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平成25年 10月号 No.118


生秋鮭焼霜刺身


「生秋鮭の刺身?・・・」と、疑問を抱かれた方が大半だと思う。

上の画像は間違いなく冷凍ではなく「生」の秋鮭を使った刺身だ。「生秋鮭は絶対に刺身で食べてはいけない!」が日本人の常識である。

日本では平安時代の昔から「鮭は生で食べてはいけない」と言い伝えられてきたようだ。天然の鮭には、あの悪名高いアニサキスやサナダムシが寄生していることが多く、間違ってこれらの寄生虫が人間の身体の中に入ってしまうと、嘔吐や腹痛という症状を引き起こすことがあるからである。

しかし画像の刺身は筆者自身の手で作成したので、生秋鮭であることは間違いなく、これを食べきって、今だに何ともなく身体は「健在」である。


ご存じのように、ノルウェーやチリなどから輸入された養殖サーモンについては、鮨や刺身で今やマグロとトップを争うほど日本人の人気を得ている。輸入の養殖生鮭は寄生虫の中間宿主のオキアミやミジンコをシャットアウトする目的で、厳重に飼育管理された養殖場で育成されるので、寄生虫は全く存在していないのである。寄生虫は100%存在しないことを前提として鮭の生食が可能となっているのだ。

アニサキスなどの寄生虫は天然の鮭だけではなく、サバやサンマ、イカなどにも多く、そのリスクは鮭と大きく変わらず、それらを原因とした中毒事件は珍しいことではない。しかし、秋鮭と違ってサバ、サンマ、イカの刺身は食べようと思えば可能だ。

秋鮭の魚体にはトラフグのように猛毒があるわけでもなく、国の法律で生食を禁止されているのでもないのだから、サバと同じように刺身で食べても良いはずなのだが、この世に秋鮭の刺身は存在しない。秋鮭だけがなぜこれほどまでに生食を絶対的に許されないできたのか不思議である。


実は何を言おう、筆者も生秋鮭の刺身を食したのは今回が生まれて初めてだったのだ。ルイベという秋鮭を一度冷凍をしてから、それを半解凍したのを刺身で食べたことは、北海道に行った時に経験したことはあったけれども、生の秋鮭刺身は経験がなかった。

輸入の養殖サーモンの刺身はあんなに美味しいという事実があるのだから、いったい放流事業で海から回帰してきた外洋育ちの天然生秋鮭はどんな味がするのか、一度自分の舌で確認したいという思いを以前からずっと引きずっていたのである。そして10月のセミナー実施の関連を含め、今号で生秋鮭をテーマにすることにした。


刺身にすることを前提として鮮度抜群の雌の銀毛を北海道から空輸で仕入れた。

これは北海道日高の定置網にかかった「銀聖」というブランドである。今年の場合、9月の第4週23日に入ってから、最盛期の目安となる日量5,000トン超えを今期初めて記録し盛漁期へと突入した。

9月中の大台突破は平成22年以来3シーズンぶりということで、浜値は下方修正が進み、雌は600円/kg台となり雄は300円から200円台となった。特にオスの下げが大きく、メスの浜値との価格差が大きくなってきた。26日現在累計水揚げは既に4万トンを突破し、前年の同期に比べて5割増であり、昨年のシーズン漁獲を大きく上回っていく可能性のある水準を維持している。

今のところ平成20年以降では、唯一15万トン台に乗せた平成21年に次ぐレベルにあり、今年の秋鮭漁獲は現在の好調な推移から、今後に大きな期待がかかっている。


画像の雌の銀毛は、福岡空港への空輸便なので価格は1,300円/kgを超えたけれども、この着値は今の時期に最高品質の空輸ものとしては覚悟すべき妥当な価格だろう。

早速これを解体にとりかかった。

腹の中から大きな魚卵が顔を見せた。これが秋鮭最大の価値ある部分だ。

この一腹で700c弱だから、全体重量の17%ほどになる大きさだ。

魚卵の半分は醤油漬けイクラに、残りの片腹は塩筋子にしていくことにする。

40℃前後のお湯又は薄い塩水の中で、魚卵をほぐしながらバラしていく。皮や筋、汚れを取り除き、そして特に寄生虫がいないかもしっかりと確認しながら、何度か汚れた水を替えていき、一粒一粒を独立させていく。

この段階はバットの中に皮や潰れたイクラの滓が残っているので完全に取り除く。

  

仕上げに薄い塩水に入れて色を戻し、ザルで水を切る。

昆布醤油を準備し、日本酒を60%の割合で加え、一晩漬け込んで出来上がりを待つ。


次は塩筋子だ。

まずは卵巣の皮に目立っている太い血管から、生臭さを取り除くために血を絞り出すが、その方法としては、薄い塩水の中で血管を爪楊枝で突っつきながら破って、親指と人差し指で血管を挟むようにして、太い血管から血を絞り出していく。

血管の処理が終わったら、飽和塩水をつくって日本酒を軽く加え、卵巣の中にも飽和塩水がしっかり回っていくように卵巣を開いて揉みほぐす。

キッチンペーパーなどで包みこんで水を切る。水を溜めないような器具の上で、1日ほど寝かしたら出来上がり。アニサキスなどの寄生虫はイクラのようにバラバラではないので見つけにくいことから、完全防御策としては、一度20℃以下に冷凍することがお勧めである。


次に、イクラと筋子の準備が出来たら切身の番である。

このように皮付きのままオーソドックスな提供方法もあるが、一方で「骨なし皮なし」のような少し違った価値のある商品も加えたい。

 

更に時代のニーズとして注目を浴びているのが以下の方法である。

切身を大きめの容器に並べて、漬けダレをかけて、刻みネギをトッピングするだけだ。このまま売場に並べて、お客様は自由にトングで好きなだけ取り分けることになる。


そして今や珍しくも何ともないが、忘れてならないのがホイル焼き商品である。

アルミホイルで魚を包めるような準備をして、以下のような商品とする。

これらが出来上がったら、売場でこのように展開することになる。


さて、いよいよ生秋鮭の刺身の準備である。これはあくまでも参考なので、皆さんが敢えてリスクを抱えることはお勧めしない。方法としては、以下の画像のように「焼霜」おこなうことにする。こうすれば寄生虫のリスクは相当軽減できることは間違いないのだ。なぜならアニサキスなどの寄生虫は熱に弱いのがポイントであり、50℃以上の熱には耐えられず死んでしまうことが分かっているのである。 別名で「炙り」とも呼ばれているが、昔からカツオのタタキなどで有名な方法である。

氷の上に皮をすいた秋鮭の身を置き、その表面を皮側だけでなく裏の方も含めて、隅々まで満遍なく強めに表面を炙っていく。片面ではなく「両面を炙る」のがポイントで、アニサキスを死滅させる効果を高める。少し強めに炙ることで、このことが寄生虫除去には効果的だ。

ついでに皮すきで残った皮も炙りにして、刻んで添えると香ばしいあしらいとなる。

醤油漬けイクラを刺身の上にトッピングし、炙った皮を刻んで添える。

   

生秋鮭のイクラトッピングにぎり鮨    イクラたっぷり丼


どうだろう・・・、こうやって生秋鮭を「生食する」商品はこんな広がりが出来る。念のために、繰り返し「注意」を促しておくが、これには「リスク」がつきまとう。サバやサンマからアニサキスが出てしまって営業停止を食らう世の中だから、当然生秋鮭の生食商品を提供してアニサキスが出たら即刻営業停止である。

こんなリスクを背負ってまで、生秋鮭の生食商品を出したいとは考えないのが常識的だ。しかしこのような現実があるからこそ、そこには計り知れないビジネスチャンスがある。例えば生食用のサーモンとして有名な養殖アトランティックサーモンは、ノルウェー、チリ、カナダ、スコットランド、タスマニアなどで、世界生産量合計が200万トン近くになると言われており膨大な売上となる。

いっぽう秋鮭は北海道や東北中心に全国で年間15万トン近くが漁獲されているのだが、基本的に生食用は冷凍ルイベを除いてゼロと見て良いだろう。生秋鮭の全国水揚げ量から換算した平均価格は2006年度で344円/kgでしかなく、生食用アトランティックサーモンが平均1,200円/kg前後しているのとは大違いなのだ。


つまり同じ鮭でも、生食が出来るか出来ないかで大きな価値の違いが出ており、秋鮭は過去から現在まで生食という付加価値を付けられないままでいるために、低位の価格に甘んじられなければならない現実を受け入れざるを得ないでいるのである。 今や秋鮭の全国流通という意味では、ラウンドではなくフィーレの形が主流であり、付加価値を付けるための手法はないものかと考えた時に、これは一つのヒントであろう。

現在のフィーレ商品はブナ毛中心で、銀毛が入っているのを見ることは少ないようだが、これを銀毛だけに絞り、解体の段階で寄生虫の存在をしっかり見極めたうえで、全国に「生食用」として出荷できないものだろうか。「そんなことは今までに何度も試してきた、何も知らないくせに・・・」とか、「現地の事情を知り得ない遠く福岡の地にいるから勝手なことを言っているのだ」と、もしかすると関係者の方々からお叱り受けるかもしれない。

しかし、もし秋鮭の生食が出来て、しかも輸入の生鮭よりも安くお客様に提供できれば、「天然物で国産」という消費者が好む刺身商品が実現することになるのである。そして筆者が今回初めて味わった生秋鮭の刺身の味はといえば、あの養殖サーモンの脂肪タップリな身質とは明らかに違うクセのない味だった。既に魚卵の方に栄養分が多少移行しているであろうことは感じられたけれども、定置網物の銀毛ということから、まだまだ脂肪はたっぷりと残っており、まさに「旬」の天然魚の美味しさを、たっぷりと味わうことが出来たのである。


鮭の孵化放流事業がスタートして100年以上が経過したようであるが、このところ何年にもわたり回帰尾数は減少を辿り価格も低迷したままの孵化放流事業は、これまでの歴史を踏まえたうえで、その方向性を見直す時期に至っているようである。平安時代から言い続けられてきた「鮭の生食警告」に何らの疑問を抱かず、ただただ昔からの言い伝えというのを後生大事に抱えていくのではなく、その歴史を塗り替える事業を興す人が出てこないものだろうかと思う。鮭の生食は輸入養殖サーモンにしか頼れないという現実を変えていきたいものである。


更新日時 平成25年10月1日



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