにあるので、そもそもが高級魚なのである。その高級生サーモンを食べるとなると、どうしても値は張ることになるのは自明のことであり、1切れ100円の塩サケ切身を扱うようにはいかないものなのだ。
例えば、生アトランサーモンの切身を使った料理となると、やはりその醍醐味はふっくらとしてジューシーな味わいではないかと思われる。生アトランサーモンの売価を安くするために、切身を薄くペラペラに切ったのではその良さを味わうことは出来ないのである。 レストランで出される生サーモンを使ったステーキのような料理を味わうためには、生サーモン切身の重さは150g以上、出来れば200g以上の大きさにしてほしい。こうすると、まさに夕食で出されるディナーの主役にも成り得るのである。
以下の画像は、上が皮なしの生アトランサーモン切身、下は皮付き生アトランサーモン切身で、それぞれ200gを目安に切って商品化している。
生アトランサーモンの皮なし切身200g
生アトランサーモンの皮付き切身200g
生アトランサーモントリムCを200gの切身にする場合、皮付きの歩留まり率は97%、皮なし93%と仮定すると、3,500円/kgの仕入れ価格であれば、それぞれ3,610円/kg、3,764円/kgと計算できる。それぞれの原価は概算で皮なしが751円プラス資材費20円で約771円、皮付きが722円プラス資材費30円で752円と計算できる。そうすると売価は皮なしが1,300円前後、皮付きが1,200円前後にはなるだろうと思われる。
店でこんな売価がついた魚の切身を見たら、大半の人が「こんな売価などとんでもない。こういう常識外れの売価の生サーモン切身なんか売れるものか・・・。」と非難するかもしれない。
しかし、生アトランサーモンの相場がこういう状況になっているのだから、計算して導き出される売価の目安はこうなるのであって、仮に値入率を20%ほどに削って、無理に皮付きが950円、皮なしを1,000円にしたとして、どれだけ売れ行きに違いが出るだろうか。たぶん売れ数が大きく違うことはないだろうと思う。
今のように大きな環境変化が生じている時、変にジタバタと小賢しく動くべきではなく、その変化した環境にうまく適応できるように自分を合わせていくことこそが商売の鉄則ではないかと考える。簡単に売れないことが明白な商品は、少しでもその価値が分かり、その売価に納得して購入してもらえる数少ないお客様にアピールできる高い価値を商品に付加して販売していくべきであろう。
生サーモンのステーキ
fFISH FOOD TIIMES では過去に平成26年9月号 No.126において以下の画像を掲載し、紅サケステーキを紹介していた。
随分昔のことだが、筆者はある会社のバイヤーをしていた40年前の昭和57年7月にアラスカへ紅サケを仕入れに行った。この画像は当時所属していた会社で、筆者がアラスカで買い付けてきた紅鮭を販売促進していく目的で、その年の10月にプロカメラマンに依頼して作成した販促パネル(1,200ミリ×450ミリ)に使用した写真を切り取りしたコピーである。
この販促パネルを作成したのは、紅サケをアラスカに仕入れに行った時、アンカレッジのレストランで輸入の仲介をしてくれた商社丸紅の接待を受け、その時に食したサーモンステーキの味にとても感動し、同じような食の感動を福岡及び九州という地域で広めたいという思いだったと記憶している。
アンカレッジのレストランで供されたサーモンステーキはまさに画像のようなスタイルであり、筆者が現地で体験したことをプロカメラマンに詳細に伝え、撮影スタジオではレストランのシェフとプロカメラマンと筆者の3人でああだこうだ議論しながら、この画像になるまでほぼ1日を費やし数多くの角度やパターンで撮影がおこなわれたことを昨日のことのように覚えている。
この撮影に使った紅サケステーキは、撮影した後にこの仕事の依頼者の特権として筆者が食べることを心の中で決めていた。しかしその料理は、実は見た目の良さを出すために、紅サケだけでなく野菜も含め、刷毛を使って表面に油をベタベタ塗りたくられ、その作業の一部始終を見ていた筆者は、撮影後にとても食べたいと思うような気持ちにはならなかったのだった。
この画像の紅サケは6/9サイズのIQFドレスを輪切りにして使っているが、実際にアンカレッジのレストランで食べたのは、このような形ではあったもののステーキの材料で使用されていたのは、アラスカで獲れたばかりの生のキングサーモンだった。その大きさはまさにアメリカンな巨大さであり、たぶん1ポンドサイズだったと思うが、30歳を過ぎてまだ間もない若造だった筆者は、初めて目にした大きなキングサーモンステーキに度肝を抜かれ、その味にも感動したのだった。
しかし、この食の感動を日本でも広めたいとの思いは、実際のところなかなか思うようにはいかず、全くと言って良いほど筆者の思いが実現することはなかった。そして、あれから40年を経過した現在、サーモンステーキが日本で広まっているかというと、残念ながらその事実はなく牛ステーキしか人々に支持されていない現実の姿というのも認めざるを得ない。
これから先の見通しとして、紅サケ6/9サイズドレスを輪切りにしたサーモンステーキをお客様に提案するのはやはりなかなか難しいだろうと思われる。しかし最近では、日本でも全国各地でサーモンの養殖がおこなわれるようになってきており、そのうちにノルウェーからの空輸サーモンに頼らなくても良い時代がやってくるかもしれない。
この画像は、筆者があるレストランで食べた生アトランサーモンを材料に使用した サーモンステーキである。このようなサーモンステーキが各家庭でも普通に食べられるような時代になってほしいものであるが、その鍵は国内のサーモン養殖が軌道に乗って、ノルウェーから空輸しなくても自前で賄えるようになることであろう。
魚食文化を誇ってきた日本が、主たる魚を外国からの輸入に頼るしかないという歪な構造は変えていきたいものである。そのためにも、漁業関係者の皆さんには頑張ってほしいと思うし応援もしていきたい。水産関係者はお互いが共に成り立つように協力し合っていきたいものである。
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水産コンサルタント樋口知康が月に一度更新している
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更新日時 令和 4年 5月 1日