ようこそ Fish Food Times へ
The Fish Food Retail Net
平成22年 6月号 No.78
スギ平造り
この刺身の見た目は、何かに似ているとは思わないだろうか。
左の列が背、右の列が腹を組み合わせた平造りだが、パッと見たところ「カンバチ」に似ている。
そう・・・、だから別名で「黒カンパチ」とも呼ばれている、「スギ」という魚である。
下の写真が、スギの正体。
沖縄より以南に棲息し、台湾や東南アジアなどの暖かい地域では盛んに養殖され、鮨ネタなど魚料理の色々なシーンで使われているようだ。
実は以前沖縄でも良く使われていて、一時期は隠れたヒット商材でもあった。
しかし、最近はそれほど多く使われているようではない。
写真は天然物の小さめのサイズであり、養殖物はもっとふっくらしていて、大きさは1mを超えるものもあるらしい。
まだ小さい幼魚の頃は背の色が黒一色ではなく、横に縞模様の線が入り、大きく成長していくと、その縞模様が消えて真っ黒になる。
見たところ、小判鮫のように平べったい頭をしているが、小判鮫とは関係なく、スズキ目スズキ亜目スギ科スギ属に属し、1科1属でこれに似た魚はないのである。
頭だけではなく、背にも特徴があり、背ビレの前には写真のような鋭く尖った棘がある。
三枚におろすと、細長いその形はスズキ科スズキ亜目というのを彷彿させるものがある。
下のように皮をすいて、元の魚の姿を見ないでこれだけを見せられたら、まるで「ネリゴ」と呼ばれるカンパチの子にソックリではないか。
黒カンパチと称せられるのも首肯ける姿である。
このように、見た目はカンパチそっくりなので、色んな場面で悪用されることもあるらしい。
例えば、魚の名前を特に表示する義務がない料理では、いかにもカンパチのふりをして、小皿に納まっていることもあると聞いている。
沖縄で以前ほどスギが使われなくなった理由として、「黒カンパチ」という名称が基本的に禁止され、沖縄スギ又は琉球スギの名前しか使うことが出来なくなったこともあるということだ。
養殖のスギは非常に成長のスピードが速く、1年で10kg近くにはなるらしいが、その分食欲も旺盛で、1kg太らせるのに10kgほどの餌が必要とのことだ。
つまり大量の餌の投与によって急激な成長が可能なので、養殖ビジネスとしてはメリットがあり、台湾などからは高級魚カンパチの代替魚として、日本に激しい売込みがあるようだ。
思い出すのは、昔20年も前のことになるだろうか、イズミダイという名前の魚がスーパーの店頭に並んでいたことがあった。
そのイズミダイは、アフリカ原産の淡水魚ナイルティラピアという魚種であり、見た目がクロ鯛(チヌ)に似ていたことから、「鯛」という名前を冠して「イズミダイ」という名称で流通していた。
ティラピアは温かい水を好むことから、日本では温度の高い温泉水が養殖に有効活用策されてきており、今でも業務筋には細々と活用されているらしい。
アメリカのスーパーの魚売場ではこのイズミダイが、皮をすかれたフィーレの状態で売られているのを下の写真のように普通に見ることが出来る。
例えば上段写真のように、台湾か中国から輸入されたと想像出来るフィーレがチルドで販売されていたり、下段写真の左隅では、冷凍のまま販売されていたりする。
日本では、そのイズミダイは何時の頃からか、スーパーの店頭からすっかり姿を消してしまった。
現在の日本のスーパー店頭では、全くと言って良いほど見かけなくなった。
何を隠そう筆者は、このイズミダイという名の「偽物鯛」を槍玉に挙げて、スーパーの店頭から姿を消すことに努力してきた。
何故ならば、このイズミダイという偽物鯛を、お客様が本物の鯛と勘違いして、本物の鯛の評価を下げることがあってはならないと考えていたからだった。
20年前の当時の日本では、まだティラピアというアフリカ原産の淡水魚が、イズミダイという鯛の親戚のような名称を戴いて、まるで鯛のような顔をして平気で売られていても、今のようにマスコミを動かすような大変な問題とはならなかった長閑な時代だったのである。
しかし今は、スギが黒カンパチという紛らわしい名前で売ることは許されない時代になり、スギという本当の名前を使うとあまり売れないことから、その存在感を無くしているようである。
イズミダイは日本の戦後の食料難の対策として、国が先頭に立って養殖を振興したものらしく、東南アジアのタイでは、まだ国が貧しくて食料が不足していた時代に、日本から親魚として輸入されたイズミダイが、タイで環境に適応して繁殖し、今や国内に広く流通し、一般的に食用とされるようになっているということだ。
日本でもティラピアが川に逃げ出し、河川の生態系を崩す外来種の一つとなっているようだが、これまで日本でも、いわゆる生産性という「企業発想」を大前提として、美味しくて喜ばれる魚よりも、生産効率の高い「儲かる魚」の養殖に精を出してきたと思う。
しかし今や日本のお客様は、イズミダイやスギのような養殖された魚を、安いからと言って、好ん食べるような時代ではなくなってきた。
スギは決して不味い魚ではないけれども、企業の都合の良い発想に、お客様が乗せられてしまうような形というのは、それほど簡単にいきそうもない時代になったようである。
更新日時
ご意見やご連絡はこちらまで info@fish food times